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敵という烙印

 戦争は何も、国と国が争うばかりだけではない。寧ろこの数十年、大戦に比べれば、ささやかな紛争程度の衝突が、国家間戦争の大半だ。大規模な戦争になったものも少なくはないが、それらは全て、多国籍軍がとある理由で侵攻したものでしかない。


 テロだ。


 大戦後、世界各地で民族主義が勃興し、国家制度、民族の国境など、民族自決とそれを封じる血がおびただしく流れ続けている。神の存在こそが、血を止めないのだから不幸だ。


 仮想敵に国家が入るのはある種の健全だが、一つ、変わったことがあるとすれば、それはテロリストを相手に軍隊がかつてないほど積極的に、世界規模で活動していることだろう。


「退屈ですか?」


 ネンドは、「そんなことはない」と首を振った。任務以外では、基本的に兵舎から外へ出ることは無い。固く鍵をされるからだ。食事は、炊事係が部屋の前に置いて行く。トイレや風呂も、兵舎の中で完結だ。


「トランプにも飽きましたし、バラして爆薬を……おっと、花火でも作れますが」

「アゲハコは変な、というわけでは無いが、色々知っているな。いるだけで退屈しない。命の危険という意味で」

「お褒めのお言葉に感謝感激雨霰の大爆撃でございましょう」

「干し桃で毒はもう作るな」


 ネンドはトランプのカードをベッドに置いた。床で女の子座りのアゲハコは、配給券をありがたく貰っていく。


 今、ネンドはイカサマの勉強中だ。失敗すればアゲハコに負けて、配給券を巻き上げられる。


「これも勉強です」

「イカサマを覚えるまでに餓死するぞ」

「早く覚えることですね。時間はいつまでもありませんよ?勝ち負けを選べるようにならないとです」


 形式上は、アゲハコは部下ということになっている。だが実際問題、ネンドの頭が上がる存在ではないだろう。彼女はネンドを(あら)ゆる意味で教育した。もしアゲハコの『親切』がなければ今頃、ネンドは殴り殺され、戦死として死体袋に詰め込まれていることだろう。


 歓迎で砂蚤塗れのシーツを使わないで済んだことも、アゲハコのお陰だ。時々、野生ペストの病気持ちの実験にされかけた。感染した鼠の血を蚤に吸わせて作るのだ。科学の進んだ現在では酷く原始的な手段だが、今も昔も旧帝国人の使い方は変わらない。


 ネンドが使っているのは、新品ではないが、蚤など虫のいない、安全なもの一式に変えられた。前線基地からの支給品は全てアゲハコが燃料に変えた。


 全幅の信頼を抱いている。


 ネンドとは単純な男なのだ。


「前から気になっていたが、ほら、53型に熱光学スクリーンを付けただろう。どういう人脈やコネを持っているんだ?」

「欲しいですか」


 欲しいか、と訊かれたネンドは、その意味をよく飲み込めなかった。欲しい物が何かあるのかと言うことだと考えて、「いや、特に必要な物は無いと思う」と答えた。


 アゲハコは無表情だ。感情というものを見せない。そんな彼女は、ふぅ、と息を吐くとトランプを片付けた。


「いつ死ぬかわかりませんし、いずれはコネクションにも紹介しますよ、いずれ、ですが。安心してください」


 ネンドはなんだか釈然としない複雑な心だったが、今夜はお開きかとトランプを返した。全てのカードが箱の中に戻った。


 119を思い出した。


 第11突撃小隊は、まだ欠けた2人体制だ。補充は来ていない。空いたベッドの外には、119の遺留品の詰まったバッグがそのままだ。トランプは、元々119の物だ。


 放置された戦死者は、何も119だけではない。兵舎には第11突撃小隊だけでなく、いくつもの小隊のメンバーが暮らした。中には小隊ごと消滅したり、戦死者よりも生存者が少なく、他の小隊と合流など、部隊の再編は日常だ。


 別れが常態である、と言い換えることができた。


 56型は工作車両だ。戦闘工作車。仕事は多岐に及ぶ筈だが、兵舎にいる小隊が押し付けられる仕事は、正規軍を死なせたくはない危険なものだけ。地雷処理だ。ドーザーはその為にある。地雷を誘爆させる爆導索は使わない。


 コストが釣り合わないからだ。


 爆導索を撃つコストよりも、56型編成の数個小隊を全滅させて地雷源を啓開した方が安上がりだ。


 人命は『無料』、56型は有り合わせの在庫ででっち上げのオモチャだ。コストは、高級な特殊部隊要員よりも遥かに安い。気軽に投入できる兵力だ。流石に市販車を武装した程度のテクニカル程安くはないが、テロリストと共喰いさせられているのには、そういう事情があった。


 戦死者とは、必要は薄いが出ても困らないし、軍人ならば死んで当然とされる義務のコストに計上されている。


「おかしな話だ」

「何がですか、隊長」

「僕達が世界を守っているのに、実際は僕達が死んで当たり前だと思われている」

「旧帝国人ですからね」


 ネンドも今更、差別に憤慨して、レイシストの首に縄を掛けて市街を引き摺り回したいわけではない。


 前線基地では、アゲハコの立ち回り勉強のおかげで、そういうことに巻き込まれる頻度は少ない。稀に、視界に入ったということで気分を害したのか、「家畜が人間の前を歩くな!」とリンチされたが。アゲハコ曰く、賭けに負けた憂さ晴らしで、ツイテナイ日だった。


「……」


 リンチと言えば、で、ネンドの額に汗が浮かんだ。帰ってきた痛みのせいだ。やる気のない軍医曰く、いくつか骨に(ひび)が入っている。痛み止めは有料で買っていない。


「痛みますか?」


 119のトランプを机にしまったアゲハコの淡々とした声だ。機械的で、痛いのは理解していると言わんばかりだ。


「いや……」


 ネンドは虚勢を張った。


 56型に乗れば、補助脳と薬物の作用で痛みが無くなる。だが、降りてから時間が経てば、麻痺していた感覚が戻った。


「痛み止めです」


 そう言ってアゲハコは、折られた紙を渡してくれた。広げれば、白い粉末が入っている。ネンドは疑わず、喉へ流した。


「毒かもですよ」

「信じるだけだ」


 ザラザラとした喉の不快も、唾液を飲むたびに消えた。プラシーボか何かにしても、痛みは確かに退いた。


「ありがとう。楽になった」

「感謝される程では。死なれては困りますし。第11突撃小隊が1人になれば、合流するのは第15ですし?」

「15には何かあるのか?」

「男に弱い女体が犯されます」

「面白い冗談だ」


 アゲハコが組み敷かれる姿は想像がつかなかった。


「小隊長、もっと危機感を持ってください。私達にとって正規軍が命の危険ですが、同時に、同じ旧帝国人という顔をした反帝国人もいるんです」

「反帝国人?」


 ネンド始めて聞く単語だ。


「はい。小隊長は、ラ国についてどの程度の知識がありますか?」

「一般的な歴史の教科書程度には、だが」

「つまり何も知らないということですね」


 それを言われたら、ネンドは黙ってしまう。ネンドもまさか、学校教育が(かたよ)った自虐の歴史観を植え付けていないとは、言えなかった。


 旧帝国人が如何に残虐な歴史を過去に築き、それに対して諸国へどう謝罪し奉仕するかを義務のように説いた。旧帝国人の歴史観を養う教育とは、そういうものだ。


 学校では、だが。


 テストで優良個体の証明を出す以外での旧帝国人は、特に新しい世代程、諸国の列強に対する強烈な反感を抱きつつある。この傾向は、旧帝国人の劣等種とされ、脳が退化したからだと、世界のニュースになっていた。


「ラ国は、元々帝国領です。旧帝国人が住む、旧帝国の土地。しかし、大陸間戦争が終わる直前、列強に自治独立を(そそのか)されて、同族へ大砲を向けたのです。ラ国に限りませんが。今では古王家を復興して、古から続く正当な国家を(うそぶ)いています」


 変な話だ、とネンドは思った。


 ラ国と言えば、56型を設計した国だ。


 56型には悪意が詰まっている。


 正面からも剥き出しの弾薬庫、人間を正面装甲にしているドライバー配置。廃価格の民生品を多用した低い耐久性。


 エコロジー意識が高い、無色太陽パネルと水電池の組み合わせは最高の稼働時間を保証する、と、旧帝国人のドライバーには説明されていた。実際は、安全基準を満たさないバッテリー爆弾がないと56型は動かない。システムが重すぎるのだ。


「旧帝国人とされている人間が、旧帝国人を最も憎む存在となるのです」

「同じ種族なのにか?」

「正確には同じ種族だからですね」


 アゲハコも詳しくは話さない。彼女の穏やかな仮面は揺れない。


 ネンドが鍵開けと野生の闇商人の弱みを握ることに成功した頃。


ーー脳が緩む。


 ストリップショーと服を脱ぎながら踊る女達。刺激的なショーだ。張りのある肌と、豊満な肉質が揺れた。投げられた下着の持ち主は、手をブラジャー代わりに乳頭を隠す。時期にパンツも脱ぎ、より過激になるだろう。


「あまり(そそ)られないな」


 興奮する男、それに女の中で、ネンドは少し離れたテーブルからショーを見た。注文した酒は、アルコールが効いていた。だがネンドは、元よりアルコールが得意ではない。


 口笛や囃子。祭りのような雰囲気に、少なくともまだ、馴染めない。ネンドは性欲が無いのか?そんなことはない。だが、何故か勃つことも興奮もなく、酷く、何か、冷たい心があった。


 無感動とは違う。


 だが、それに近いものに成っていた。


 目の前の裸の女にさえ、心が癒されない。


 ストリップショーの前に、ネンドの第11突撃小隊は任務に出ていた。つまりは、アゲハコと一緒にだ。


 とある都市での、デモ鎮圧だ。デモと言っても実際には武装したテロリストが紛れていて、軍と衝突した。7人の死傷者を出した。軍が撤退し、旧帝国人部隊の出番だ。


 56型が、コンクリート障害物や車で封鎖された市街地へ突入。ドーザーを下げ、これに当たって吹き飛ばした。


 弾かれたコンクリート障害が、民間人かテロリストか何かを轢き殺した。感情というものを忘れたように、腰を抜かして隊列を崩した市民の中央に56型が火炎瓶と血肉を纏いながら進んだ。群衆の中央で、全周囲に対人擲弾に転用したアクティブディフェンスの砲弾を投射。大量の散弾が、生身の人間を薙ぎ倒した。


 建築物から対戦車ロケットを撃つ人間も、40mm機関砲で建築物ごとミンチに変えた。


 死体を6本の脚の1本で踏んだ。


「飲んでいるだけでは、いけません」


 副官ということになるアゲハコが、両手に大量の箱を抱えてテーブルに立った。聞けば、彼女の戦利品だ。煙草や酒、甘い物など購買で揃えられる高級嗜好品の数々。つまりは宝の山だ。


「物があれば、色々便利なものです」


 旧帝国人にも慰安が無いわけではない。自腹だが、正規軍の目を盗んで開くことが可能だ。ある種の無関心というよりは、近年流行りの遠隔作業による楽で、簡単に管理できるシステムが推奨されているからだ。


 鞭や銃を持った監視が、録画機能を持った自律思考ドローンに変わった。それだけだが、旧帝国人はどこか原始人と同じ知能指数だと、見くびられている。実際の原始人も、脳容積は現代人と変わらない。ただ、旧帝国人系は少し、脳が他の種族と違うことも確かだ。


 というよりは、種族による文化の違いが、脳の構造の違いだという論文もあるが、その辺りは無視されて、旧帝国人は普通の人間と違って著しく劣った馬鹿だ、というのが常識だ。大学の教授が大真面目に論文していた。


「ストリップも知っておかないと。男の部下なら、こういう慰めもあるでしょう。女もですけどね」

「アゲハコには、いならないとまでは言わないが、大きな世話をいつも焼かれているな」

「知りませんでしたか。私は、ベビーシッターになりたかったのですよ」

「僕は赤ちゃんか」

「大きな赤ちゃんで健康です。生後2週間くらいでしょうか。可愛らしいですね」


 2週間とは、ネンドが前線基地にやってきてからの期間だ。つまりそれまでは、産まれてさえもいなかった。


「ならばお前が、僕の母上というわけか」

「まあ、産婆にはなってあげましょう。まだお尻も自分で拭けないようですから」


 まったく、とネンドは呆れた。


 ストリップショーはまだまだ続いていた。それを見る旧帝国人は、最後まで見届けることなく倒れるのではないかと言うほど、一瞬、一瞬に全力だ。誰がストリップを披露しても、全身全霊で賞賛と盛り上げで迎えた。迎えたなら送り出すのも同じだ。


「お祭り騒ぎだが、監視の正規兵連中はいったい、どこにいるんだ?」

「レクチャーが必要なようですね」

「それって減点あり?」

「勿論ですとも」

「……」


 正規兵は、旧帝国人の慰安など絶対に許さない。マスターベーションをかいても重い懲罰、骨から肉を剥がされる鞭打ちと、縛り上げられた上で見せしめに吊るされるだろう。


 ストリップショーを企画するなんて銃殺ものだ。


「正規兵はいつも基地にいるわけではありません。前にも言ったのですが、上位種は基本的に、無人機のお手紙で戦況を知って、またお手紙を書きます。文通友達ですね」

「それと関係があるのか?」

「大有りです。正規兵が基地に来るのは、正規兵の皮を被った性格異常者ツアーくらいですから」

「……なんだ、その……」

「性格異常者ツアー。富豪が、旧帝国人をしばき倒して殺したいとき、軍服を着せて、送り込まれてくるのです。人間狩りですね」


 酷い話だ、とネンドは眉をしかめた。

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