決死圏の罠
クソッタレ!!
ネンドは内心、そして口でも悪態を吐いた。知りうる限りの語学と語弊の限りを尽くしてだ。だがそれでも、今の状況を表現するにはまるで足りない。
訓練キャンプに対する奇襲攻撃を、総力を挙げて遂行しろという命令が出た。文字通り、基地に存在する空陸の全戦力が絞り出された。
作戦の目的は、民間人の救出作戦だ。
太陽フレアのせいで電波状況は最悪だ。ラジオもレーダーもレーザーもアウト。自律兵器以外のロボット兵器も全て姿を消した。衛星測位の誘導も位置確認も。
そんな時に、絶対に犠牲が出る救出作戦が決行された。過激派の訓練キャンプに囚われた民間人を助けろとだ。地図にないキャンプの場所だけは、奇跡的に正規軍から提供された。
大嘘だ。
ゲリラの訓練キャンプなどではない。
ア国正規軍が、完全に陣地を完成させていた要塞だ。対戦車陣地に接触する前からの大出血を強いられた。それでも、救出作戦は絶対に遂行されなければいけないのだ。
「救出作戦なんてやったこともないというに!」
ゲリラというには重武装すぎる兵器が現れた。装輪戦車が、どこかで迎撃されて中破し、穴だらけになり黒煙を吐きながらも迫る。40mm機関砲を撃ち込んだ。燃料タンクが誘爆し、装輪戦車の後部がパワーセルごと吹き飛んだ。
ーー72時間前。
「ブリーフィングなんて初めてだ」
今まで一度もなかった、ブリーフィングなるものにネンドは一抹の不安があった。そこでは各小隊のメンバーが総出で顔を見せた。
「……ネンド、なんだ、お前、その顔は……」
「賭けの負けを勝手に払わされたんだよ」
ネンドの左顔面は青痣だ。目が潰れているのではないかと腫れた。旧帝国人以外の人間と会ったのが不運だ。
「お前ッ、なぜ旧帝国人の分際で、上位のリリス種よりも頭を高くする!地面に頭を擦り、許しを乞え!!」
夜は夜で、時々どこかの派閥から夜襲を受ける。どの部隊かはわからないが、ネンドが迂闊に寝ていた時は、麻袋を顔に被せられ、靴下に石鹸を入れたブラックジャックで、数人か数十人に袋叩きされた。
それでも、任務にはでなければいけない。
命令不服従は銃殺だ。
最近は、絞首刑も上位種で流行っているのか刑に含まれていた。お縄が首に掛かるのだ。嫌な流行りである。
第11突撃小隊は、相変わらずの定数割れだ。3人が最低数なのに、119の補充はまだ来ていない。ネンドは薄々、補充要員の『調達も政治』なのだということに気がついた。
小隊間での政治だ。小隊と言っても、その規模は様々だ。数十の子分を連れた実質的な大隊相当から、ネンドのような小隊未満まで。逆に言えば、規模はそのまま、隊長の資産と力に直結していると言えた。
白状だな、とネンドは内心で苦笑した。119を失って後悔していた感情はいつしか、死なれて面倒だなという愚痴に変わっていたからだ。たった1人の補充の目処も立てられない。死んではほしくなかったが、命の尊さから、手に入らない物品に対するものへと、変わってしまった。
「集まっているな」
珍しく、旧帝国人ではない人間が部屋に入ってきた。
リリス種の女だ。
誰かが口笛を吹いた。「おんあq基地司令様だ。こりゃ、俺達を皆殺しにできるかの賭けに乗せられたぞ」
ネンドが始めて見た顔は、狐の雰囲気があった。だが、まさか皆殺しを命令する女には見えなかった。
「テロリストの訓練キャンプを我が軍の無人機が発見した。本来ならば無人兵器で空から叩けば良いのだが、今回はそうはいかない」
「いつもだろ」と旧帝国人が茶化すが、女司令官は無視した。
「民間のジャーナリスト団体が捕虜にされていることが、情報部で確認された。つまり諸君は、このジャーナリストを生かしてこの基地へ連れて来て、テロリストの虫ケラどもを一匹残らず皆殺しにしろという話だ」
訓練キャンプ、ジャーナリスト。取材にしても随分と命知らずだなと、ネンドはボンヤリと話を聞いていた。ニュースで時々、民間人が捕まった、交渉はしない、処刑された。よく聞く話だ。
女司令官は色々言って最後には、旧帝国人として歴史の清算に奉仕せよ、と上位種がよく言葉にする決め文句で去って言った。異種のラブロマンスは期待できなさそうだ。きっと、すでに輸送ヘリコプターで前線基地を出ているのだろう、とネンドは副官のアゲハコに今回の任務を聞き直した。
「時折あるのです。死者9割以上の、在庫セールとでも言いましょうか。他の基地からも総力で当てて、どの部隊がより多く生き残るかと言う、賭けごとですね」
聞けた話は、思いのほか不愉快なものになりそうだ。
「上位種は、旧帝国人が多すぎると考えている節が多くあります。実際、少子高齢化で喘ぐ列強の中でも……列強の名前こそ外されましたが……旧帝国自治区はもっとも人口面で安定しています」
「早い話が口減らしなのか」
「難しいところです。ですが、基地の旧帝国人の生き方に慣れてこられると、フレッシュさを失うので、換気する気分もあるのでしょう」
何にせよ、言われていることはただ一つだ。早く死んでくれ、だ。
「相手はテロリストだろう。そう簡単には負けないと思うが」
「どうなるかわかりませんが、軍隊が出張る可能性が高いです。本物のです」
「……56型で生き残れるものなのか」
「死者は最低9割以上です」
聞くんじゃなかった。ネンドは後悔した。それでも、嘆いていては始まらない。装備を確認して、どんな罠や理不尽も生き抜くしかないのだ。
他の小隊長を見た。
皆、各々の手段で部下に説明して、鼓舞していた。
大きな声と頼りになる威勢の良さ、子を引き連れた母のように部下の背中を押して共に並ぶ、ゲームとしての感覚で競いあう、あるいは感覚を変える。
どれが正解なのか、ネンドにはわからなかった。
56型に、普段では無理なほどの弾薬が積み込まれた。予備弾薬のスペースを無くす程の、詰めるだけ完全状態だ。本来なら、弾薬は厳しく統制されるし、員数内の員数外は高価な商品だ。ネンドは惜しまなかった。
見慣れない機械が、愛機の隣で整備を受けていた。56型よりは小さいが、なんらかの兵器で車両だ。人間が乗れるスペースはまるでないが。
「こいつは何だ?」
「ネンドは初お見合いだったか」
「お見合い?」
「所謂ところのドローンとでも言うべきか……軍用無人車両(UGV)だ」
「賢いけど、条約では禁止されるかもな自律思考兵器ね」
「陸戦協定なんてどうせ適用されない、旧帝国人だから地雷もクラスターも使い放題だけどな。コイツらもその1人さ」
整備のお姉さんやお兄さんが説明してくれるが、それの見た目はまるで玩具そのものだ。だと言うのに、立派な機関銃やロケット砲を付けられ、厳ついセンサーヘッドが冷たい反射光を見せた。
「安くしておくさ。11の人間が2人は少なすぎるということで、半人前を招集した」
「前に餓死させられる直前の貸しは、これで返されたな。残念だ。僕は海水浴の水着を買いに、君には飛行機を調達してもらう予定だったのにな」
「安く済ませる為の先手には成功だな」
機械のペットは4人だ。半人前が4人で2人分の働きになるのだろう。
「武装は?」
出撃は近い。だがネンドはまだ何も知らない。仲良くするべきだが、まずは口説く為の情報集めだ。
82mm自動迫撃砲が1門、5.7mm機関銃が2門。他に擲弾発射機が16で、発煙弾や対人散弾などを射出できる。
アゲハコが、いくつか書類の束を抱えて来た。
「ベイビーたちには56型の支援を任せます。歩兵の対戦車ロケットから身を呈して守ってくれることでしょう」
「そもそも56型が最前線で撃ち合うのも問題だと、最近は思うよ」
「今気がつかれましたか?」
「初めて乗った時から知ってた」
第11突撃小隊の編成は、56型が2両、無人地上車両(UGV)が4両。
慌ただしいと言うには、どこか達観した顔が目立つハンガーでは、他の小隊も増強されていることがわかる。
最後の棺桶になるだろう56型に、色々思うものがあるようだ。
そんな、ネンドの56型……と言うよりは、第11小隊のパーソナルマークが描きこまれた。キッチリ、UGVにもだ。仕事が早い。
マントで空を飛ぶグローブを嵌めた鮫だ。
シャークマウスから単純に鮫になった。グローブとマント、ついでにポージングの空を飛ぶ姿は、これを描いた絵描きの整備士のセンスだ。
油と脂の臭さに混じって、爽やかな新鮮が牙を見せて笑っていた。
ネンドは内心で、けっこう興奮していたりする。56型は敵をぶっ殺し、ネンドや他の旧帝国人がぶっ殺される為の兵器だ。前任者は穴ボコミンチで、修復された弾痕跡は薄っすら見えないことはない。血を吸った、血を流すマシーン。それでも、カッコよくなった、ネンドはそう思った。
「行こう、相棒!」
傍では、アゲハコが、口だけで溜め息の仕草をとる。第11突撃小隊の整備班も苦笑した。
初めての大規模な作戦だ。
何十という自律兵器と56型が、前線基地の、砂の防壁を越えていく。近接支援の攻撃ヘリコプターや攻撃機もだ。COIN機などは、地上部隊との同時攻撃を求められるから、出撃までもう少しあるが。それでも、普段は見ることがない、自走砲が長い砲身と大口径の巨砲をガンロックして出陣している。砲撃地点まで進出するのだ。
「変な話だ。小隊長以上の指揮官や、この攻撃部隊の総指揮を執る人間がいない」
最大の指揮単位は、小隊だ。其々の小隊長は封印された命令書を開封して、時刻と目標さえ守れば自由裁量……丸投げされた。
「小隊長はまだ、我々に求められているものへの認識が不十分ですね」
「アゲハコ、どう言うことだ?」
「旧帝国人を死なせたいだけですよ」
「シンプルだな」
第11突撃小隊にも出撃許可が出た。
防空塔に睨まれながら、防壁を越えた。
衛星測位による位置情報システムは、おりからの太陽フレアのせいで使い物にならない。慣性記録システムで、大凡の現在地は確認可能だ。精度をあげたければ、天測すればいい。
ネンドは一抹の不安を抱きながら、アゲハコをトップに出した。アゲハコの更に前にはUGV、ネンドの後ろにもUGVで挟む隊列だ。改造不可能な肉眼(永遠のMk.1)よりは機械で巨大な光学センサーの精度を信用した。
「1個旅団相当のゲリラ、か。ゲリラなのか?」
砂煙を起こしながら砂漠を横断する
「情報と違うぞ、ア国の正規軍だ!」
訓練キャンプと伝えられていた攻撃目標は、実際にはア国世紀軍の要塞陣地だった。
対戦車壕、半没の自動化砲塔、各種無数の地雷原とコンクリート地雷原で細かく区切られた地獄圏だ。
装甲歩兵の機関砲が据えられた硬化陣地が、対戦車ミサイルの直撃を物ともせずに、56型を引き裂いた。航空支援の紙飛行機は、とても近接支援に降りられる状態ではなさそうだ。支援砲部隊なんてものは、真っ先に対砲迫射撃で壊滅しただろう。
地雷原の突破の為に、何本もの爆導索が地雷原を誘爆させ、ドーザーを下ろした56型が対戦車障害物や対戦車障害の区別なく啓開に全力を尽くした。大破した56型も、臨時の増加装甲にしながらだ。1mの全身が、血を求められた。
「なるほど。俺たちはやはり、捨てられたか」
硬度の高い極短距離無線からだけ、太陽フレアの電磁妨害の中を突き抜けた。
耳に残る悲鳴だった。