第100話 砂漠の盗賊団
東大陸シェヘラ領サウド地方の町、ジーラ。
今は真夜中だ。
砂漠の中にあるジーラでは、真夜中に外出する人は少ない。夜の砂漠は涼しくなり、時には肌寒く感じられることもあるためだ。
そのため人々は、ほとんどが真夜中になる頃には眠ってしまう。
しかし、そんな状況を確実に待ち望んでいる者たちが居る。
砂漠の盗賊団だ……。
オレとライラは、ジーラの町が騒がしくなってきて、目を覚ました。
懐中時計を見ると、真夜中だ。
こんな時間に騒がしくなるなんて、考えられるのは2つ。
強盗団の襲撃か、火事のどちらかだ。
そしてオレは、すぐに強盗団の襲撃だと判断した。
火事なら聞こえてこないはずの、銃声が聞こえてきたためだ。
「ビートくん!」
ライラの声に、オレは頷いた。
「ライラ、銃を!」
「もちろんよ!」
オレたちは急いで服を着替え、ガンベルトを巻いた。リボルバーには弾丸が、ソードオフにはショットシェルが装填済みであることを確認して、オレたちはバーン・スワロー号を飛び出した。
「うわー!!」
「助けてくれー!」
「うわあーん!!」
あちこちから悲鳴が聞こえてきて、オレは表情を険しくしていく。そして時折聞こえてくる銃声と、剣と剣がぶつかり合う金属音。
間違いなく、強盗団の襲撃だ。
「ビートくん、あっち!」
ライラが、獣耳を動かして指さした。
「あっちの方で、強盗団が暴れている!」
「わかった! 行こう!」
ライラの耳は、オレよりもよく音を拾える。そんなライラが云っているのだから、間違いない。
ジーラの町を進んでいくと、不思議とオレたちはキャラバン隊がいた、広場の方へと進んでいった。そのうち、オレはなんだか嫌な予感がしてきた。
まさか、キャラバン隊が襲われているのでは……!?
そしてその嫌な予感は、当たった。
「うわあーっ!」
「強盗団だーっ!」
広場に到着したオレたちは、愕然とした。
広場の中では、馬車を盾にして商人たちと強盗が、戦っていた。
商人たちも強盗も、武器はほとんどが弓矢と剣だ。銃を持っている者も居るが、単発式のマスケット銃ばかりだ。
砂漠では、旧式ライフルや新式ライフルは、砂が入り込んで故障しやすいと聞いたことがある。そのため、構造が単純で故障しにくいマスケット銃が選ばれやすい。
「水と食料、そして金目のものは全て頂くぞ!」
「我ら、デザート・ティラノを舐めるなぁ!!」
強盗がデザート・ティラノと名乗ったことに、オレは驚いた。
デザート・ティラノは、砂漠の盗賊団として最も恐れられている。小さな町や村は、武力で制圧してしまうこともあり、騎士団でさえ正面衝突するのは避けたがる。各地の王侯貴族や領主が、これまで何度も討伐命令を出したり討伐クエストを依頼しているが、未だに達成されたことはない。
扱いにくいマスケット銃を、数を揃えることで火力を増強していることも、討伐されにくい理由の一つだ。砂漠では故障しにくいマスケット銃をいくつも揃え、しかもそれを扱えるだけの腕と構成員を抱えている。訓練された構成員たちは、軍隊のように統率が取れていることも大きい。
だけど、ここまで来て逃げるわけにはいかない!
奴らを止めないと、今度はオレたちに矛先が向くかもしれない!
オレは、ソードオフをガンベルトのホルスターから抜き取った。
「ライラ、援護して!」
「うん!」
オレはソードオフを手に、デザート・ティラノに襲い掛かった。
次々にオレはソードオフを撃ち、商人たちを襲撃していたデザート・ティラノの構成員を黙らせていく。
接近戦なら、マスケット銃よりもソードオフの方が有利だ。
しかし、デザート・ティラノもやられるばかりじゃない。
マスケット銃で太刀打ちできないと分かると、剣や弓矢で攻撃してくる。弓矢だからといってバカにはできない。銃と違って音がしないし、速度は速いから、避けるのは難しい。
しかし、弓矢を放ってくる構成員を倒せば、もう飛んでくることは無い。
近づいてきた時を見計らって、ソードオフを撃てば、確実に命中した。
やっぱり、ソードオフは頼りになる。
しかし、その時だった。
「キャアアッ!!」
ライラに年齢の近い女性の悲鳴が、突如として上がった。
その悲鳴を耳にしたオレは、鳥肌が一気に立つのを感じた。
まさか、ライラが捕まったのか!?
オレは悲鳴が上がった方に、顔を向けた。
「ガハハハハ!!!」
髭面で剣を手にした男が、少女を抱え上げていた。
獣耳と尻尾があるのを見て、オレは一瞬だけ顔が青ざめていくのを感じた。
ライラが、盗賊団に捕まった!
しかし、少女の顔を見てすぐにライラではないことに気づいた。
捕まったのは、キャラバン隊の踊り子をしていた、砂狐族の少女メイだった。
「たっ、助けて!!」
「メイちゃん!!」
ライラが、リボルバーを手に駆けつけた。
商人たちもやってきて、メイが捕まったことに愕然としている。
「おい、商人ども! この女を返してほしければ、砦まで来い! 食料と水、そして大金貨を全て持ってくることを忘れるな!! 野郎ども、引き上げだ!!」
その言葉で、デザート・ティラノの構成員たちは次々に戦いと略奪を止め、撤退していく。
騎士団がそれを止めようとするが、突破されてしまった。オレたちも騎士団も、誰もデザート・ティラノの蛮行を止めることができず、撤退していく様子をただ見つめることしかできなかった。
「ああ、メイ……!」
「なんということだ、さらわれてしまうなんて……!!」
キャラバン隊の商人たちが、絶望的な表情で天を仰いでいる。
大切な仲間ともいえるメイを、奪われてしまったのだ。その悲しみと絶望は、いかほどだろう……。
一刻も早く、メイを助け出さないと!
「くそっ、早くメイを助けに行かないと!」
オレはそう云って、騎士団たちを見た。
騎士団なら、きっとメイを助けるために動いてくれるはずだ。
しかし、騎士たちはどうしようかとでも言いたげに、横を見て様子を伺っている。誰も助けに行こうとして、動き出そうとはしない。
どうして動かないのか。
オレはイライラして、1人の騎士に問いかけた。
「女の子が1人、盗賊団に攫われました! どうして誰も助けに行こうとしないんですか!?」
「そ、それはもちろん助けたいです。しかし、あの女の子はキャラバン隊の女の子ですよね……?」
「そうですが……?」
何を当たり前のことを聞いてるんだ?
オレが不思議に思っていると、騎士が口を開いた。
「ジーラの町の住人ならもちろんですが……キャラバン隊はジーラの町の住人ではないのです。ジーラの町に税金を特に支払っているわけではないので……助けるために我々が動くと、税金が掛かってしまいます。それを町の人々がどう思うことか……」
歯切れ悪く説明する騎士に、オレは呆れた。
そんな理由で、メイの救出をするか否かで悩むなんて……!
全く、緊急時に役立つはずの騎士だというのに、情けない。
いや、違う。
騎士にメイを救出してもらおうと考えていた、オレが間違っていたんだ。
誰かを頼ってはいけない。
今この場で、メイを救出するために動けるのは、オレだけだ!
「……ライラ」
オレは隣に居るライラに、顔を向けた。
「これから、オレはメイを助けに行ってくる」
「ビートくん、本気!?」
驚くライラに、オレは頷く。
「一時とはいえ、メイは空腹のオレたちにスープを分けてくれた。そしてライラを、踊りの舞台に招いて素晴らしい姿を見せてくれる手助けをしてくれた。そんなメイを、見捨てておくことはできない!」
オレは、悲しみに暮れているキャラバン隊の商人たちの姿が、目に入った。
「それに、大切な人が攫われて、困っている人が居る。騎士団が動かなくても、助けを求めているんだ。もしもオレが同じ立場だったら、身を引き裂かれるような気持ちがするよ……!」
オレは、かつてヨルデムで起きた強盗連合事件のことを思い出していた。
ライラが攫われてしまい、あと少し救出が遅れていたら、ライラは慰み物になるところだった。あの時も騎士団が機能していなくて、ナッツ・ミッシェル・クラウド氏と他に手伝ってくれた人のおかげで、オレはライラを助け出せた。オレには頼れる人が居たから、なんとかなったともいえる。
だけど、今のキャラバン隊の商人たちには、それがいない。騎士団がダメだとしたら、メイを助け出すためには、自分たちで救出に向かうしかない。しかし、相手は盗賊団デザート・ティラノだ。一筋縄でいくような相手じゃないことは、誰だってわかる。
オレはソードオフに対人戦闘用のショットシェルを込め、銃身を元に戻した。
「誰か、デザート・ティラノの砦まで、案内してください!」
「そっ、それなら私が案内します!」
キャラバン隊の商人たちの中から、若い男が名乗り出た。
「私はジャックといいます。奴らの砦には、昔商売で行ったことがあるんです。場所は、知っています!」
「早速出発したいです。お願いします!」
「わかりました!」
ジャックが準備に取り掛かり、オレはソードオフとリボルバーをもう一度だけ点検した。
「ビートくん、待って!」
すると、ライラが声をかけてきた。
「ビートくん、わたしも一緒に行く!」
「いや、ライラはもしものために、キャラバン隊の商人たちと一緒に待っていて」
オレはライラにそう云った。
これから救出に行くのは、砂狐族の少女だ。オレが救出するところを見て、ライラが嫉妬するなんてことは考えられない。しかし、相手は砂漠の盗賊団デザート・ティラノだ。戦闘になった場合、人数が少ない方が逃げるのに有利だ。それにライラにもしものことがあったら、オレはシャインさんとシルヴィさんに合わせる顔が無い。
可能な限り、リスクは抑えておきたい。それがオレの考えだ。
「必ずメイを助けて戻ってくるから!」
「うん……わかったわ!」
ライラは少し心配そうにうなずいたが、最後には笑顔で承諾してくれた。
その笑顔が、無理矢理作ったものであることは、オレにはすぐに分かった。
ライラのためにも、必ず助けて戻って来ないとな。
オレが頷いた時、ジャックが戻ってきた。
「ビートさん、準備できました!」
「それでは、出発しましょう!」
オレはジャックが連れてきた馬に乗った。
オレが乗ると、ジャックが馬に鞭を入れ、馬は走り出した。
「ビートくーん!!」
ライラの声が、オレの耳に届く。
オレは片手をあげて答えると、月明かりが降り注ぐ砂漠を急いでいった。
必ず、戻ってくる。
そう信じて……。
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