第1話 旅の始まり
オレの名は、ビート。
人族の少年だ。
オレは今、この世界を構成している4つの大陸を全て走破する唯一の大陸横断鉄道に乗っていた。
大陸横断鉄道の名前は、アークティク・ターン号。
超大型の蒸気機関車、センチュリーボーイが引っ張るアークティク・ターン号は、北大陸のサンタグラード駅を始発駅として出発して、終着駅である南大陸のグレーザー駅へと向かって走っている。
北大陸の大地は、ほとんどが雪に覆われていて、今も真っ白な大地に真っ白な雪が舞っていた。
そしてオレの隣には、1人の美少女がいる。
美しい銀髪を持ち、頭には髪と同じ色の狼の耳。そしてお尻の辺りには、同じ色の狼の尻尾がある。美しく整った顔立ちの美少女は、外の雪景色を見ながら、狼の耳を動かし、尻尾を振っている。それは耳と尻尾が、単なる飾りではないことを証明していた。
美少女の名は、ライラ。
ライラはオレと違って、獣人族だ。そして獣人族の中でも、銀狼族というかなり珍しい種族だ。
オレはライラと共に、アークティク・ターン号で、南へ向かう旅をしている。
ちょうどサンタグラードを発ってから、2日が経過したころだった。
オレとライラは、アークティク・ターン号の2等車で旅をしている。2等車は、2人で1つの個室を共有するように作られていて、セミダブルベッドが個室に置かれている。少し狭いが、超長距離を移動するために2人で過ごすには、十分な広さだ。
美少女と一緒の部屋にいるが、問題はない。
なぜならオレとライラは、夫婦だからだ。
オレとライラの首からは、常に婚姻のネックレスが下がっている。
婚姻のネックレスは、正式に結婚した男女の間で交換されるネックレスだ。これを身につけていることは、結婚していることの証明でもある。一人前として認められる、15歳になった時に、オレたちは結婚した。それからというもの、オレたちはいつも一緒だった。
喧嘩なんて、一度もしたことがない。いつもオレとライラは、相思相愛だった。
こんなおしどり夫婦、めったにないんじゃないかな。
そんなことを考えながら天井を見つめていると、ライラがオレの顔を覗き込んできた。
「ビートくん?」
ライラが覗き込んでくると同時に、ライラから漂ういい匂いが、オレの鼻孔をくすぐった。
どうしてライラはいつも、こんなにいい匂いがするんだろう?
「ライラ、どうしたの?」
オレが、何気なく尋ねる。
なんだかずっと前にも、こんなやり取りをしたような気がするな。
「……フフッ」
すると、ライラが笑顔になった。
「呼んでみただけっ!」
尻尾を振りながら、ライラが答えた。
ライラはオレと2人っきりで居られるだけで、いつもご機嫌になる。
そんな平和な時間が、オレたちがいる個室では流れていた。
オレたちは、南大陸にあるグレーザーという街の出身だ。
アークティク・ターン号の始発駅でもあり、終着駅でもあるグレーザーの孤児院で、オレたちは育った。
孤児院を巣立った後、オレたちはおカネを貯めて旅費を作り、アークティク・ターン号でサンタグラードへと旅に出た。それが結婚した15歳の時だった。
オレたちが旅に出たのは、ライラの両親を探すためだった。
ライラが孤児院に居た頃からの夢が、両親との再会。オレはそれを手伝うことを約束し、ライラとともに歩んできた。
そしてライラの両親を、北大陸の奥地で探し出した。
その旅の途中で、オレたちはいくつもの駅に立ち寄り、いくつもの出会いと別れを経験した。
楽しいことも、苦しいことも。
実に多くのことを、オレたちは経験した。
そのほとんどが、このアークティク・ターン号と関係がある。
行く先々で起こる、様々な事件。
時には、命の危険を感じたこともあった。
それでも、オレたちは前に進むことを止めなかった。
ライラの両親を探す旅を止めたとしても、もうオレたちには帰る場所が無かったからだ。
グレーザーに戻るには、旅費が足りない。
右も左も分からない土地で、家も無しに仕事を探したとしても、見つかるわけがない。
そうなったらおカネが尽きた後は、野垂れ死にするか、奴隷になるのがオチだ。
それにライラの両親を探すと、オレはライラと約束していた。
オレは、約束を絶対に破らないことを信条としている。
ライラが諦めるか、オレが命を落とすか。
そうでもない限り、オレはライラの両親を探す覚悟だった。
そしてついに、オレたちは銀狼族の村でライラの両親を、見つけた。
父親のシャインさんと母親のシルヴィさんが、ライラと再会したときのことは、今でも時折思い出す。
「ビートくん、さっきから何を考えているの?」
ライラから聞かれて、オレは答える。
「ライラと、シャインさんとシルヴィさんが再会したときのこと」
「……あのときのことね」
ライラはそう云うと、オレの手をそっと握った。
「ビートくんのおかげで、お父さんとお母さんに再会できた。わたし、すっごく感謝しているよ」
「いや、オレのおかげというよりも、ライラが最後まで諦めなかったからだよ。オレだけじゃあ、絶対に無理だった。ライラが止めなかったから、シャインさんとシルヴィさんに会えたんだ」
「ビートくん……!」
オレがそう云うと、ライラはブンブンと尻尾を振りながら、オレに抱き着いてきた。
「わあっ!?」
オレは顔を紅くし、心臓が鼓動を一気に早めていくのを感じた。
「ビートくんがいなかったら、わたしは奴隷になっていたわ……。だから、ビートくんのおかげなの」
ライラはオレの胸に頭を押し付けながら、そう云った。
ライラは、銀狼族というかなり珍しい種族だ。美男美女が多くて、好きになった相手には一生を捧げるほど尽くす種族、それが銀狼族だ。
だからこそ、従順な奴隷としての需要があり、奴隷商人から狙われている。実際に、ライラはグレーザー孤児院に居た頃に、強盗に連れ去られそうになったことがある。そのときに、オレが強盗を撃退して、ライラを助けた。それ以降、ライラはこうしてオレにべったりになった。
そんなライラに、オレも惹かれるようになっていき、そして婚約した。
まだグレーザー孤児院に居た頃のことだった。
「じゃあ、オレとライラ、両方のおかげだな」
「わたしは一生、ビートくんと一緒!」
「ライラ……」
オレは嬉しくなり、ライラの頭を撫でる。
ライラはそれに、尻尾を振りながら喜んでくれた。
「ねぇ、ビートくん」
ライラが、顔を上げた。
「トキオ国まで、どれくらい掛かるのかな?」
「うーん……」
オレは壁に掛けてある、世界地図を見上げた。4つの大陸が描かれた地図には、鉄道の路線と駅が記入されている。個室に掛けられている世界地図は、路線図の役割も持っている。この4つの大陸で構成された世界は、そのほとんどの街が、鉄道で網の目のように結ばれている。鉄道で行けないところは、4つの大陸にはほとんどないと云っても差し支えない。
だが、中には鉄道が廃線になって無くなったり、国そのものが無くなってしまうこともある。
そうなると、鉄道でいけないような場所も出てくる。
オレたちが目指しているトキオ国も、その1つだ。
なぜ、オレたちがトキオ国を目指しているのか。
それは、トキオ国がオレたちが生まれた場所であるからだ。
実はオレの両親は、トキオ国の国王と女王だ。
名前はミーケッド国王とコーゴー女王。
つまり、オレはトキオ国の王子ということになる。
しかし、トキオ国は今は存在していない。
過去に起きたアダムという奴隷商人との戦争で、トキオ国は崩壊してしまった。
その結果、オレとライラは生まれた場所を追われ、グレーザー孤児院に引き取られることになってしまった。
そしてオレは、両親を喪ってしまった。
シャインさんとシルヴィさんから聞いて知ったことだが、オレはまだ信じきれない。どこかで、ミーケッド国王とコーゴー女王が生きているのではないかと、思ってしまう。
同時に、オレはトキオ国の跡地がどうなっているのか、この目で確かめたくなった。
どんなにトキオ国が滅びたと聞いても、自分の目で確かめないことには、実感が湧かない。頭では理解していても、自分の気持ちを納得させるためには、目で見ないといけなかった。
そしてオレは、銀狼族の村を旅立つことに決めた。
もちろん、ライラも一緒に来ることになった。
ライラはいつも「ビートくんのいる場所が、わたしのいるべき場所。ビートくんの行きたい場所が、わたしの行きたい場所!」と云っていた。そんなライラを残していくことなど、できなかった。
「最寄り駅が……西大陸オトモヒ領オトヤク地方のホープだから、そこまでは列車で行けるけど、その先は乗り換える。そうなると……」
オレは脳を回転させ、頭の中で計算をしていく。
そして、大まかな日数を探っていった。
「だいたい、3~4か月はかかるかもしれない。下手すると、もっとかかるかも」
「やっぱり……それくらいは掛かるのね」
「鉄道が無いわけじゃないから、思ったよりも早いよ。もしも馬車を使ったら、1日に移動できる距離はたかが知れているし、途中で町や村の宿屋に入れたらいいけど、野宿しないといけないこともある。野宿することを勘定に入れると、現地で調達しないといけないものが増えるな」
「例えば?」
「保存食に、ダッチオーブンなどの調理器具、ランプに燃料用アルコール……」
オレは必要になりそうなものを、次から次へと思いつくままに挙げていく。
そうこうしているうちに、なんだか頭が痛くなってきそうだった。
「鉄道があっても、やっぱり大変だな」
「……ビートくん、大丈夫よ」
ライラがオレにそう云って、そっとオレの手を握ってくる。
「わたしのお父さんとお母さんも、トキオ国からわたしとビートくんを連れて、グレーザーまで行ったのよ? グレーザーから銀狼族の村まで行ったわたしたちにだって、行けるよ!」
「……そうか、そうだな!」
オレはそう答えると、窓の外を見る。
吹雪が吹き荒れる北大陸の遥か彼方には、東大陸があり、そのさらに向こうには西大陸がある。
そこに、トキオ国の跡地がある。
ライラの言葉に、オレは不思議と自信が湧いてきた。
そうだ。オレたちは南大陸のグレーザーから、北大陸の奥地にある銀狼族の村までやってきたんだ。その移動距離は、アークティク・ターン号の走行距離よりも長い。
それに比べたら、トキオ国の跡地までの距離はずっと短い。
オレはライラの手を、握り返した。
「ライラ、必ずトキオ国の跡地をこの目で見てから、銀狼族の村に帰ろう!」
「うん!」
オレたちを乗せたアークティク・ターン号は、吹雪の中を南に向かって、突き進んでいく。
こうして、オレたちの新たな旅が始まった。
初めましての人は、こんにちは。
以前お会いしました人は、お久しぶりです。
ビートとライラが帰ってきました!!
これから生まれ故郷の跡地に向かって、ビートとライラは旅を始めます。
ルトくんも頑張って書き進めますので、どうぞよろしくお願いいたします!
なおこの作品単体でも楽しめるかと思いますが、前作「幼馴染みと大陸横断鉄道」を読んだ上でこちらを読みますと、より楽しめるかと思います!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
感想、誤字脱字、ご指摘、評価等お待ちしております!
次回更新は12月2日の21時となります!





