命を吸う森
「64が突破した!続け、ラハの子たちよ!」
僅かな水源でも、砂漠に森があった。それは、例え敵の、ア国世紀軍と血と焦げた鉄で塗られていたとしても、美しかった。
昼間の第1次攻勢は、犠牲を多く出した。だが全ての砲台や陣地、地雷原を割り出した。要塞と言ったところで、大戦の時代のような何十キロメートルもの大規模な陣地ではない。地雷原の終わりは、目と鼻の先と言うには遠いが、見えているのだ。
旧帝国人の義勇部隊は、夜襲で早々に地雷原を突破して見せた。
旧帝国人は踏み躙られる雑草だ。
だが、であるからこそ、先進列強が高々1人を救出する為に効率の悪い精神構造や投資が必要なのと比べれば、旧帝国人は『この環境』に適応できるだけの精神構造の改革を果たしているのだ。脳の構造が、明らかに違うというのは間違いではない。
ドーザーが左右に掘り起こした大型地雷は山と退けられ、道を穿った先任の残骸を盾に、砲爆撃を物ともせずに前進した。
直射で火点を爆破し、味方を何人も生きた盾にしながら、踏み越え、乗り越えた。10の地雷があっても、11人がいれば必ず突破できる。ましてや、56型と地雷で勝負するには、地雷はやや不利だ。
56型は地雷処理装置を持っているし、6脚は無限軌道の履帯ほど簡単には擱座しない。
そして何より、旧帝国人とは、生きているだけで精鋭であった。
『貧乏くじ引きました!』
砂の防壁を破砕し先行したアゲハコが、正面を向いたまま、ホイールを逆転させ、先程粉砕したばかりの防壁の残骸を逆向きに飛んだ。
後に続けと、前進を続けていた13小隊の56型が、有線の線香花火のような淡い炎を発するものに追われた。
『うわーッ!』
BAGooon!
油断していたわけだはない。ただ、回避する反応の余裕がなく、直撃した。鮮烈な影を焼き付ける爆発で、肉片とも破片ともつかない何かが撒き散らされた。
「対戦車ミサイル!」
残骸を挟んで、ア国の防衛隊との撃ち合い。
56型の40mm機関砲、ア国装甲歩兵の対戦車ロケット弾が交差し、多くの鉄量の応酬が繰り返された。
制したのは、旧帝国人義勇兵だ。
56型の昆虫じみた手足が、スモークを張った隙に突撃を敢行し、装甲歩兵の、肉の入った外骨格を踏み潰した。悲鳴が木霊した。生きたまま体が潰れる瞬間の断末魔が、響いた。
『死ぬかと思いましたが、生きてます』
アゲハコの抑揚のないいつもの声が、激しい砂嵐のノイズの中で届いた。
ロボ連中も、今はまだ無事なようだ。極短距離だが、高強度のレーザー通信でデータのやりとりがあった。
HMDと連動した56型の頭が、ネンドの首と同じように動いた。生身と同じように、周囲を速やかに走査する。集音マイクが展開して聞き耳を立て、大きな光学センサーが見た。姿形は大きく違うが、感覚や動きは生身と大きな違いは……無いわけでは無いが……直感に頼る分、無い。
反射的に振り返れば、反射的に56型は振り返れる。
「最初の防壁は越えたな」
『まだこれからです。気を緩めないでください』
「わかっている」
幾つもの兵舎、格納庫、そして前線基地でも見た自動砲台や対空砲台が設置されていた。建物1つの制圧が、苦難の連続だ。
「平屋建てばかりだ。56で外壁を破壊、UGVに制圧させろ。支援する」
『人質がいた場合は?』
「この乱戦だ。流れ弾で死んでもおかしくはない、そう言えれば良いのだがな」
『出来るだけ五体満足で保護しましょう。最悪は首だけでも』
「DNA鑑定ができれば上等だ」
あくまでも人質救出が命令だ。だが、正直なところ、とネンドは56型を加速させた。建物を手当たり次第に捜索だ。
防衛タワーがサーチライトを振り向けた。
見られた。
物陰へと滑り込ませた戦友は無事だ。だが、照射された光を浴びた連中は、複数の多銃身砲が放つ豪雨の前に、多少の障害物諸共蜂の巣にされた。燃料や弾薬に引火すれば誘爆した。
応酬は、基地のあちこちに侵入しつつある56型各機、無数の40mm機関砲で、継続的な射撃はついにタワーの強化ベトンを折り、倒壊させ猛煙が周囲を包み込む。
黒煙と炎の中で、両軍が断末魔を叫んだ。
混信する敵味方の声が聞こえた。基地内に切り込まれた、ア国の矢継ぎ早な指示、異国の言葉で叫ばれる絶望、悲鳴、呪詛の声だ。
ネンドは、聞くな、耳を傾けるな。自分に言い聞かせても、声を知っているからこそ、もう無視できるものではなかった。知らなければ、それはただの雑音でしかなかっただろう。だがもう、雑音ではない、人間の声なのだと、耳が聞き取ってしまう。
『一々爆破しなくても、赤外線で当たりをつけることは可能です』
砲声が遠のいていく。
ア軍は基地の深くへと下がった。
取り残されつつある前線に残されたア軍は、背中を見せれば撃ち抜かれ、そうでなければ56型のいずれかの脚かショベルアームによって丁寧に頭部を破壊された。
旧帝国人に慈悲の心は酷く希薄だ。
許しを乞われることは少なくない。だが、それは聞き取られない。旧帝国人がそうされたように、ア軍にもそのまま跳ね返った。慈悲はなく、負ければ処刑までが戦いだ。
「酷い戦いだ」
ネンドは零した。
火炎放射器の炎が、装甲車も、非装甲の軽歩兵も軍属も区別なく焼き払う。悲鳴が、断末魔が、耳に入った。
表皮が水膨れし、しかしすぐに破裂する。ずるりと向けた皮から肉が露出するがそれもすぐに黒く焦げ、のたうつ者はやがて動かなくなった。装甲車の中の人間はより悲惨だ。鉄板はまるで、フライパンのように熱され、皮膚がなまじ燃えないせいで装甲に焼きつくのだ。皮を剥がしながら、燃える乗員がハッチから飛び出した。耐火服を着ていればもう少しマシなのだろうが、所詮は程度の問題だ。
大木も掴むショベルアームが、人体に対しては恐るべき兵器となる。バリバリと上半身と下半身を引き千切り、垂れた腸と背骨が露出した。残酷な精神なのではない。効率性を重視しているのだ。ショベルアームがあるのだから、それを使えばいい。たったそれだけの理由で、おぞましい行為へのハードルなんて消えた。
旧帝国人以外にとっては、その精神構造はあまりにも恐ろしいのだ。それは大戦で極地に至り、今でも抱いている。
旧帝国人を下等種族としながらも、本当の上位種は何なのかを忘れようと努めているのだ。
だが、ここではそれが剥き出しにされる。
そうであるからこそ、世界はまだ、旧帝国の全てを滅せないでいた。
恐ろしいのだ。
「道路に出たら狙い撃ちされる……よし、平屋を破壊しながら進もう。ドーザーを前に、UGVは後方だ。ぶつけて行く」
マフラーから不完全燃料の火の粉が吹き上がった。唸りを上げたエンジンのギヤボックスが悲鳴をあげるように回転し、ホイールを凄まじいトルクで押し出す。
鉄筋とコンクリートなんて固い建築物ではない。合板のベニヤと少々の補強だ。平屋は次々とドーザーとホイールに破壊され、引き裂き56型は基地を蹂躙しながら前進する。時折、建物に潜んでいた歩兵チームと遭遇するが、大した損害ではない。
目指すのは、対空砲台だ。
目標は対空できるシステムの破壊だ。
攻撃ヘリコプターがどうにでも上空から叩いてくれる。これは脆弱な飛行機械だが、一度、彼らが活躍できる環境に傾くと、これらはまったく厄介な存在へと変わり、余程の幸運が重ならなければ、地上車両は逃げることも許されずことごとく破壊される。
ネンドは平屋を破壊しながら、
「対空砲台は!?」
『ありました。貴方の見ている反対、11時の方向』
ネンドが振り返ったときには、アゲハコが見つけたという砲台……14.5mmの8連装の束を振っていた銃座はグズグズのスラッグに変えられていた。ナパーム弾が周辺ごと焼き払ったのだ。
生きたまま燃やされて走る兵士が、いた。
『赤外線センサーにも注意してください。一応、人質がいるのですから』
「わかってる、轢殺しないよう気をつけるさ」
『頼みますよ、本当に』
人質か?と壁を破壊すれば、軍服を着たライフル弾の出迎えを受けた。センサーを集中的に狙っていた。ショベルアームで、頭から足裏まで叩き潰した。砲弾や擲弾を使っている場合ではない。
「人質救出と言うよりは、まるでゴミ漁りだな」
最前線、今まさに銃火が飛び交っている線は押し上げられていた。倒壊した基地施設の比較的後方は、近くで戦闘音が響くだけで激しい攻防そのものは離れている。
ネンドはそんな場所で、任務の人質探しに精を出した。
第11突撃小隊だけではない。他のいくつかの小隊もそうだ。基地で見たことのあるエンブレムがいれば、まったく知らない、別の基地からの小隊も混じっていた。
残飯漁りの当たりクジは、ネンドには微笑まなかったようだ。
『嘘だろ、本当にいたぞ!』
瓦礫を撤去する56型の1機が、人間を見つけた。軍人でも軍属でもない、とのことだ。数は3人。ジャーナリストとして侵入していた土地で捕まったらしい。本当に捕虜がいたのだ。
ネンド以上に、アゲハコが「信じられない」と言葉にした。
ア国側の対空砲座は制圧済みだ。56型の伝令が走り、すぐに輸送ヘリコプターが人質の脱出にと飛んできた。
『忘れるなよ、この無線が届いた戦友諸君。囚われの乙女らを救ったのは、第86突撃小隊のジャボウだ!雷と昇り蛇を忘れるな!」
蛇のエンブレムの56型が、上空で騒がしくメインローターを回すガスタービンを地上へ招く。
踏み込んだ連中はどうでもいい。ネンドは、人質が回収されたことを見届けて、第11突撃小隊をア国の基地から脱出させるつもりでいた。
やれやれ、だ。
ネンドは、アゲハコが生きていることを確認した。UGVがオートセンスで周囲の敵か味方を探している。近辺に敵はいない。
(ヘリが少し目立っているのが気になるけど)
遠くから狙撃されたらーー。
そんな不安が、刹那、ネンドの脳裏をよぎった。タービンジェットの外板を砕く機関砲弾。バランスを崩して、地上にいた蛇のエンブレム、ジャボウの56型を潰す、そんな瞬間だ。
『小隊長?』
ネンドの56型の光学センサーに、飛ぶ輸送ヘリ、アゲハコの56型が同時に写り込んでいる。
輸送ヘリの、二つのエンジンが同時に弾けた。側面からの貫通だ。大穴はメインローターの中心を一撃で折った。射出孔である出口から、流血のように金属片が飛び散る。
『え?』
急速に降下を始める輸送ヘリが、凶器へと変わる。オートローテーションなんて、ローターが丸ごと消えたのだ。意味がない。身の危険を感じたジャボウの56型が、堕ちる輸送ヘリの真下から退避行動をとっている。
第ニ射。
コクピットとパイロット、コパイロットが消滅した。
地上の、ジャボウの56型を押し潰して輸送ヘリが炎上した。大型のヘリの誘爆は、周囲の大気にはっきりと衝撃波を作った。
「なんだ!?ヘリが堕ちた、狙撃だ!」
56型の耳が、あちこちの砲声のノイズの中からしかし、明らかに異質な音を拾った。50mm以上の狙撃砲だ。空気を切り裂く砲弾の音だけだ。蜂の羽音のような音、だがフレシェットではない。無数の鏃ではなく、1本だけ。
重装甲の戦車も貫く、APFSDSのダート!
『小隊長!人質の一部はまだ生きています』
「86小隊の生き残りに拾わせろ!ヤバイ雰囲気だ。肌で感じる」
『86は駄目です。未確認の敵から次々と撃破されてる』
「あー、クソッ!クソッ!」
状況は唐突に悪くなった。
空を何か、赤い炎が飛んでいく。
瞬間。
先行していた部隊がいた基地の一角が消滅した。反応兵器でも使ったのかと疑うほどの大爆発があらゆるものを薙ぎ払う。
「じゅ、巡航ミサイルの飽和攻撃……」
ア国は、この要塞陣地ごと全て破壊するつもりだ。
「客を引っ掛けて即時撤退だ!アゲハコ、兎に角近くの部隊に撤退を伝えろ。基地は自爆する次に最悪の事態だ」
『了解』
「ついてこい」
56型のマフラーが火を噴く。
人質の生き残りを強引に56型に引っ掛けて、全力で逃げた。
『おい、11小隊!敵前逃亡はーー』
ア国基地の全てが、同時に吹き飛んだ。数百では足らないだけの巡航ミサイルが、慣性誘導で基地全体に降り注いだ。
敵も味方も、何もかもがバラバラになった。
ぐちゃぐちゃに壊れてしまった。