第10話 ペジテの街
アークティク・ターン号は、ゆっくりと停車した。
いつもなら他の乗客たちと共に、列車から降りて散策やその土地の美味しいものを楽しむオレたちだが、今回ばかりは降りるか否かためらっていた。
「ビートくん、どうしよう……?」
「うーん……」
24時間も停車時間があるのだから、ずっと列車の中で過ごすのは退屈だ。
気分転換や運動不足解消にも、必要不可欠であるといっても過言ではない。
それなのに、どうして降りるのを躊躇してしまうのか。
その理由は、停車している駅の名前が「ペジテ駅」だからだ。
かつてオレたちは、ペジテの街で降りたことがある。
しかし、その時のペジテの街は、強盗連合という組織が支配する悪徳の街だった。住民は日々、強盗連合に怯えて過ごし、騎士団さえも手出しができない無法地帯になっていた。
そこで強盗連合に歯向かったために、ライラがさらわれた。
クラウド茶会のオーナー、ナッツ氏や街の人たちの協力もあって、なんとかライラを救い出せた。そしてオレたちの手で強盗連合のボス、ゲムア大佐を倒し、強盗連合を潰したんだ。
強盗連合もそのボスのゲムアも、もういない。
恐れるものは何もないんだ。
だけど、オレたちにペジテの街は「危険な場所」という印象は残ってしまった。
「降りるべきか、降りないべきか……」
オレとライラは停車から2時間ほど時が流れてから、ようやく列車から降りると決めた。
武器を点検し、何かあったらすぐに取り出せるようにしてから、オレたちは駅を出た。
オレは戦闘服の下に、ソードオフも隠し持って、さらに戦闘用のショットシェルを装填しておいた。ライラに何かしようとする輩が現れたら、遠慮なくぶっ放すつもりでいる。
駅を出ると、そこには平和な景色が広がっていた。
かつてのペジテの街のような、暗い空気はどこにもない。街を歩いている人々の表情にも、怯えは見当たらなかった。商売が行われていて、女性たちは買い物に夢中になり、子供たちは学校へ向かうのかバッグを背負って走っていく。
時折、星形のバッヂをつけて、リボルバーを腰に下げた男たちが歩いている。
保安官だと、オレはすぐに分かった。
「ビートくん、大丈夫じゃないかな……?」
ライラが訊いてくる。
確かに、パッと見た感じでは、強盗連合のような凶悪な犯罪組織の影はどこにも見えない。街の様子は、平和そのものだ。
だが、オレはまだ安心できなかった。
もしもこれが、仮初めの姿かもしれないと思うと、安心するわけにはいかなかった。
ライラを再び犯罪組織にさらわれるなんて、そんなことは絶対にさせない。
オレはノワールグラードの地獄から生還したんだ。
もう犯罪組織なんて、怖くはないが、だからといって積極的にケンカしたくはない。
オレはそっと、ライラと手をつないだ。
「ビートくん?」
「こうしてライラの手を握っていると、少しだけ安心できるんだ」
そうだ。人の手を握っていると、安心できる。
小さい頃からハズク先生や友達の手を、何度も握ってきた。人の手を握り締めていると、安心できるだけではなく、相手を信頼できるようになる。
そしてオレが最も多く手を握ってきた相手は、ライラだ。
こちらから手を握るだけじゃなく、ライラの方から握ってくることが多かったように思える。
ライラの手はオレよりも小さいが、温かくて皮膚がすごくスベスベしている。そして、まるで手に吸い付いてくるように柔らかい。だからついつい何度も触りたくなってしまう。
絶対にこの手を、手放したくはないな。
そう思いながらライラの手を握っているうちに、オレは無意識のうちに自分の手に力が入っていた。
それを知ったのは、ライラからの言葉だった。
「ビートくん、痛いよ」
「えっ?」
「握る力、強すぎるよ……」
「ごめんっ!」
オレは慌てて手を離し、謝る。
「いいの、気にしないで。だって、ビートくんが私を守ろうとしてくれたんだから!」
ライラはそう云って、今度はオレの手を握り締めてきた。
柔らかいライラの手が、オレのてを包み込もうとしてくる。もちろん、オレの手の方が大きいため、包み込むのは無理だったが。
しかし、ライラから手を握られると、どうしてもドキドキしてしまう。
オレから握るときはそんなことはないのに、逆は何故かトキドキが止まらない。
もう結婚してから月日も経っているし、グレーザー孤児院での回数を数えたら、それこそとんでもない回数握られているはずだ。それなのに、一向に治まる気配がない。
ライラが美人すぎるからだろうか……?
「ビートくん、お腹空いてきちゃった」
「そろそろお昼か……どこかでランチにしようか」
「さんせーい!!」
オレとライラは手をつないだまま、昼食を食べる場所を探しに行くこととなった。
いつしかオレの警戒感は薄れていき、強盗連合が支配していた街だということも、いつの間にか記憶の彼方にしまいこまれていった。
駅の近くにあるレストランで、オレはライラと共にグリルチキンの昼食を食べた。
グリルチキンは3日前にも食べていたが、ライラはメニューを見るなりすぐにグリルチキンを注文した。しかもご丁寧にオレの分まで注文してくれた。メニューを見て選ぶ手間が省けたが、他に食べたくなるようなものがあったかもしれないと思うと、選べなかったのが少し残念だ。
だけど、ライラが美味しそうにグリルチキンを食べて喜んでいる姿を見ると、そんなことはどうでもよくなっていった。
「美味しかったぁ~」
ライラは空っぽになったお皿を前に、満足して食後の紅茶を飲む。
グリルチキンの味に満足したらしく、ライラは尻尾を振っていた。
「ねぇビートくん、これからどうする?」
「そうだなぁ……」
オレはふと、駅の方に目を向ける。
アークティク・ターン号は、長距離列車専用線のホームに停車している。列車に戻ったとしても、やることは何もない。
ペジテの街をもう少し散策しても、いいかもしれないな。強盗連合のような犯罪組織はもういないみたいだし、ライラがさらわれるような心配はしなくてもいい。
さて、会計を済ませたらどこへ行こうか……。
そのとき、外から銃声が何発か聞こえてきた。
「キャアッ!!」
驚いたライラが、床に伏せる。
オレもほぼ同時に床に伏せ、他の客や店員も、慌てて床に伏せた。
しかし、レストランの窓ガラスが割れたりはしなかった。
どうやら、こちらに弾丸は飛んでこなかったようだ。
「ビートくん、大丈夫?」
「オレは無事だ。ライラは?」
「私も大丈夫よ」
「良かった」
オレはライラの無事を確認すると、机の上の伝票を手にした。
「様子を見てくるから、ライラはここで待ってて」
「でも……」
「店の人には話しておくから」
伝票と代金をレジに置いて支払いを済ませ、オレはライラを残してレストランを後にした。
再び、数発の銃声が聞こえてきた。
何か良くないことが起こっているのは、間違いないな。
オレがソードオフを取り出そうとしたとき、数人の男女がこちらに向かって走ってきた。息を切らしながら走る男女は、オレの近くまで来るとマラソン直後のランナーのように、膝に手をついて乱れた呼吸を整え始める。
「あんた、いったい何が起こったんだ!? さっきの銃声はなんだ!?」
「銀行強盗だ!!」
「ビリオン銀行が、銀行強盗によって襲撃されたんだよ!!」
またか、とオレは顔をしかめる。
北大陸のジオストでも、北方革命大陸軍が銀行強盗となって銀行を襲撃したことがあった。そうそうないことだと思っていたが、またしても銀行強盗か。
「わかった。すぐに騎士団に連絡を! これから鎮圧に向かう!」
すると、1人の男が口を開いた。
「しかし、騎士団は――」
「いいから、早く騎士団を!!」
「はっ、はいっ!!」
男は逃げるように走り去った。
途中で言葉を遮ってしまったが、何を伝えたかったのだろう?
まぁ、いいや。
これから銀行強盗を、潰しに行くんだから。
「ビートくん!」
声がしたほうに、オレは顔を向ける。
ライラが、レストランからこちらへ走ってきた。
「何があったの!?」
「また銀行強盗らしい。全く、嫌になるよ……」
オレはソードオフを取り出すと、ショットシェルが装填されていることを確認した。
リボルバーの弾丸も確認し、ホルスターに戻す。
ビリオン銀行の前には、数人の男がいて、馬車に金貨が詰まった袋を積み込んでいた。
銀行から奪った金貨が莫大な枚数であることは、袋の数が物語っている。
「これで全部だ」
獣人族大熊族の男が云うと、ヒゲの男が頷いた。
「よぉし、それなら早いところトンズラといくか」
「早くしないと、保安官が来てしまいます」
獣人族狂犬族の男が云い、手にしているリボルバーの弾丸を確かめる。
6発全ての弾丸が装填されていることを確認すると、リボルバーをホルスターへと戻す。
そのほかにも数人の強盗がいて、全員が銃器で武装している。
「よし、早いところズラか――」
ダァン!!
ヒゲの男が云いかけた直後、銃声が轟いた。
ダァン! ダァン! ダァン!!
数発の銃声の直後、馬車につながれていた馬が逃げ出す。
「なにっ!?」
手綱が、弾丸で切られた!?
ヒゲの男が驚いていると、通りの真ん中にリボルバーを手にした1人の少年が立っていた。
「全員、動くな!!」
ビートであった。
「全員、動くな!!」
オレは叫んだ。リボルバーから放った弾丸は、馬車につながれていた馬を放し、銃声は馬を驚かせた。馬は逃げ出したから、あの重い馬車を人力で運んでいくことはできない。つまり、あの金貨を持って逃げることはできなくなった。
それに馬だけを逃したオレの射撃を見て、銀行強盗は驚いたはずだ。戦いになれた者が来たということも、分かったはず。
後は、銀行強盗を取り押さえるだけだ。
念のため、ライラはオレの後ろにある建物の陰に隠れてもらった。
1人だけだと、銀行強盗たちに錯覚させる狙いがある。それにいざという時には、オレの援護射撃を頼んである。ライラの射撃能力はオレと同等だ。心配はいらない。
「武器を捨てて両手を挙げろ! できることなら戦いたくないし、血が流れるのを見たくない! 大人しく武器を捨てるんだ!」
オレは叫び、投降を呼びかける。
「ガハハハハ!!」
ヒゲの男が、オレの言葉に対して下品に笑った。
「ちょっとだけ銃の扱いが上手いからといって、調子に乗るんじゃねぇ!!」
その直後。
ヒゲの男が発砲し、それに続いて他の強盗たちも発砲した。
「わああっ!?」
オレは慌てて後退し、建物の陰に隠れる。
クソッ、交渉決裂だ!
こうなったら力づくで、銀行強盗を取り押さえるしかない!
オレは通りの反対側の建物の陰に居るライラに、合図を送る。
頷いたライラはリボルバーを取り出すと、建物の陰から発砲を開始した。それに呼応するように、オレもリボルバーを手に発砲を開始する。
オレたちと銀行強盗の間を、弾丸と銃声が支配し始めた。
しかし、それも長くは続かない。
オレたちが放った弾丸に、1人また1人と、銀行強盗は倒れていく。人を銃で撃つのは気が引けるが、撃たないとオレたちの命が危ない。それにほったらかしにして、他の人に危害が及ぶなんてあってはならない!
リロードをしながら、オレは通りの反対側にいるライラを見る。リボルバーを撃つライラは、戦いの女神といった雰囲気を漂わせている。普段のオレにべったりな様子からは、想像もできない姿だ。
「くそうっ、逃げろっ!!」
「!!」
ヒゲの男が叫び、オレはリロードを終えたリボルバーから、ソードオフへと持ち替えた。
「ライラ、前に出る!!」
「了解、ビートくん!!」
オレは走りながら、ソードオフを前方に向かって撃つ。
すでに背中を向けて逃げ出していた銀行強盗が、ソードオフによって倒されていく。
そして残ったのは、ヒゲの男だけだ。
きっと、あのヒゲの男がリーダーだろう。
「待てっ!」
「こいつっ!」
あと少しでヒゲの男に追いつくと思った、その時。
オレはヒゲの男から、銃口を向けられた。
「死ねえっ!!」
しまった!
ソードオフは、リロードしていない。リボルバーはホルスターにあるが、今から持ち替えて強盗を撃てるほど、オレは早打ちの名人じゃない。
深追いしすぎた。
でも、最後まで諦めたくはない!
オレはソードオフから手を放し、リボルバーに手を伸ばした。
ダァン!!
銃声が、通りに轟いた。
「……あれ?」
オレは、リボルバーを撃っていない。
撃ったのは、ヒゲの男のはずだ。
しかし、オレは弾丸を食らってはいない。
どこからも、弾丸を食らったときの痛みは感じない。
弾丸が外れたのだろうか?
「く……くそっ……!」
ヒゲの男が右肩を抑えながら、リボルバーを落とした。
「この畜生のアマが……!!」
吐き捨てるように云い、オレの背後を睨みつけている。
その言葉で、オレは誰が撃ったのか、ようやく理解した。
「ビートくん!!」
ライラが、オレの背後から駆けてくる。
手にしているリボルバーからは、硝煙が立ち上っていた。
「大丈夫!?」
「ライラ、ありがとう。オレは大丈夫だ」
「良かった! あとでいっぱい撫でてね!」
ライラが尻尾を振りながら、そう云う。
「……さて」
オレはヒゲの男の足元に落ちていたリボルバーを、蹴飛ばした。もうこれで、銃を手にすることはできないはずだ。本当ならライラを畜生呼ばわりしたから、顔面を蹴飛ばしたい。だけど、ライラの目の前でそれはしたくなかった。銃を蹴飛ばすことで、オレは自分を抑えた。
上着の内ポケットから手配書を取り出し、それを何枚か見ていく。
そして、ヒゲの男と一致するものを見つけた。
「ライラ、見て!」
オレは1枚の手配書を、ライラに見せた。
手配書を見たライラは、ヒゲの男と手配書を何度か見比べてから、頷いた。
「間違いないよ!」
「お尋ね者の、バーンズに間違いない!」
賞金として大金貨30枚が掛けられている、バーンズに間違いなかった。
「ビートにライラ!!」
その時、聞き覚えのある声が、オレたちの耳に届いた。
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次回更新は12月11日の21時となります!





