始まりは不機嫌なエミリア??
芸術祭が終わり数日間の休校中のエミリア達は午前中は学園の図書館で勉強するのが日課だ。
勉強といってもアンジェリカは成績優秀なのでしなくても良いのでは?と思うけれど、成績が平均の平均値にいるエミリアに付き合って一緒に勉強会をしている。
「…………今日はどうしたの?」
カラッとした爽やかな風が吹きぬける昼。最近お気に入りの奥の中庭にある東屋でアンジェリカは小首を傾げながら正面に座るエミリアをキラキラした目で見つめる。
今日の分の勉強が終わり、軽い昼食の時間を二人は過ごしていた。
「う~ん、何か、モグモグ……色々と、モグモグ考えちゃって……モグモグモグ」
ランチ用に持ってきた本日のミートパイをエミリアは軽くワンホール平らげた。
そして次はアップルパイへと手を伸ばす。
「あら?今日はアップルパイもあるのね?私も一切れもらって良い?」
エミリアは頷くと懐から可愛いらしい花柄のハンカチをアンジェリカの前に広げその上へとアップルパイを一切れのせる。
「ありがとう。で?色々考えちゃうって家のこと?それとも騎士様のこと?」
小さなサンドイッチを更に小さくし上品に食べるアンジェリカの顔を、何とも苦虫を噛み潰した様な顔をしたエミリアが。
「……あんなの、騎士様じゃないから!」
ガシッと両手でパイを掴み立ち上がる。
「ど、どうしたの?本当に」
「んも―――!!ふがぁぁぁぁ!!」
目をカッと見開くとエミリアは猛烈な勢いで残りのアップルパイを平らげ始めた。
その様子を呆然と眺めながらアンジェリカは自分の分のパイをサッと隠す。このままの勢いだと食べられかねないからね。
アンジェリカとの軽い昼食を食べ終え家に帰ると店はいつもよりも女性客でいっぱいだった。自分で言うのもなんだがこの下町の界隈では以外と人気のパン屋なのでいつも繁盛はしているのだけど………。
ここ何日か、お店の外まで溢れる程の人で大いに賑わっている。特に女性客に。
「この様子じゃ、今日も来てるのね……」
この賑わいの原因が本日も中にいるらしい。
ウンザリした顔でエミリアは一度家に戻り、簡単に身なりを整えいつもの制服に着替えたら店の裏口から中に入る。
「お母さんただいま~………うわっ。今日も凄いことになってるね……」
店の中は女性客のピンクのオーラとハートの渦でいっぱいだった。
その中心にいるのはロイド。そう、先日アランの家に案内したあの『ロイド・ベルーク』だ。何やらここの制服を着てねっとり甘々な台詞を吐きながら接客をしている。
「……………うっ、胸焼けしそ」
エミリアはロイドが視界に入らない様に店先から空のトレーを持って、焼き上がったばかりのパンを次々と運んで並べていく。
一通りの補充分は終わり、空いているトレーを外の井戸で洗おうと厨房の前を通りすぎると。
「あら、お帰りエリー。今日も頼むわね」
厨房から顔を出した母がエミリアに一枚の紙を渡す。
「はぁ~い」
本日も他の従業員達も忙しく動きまわって次々と新しいパンを焼いている。皆、無言で汗だくになって一生懸命作ってる姿を見ながらエミリアは今もらった紙、いや注文書を見ながら今日の配達先を確認していく。今日の配達の分の半分は終わっているようだけど思ったよりもまだ大分残っているようだ。
「売り上げがあがるのは良いけど、もう1人くらい従業員が欲しいとこだわ……」
ちらりと店先に立つ人物に目をやればエミリアが最初に出会った時の印象とは真逆の爽やかな笑顔で接客している。
「…………うっ、わぁ~」
寒い分けでもないのにブルリと体を震わせ、これから届ける分のパンを籠に詰めると、裏口から出て行く。
普段なら店の入口から出て行くけど今日も人がいっぱいだし、なるべくロイドを視界に入れたくないと言う理由もある。
「あっ!部屋に忘れ物した!!」
エミリアはクルリと半回転して自宅へと足を向けた。すると、玄関先で弟達に囲まれたルイーザの姿が見える。
とてもオロオロとしているのは気のせいではないだろう。エミリアは近付いて声をかけた。
「ルイーザさん?どうしたんですか?こんな所で」
「あっ、エミリアちゃん!困ったことにこの子達が離してくれなくて……」
「しってるにおいのひときた!」
「あれ!かっこいいの!」
2人を見ればルイーザさんの仮面を指差し服を握りしめ何やらキラキラした目で話し合っていた。うん、何か面倒くさいから後にしよう。
とりあえずエミリアは二人をルイーザさんからひっぺがして玄関の内側へと放りなげさっさと表通りに出る。
玄関扉の向こう側で何か騒いでいる弟達の声がするが、とりあえず今はほおっておこう。今は次兄の嫁が自分の子を連れてエミリアの家に滞在中だ。弟達の面倒も見てくれているはずだし心配はいらない。
「あの子達は、大丈夫かしら?」
いつもの仮面に心配そうな雰囲気を醸し出しながら可愛らしく首を傾げるルイーザに、何で私の周りの女性陣は仕草さえもこうも可愛い人が多いのだろうか?なんて考えながら二人はさっさと表通りに出る。
「大丈夫です。いつもの事なので気にしないで下さい。それより、ルイーザさんこそどうしたんですか?家に直接訪ねて来るなんて珍しいですね」
ルイーザは自宅で薬屋をしているので、何か注文 や用事があれば伝書鳩が封書を持って飛んでくるのだが、エミリア宅に飛んで来る伝書鳩。
やたらとおしゃべりで、舌の肥えた鳩はこの間『カッスカッスノパンジャナクシンセンナ豆ヲヨコセ~』なんて要求したあげく延々と仕事の愚痴を言った後、満足したのか飛んで行った。
ルイーザはチラリと遠ざかるエミリアの店を見る。まだ昼過ぎだと言うのに店は人混みで溢れかえっているのが遠目でも分かるくらいに。
いつもなら夕食の買い出しに来た奥様方が来る時間帯と朝方が忙しくなるのだが……ここ数日はこんな状態である。
「ええ、何だか私のせいでエミリアちゃんのところのお店が大変な事になっているとお客様に聞いたもので………」
そう言って伏せた顔の表情は仮面で見えないけれど、申し訳ないことをしたという雰囲気が伝わって来た。いや、むしろ仮面じたいが申し訳ない顔に見えてくる不思議が凄い。
「いえ、ルイーザさんのせいじゃないですよ。むしろあんなにいっぱい頂いてしまってこっちがお礼言いたいくらいです。弟達も喜んでいました。………それに、あれはロイドさんがいけないんです!」
私は力強く主張する。
そう、こうなったのはルイーザさんのせいじゃない!ロイド本人のチャラ男具合が原因なのだから!
「まぁ、一体何があったのかしら?」
ルイーザの仮面の奥の瞳が一瞬煌らめき、わくわくした声で聞いてくる。
「えっと……あの……面白い話でも何でも無いんでそんな目でこられても………」
細身で女性にしては長身のルイーザにズイッと詰め寄られエミリアは戸惑う。
「大丈夫よ、アランには内緒にしてあげるから」
何でそこでアランの名前が出でくるのかは謎だけど、ルイーザの逃がさないわよ!と、見えない圧力を感じながらエミリアは先日の事を話はじめた。
◇◇◇
数日前。
芸術祭が終わった休校日の初日。普段通り店の手伝いを終えて自室で学生服に着替えていたエミリア。
「エリー!ちょっと頼まれてくれる?」
店の方から母アンナに呼ばれたエミリアはほんの数歩離れた家から店に顔を出した。
「何~?急なお届けでもあるの?私この後アンジーと図書館に行く予定なんだけど?」
店内はいつもと同じ。お昼前の静かな空間にパンの良い香りが充満していた。これから来るであろうお客さん達の為に厨房では今せっせと準備をしている頃だろう。
「ルイーザさんがあんたにこの間のお礼をしたいってさっき封書が届いてね。からの籠を持って家に来て下さいって、あんた何かしたのかい?」
「……さぁ?」
お礼?何だろう?あの日は誰かさんのせいでろくに話も出来ずに定期注文のパンだけ渡して直ぐ帰ってしまったので何もないはず何だけど。
「いったい何だろう?」
エミリアは思い当たる節が見当たらない。が、とりあえず言われた通り空の籠を持ってルイーザの家に向かう事にした。
エミリアの店のある下町とルイーザの家のある品の良い住宅地までは意外と近い。
と言うより、正規ルートで歩いて行けば小一時間程かかる道のりもエミリアルートで行けばほんの15分程度でついてしまう。
まぁ、近道という獣道である。この道はエミリアと幼なじみのアランの二人の秘密の場所でもあったりする。
お昼前にはアンジェリカとの約束があるのでエミリアは獣道を行く事を選択する。険しく緑生い茂る山道をさっさと抜けてアランの家の裏手側にある森からひょっこりと抜け出す。
服や髪に着いた葉っぱや小枝を丁寧に取りながら、汚れや埃がないかチェック。
「……ふぅ、久々に通ったけどやっぱり道が険し過ぎて危ないわね。私とアランじゃないとこの道は危険だわ」
今後、弟達がもう少し大きくなれば店の手伝いをし配達することも出てくる。もちろん正規のルートや何かあった時の為の裏道も教えるつもりだかこの道はもう、危険過ぎる。
そんなエミリアの独り言に答える者がいた。
「へぇ~。そうなんた。チンチクリンのお前でも通れるのに?」
背後から聞き慣れない男の声に振り向く。
「へっ?」
そこには細身で背の高い少し癖のある赤毛の男がいた。そう、先日会ったばかりのロイドがいたのだ。
クイッと上げた黒淵の眼鏡の奥の細い目がキラリと獲物でも見つけたように光り薄い唇がニヤリと笑っている。
「詳しく聞かせてもらおうか?チビッ子」
「ヒイッ!」
突然の浮遊感。
エミリアはロイドに首根っこを掴まれ持ち上げられていた。
ロイドの凶悪そうな笑みが更に近づき、エミリアの短い手足が暴れ回るのは時間の問題。
「あらあらあら~?」
玄関先で困った様に出迎えてくれたルイーザさんは二人の乱れた服装にまず驚き、力尽きてぐったりと首根っこを掴まれたエミリアとロイドの顔の傷を見てクスリと笑い家の中へと招待してくれた。
「さぁ、二人共そこに座って頂戴。まずは……ロイド様の傷の手当てをしましょうね。それにしても、いったい何があったのかしら?」
二人は一瞬お互いの顔を見合せ、ふん!とそっぽを向いて中へと入る。
中へ入り玄関の左手にある広間へと案内されそこで待っているようにと言われ、各々椅子へと腰かける。
中央には大きな机と柔らかそうなソファーが置いてあるが二人はあえて別々の椅子に座るのが今の二人の距離である。
広間、兼。店の接客場所でもある部屋の中には色々な植物が窓際に置かれ、壁際には大きな薬棚が置いてあった。正方形の小さな引き出しがいくつもあり、その中には色々な種類の薬が入っているのをエミリアは知っている。
幼なじみのアランと二人。薬師であるルイーザさんの手伝いを良くしていたものだ。この辺では珍しい、漢方薬を使った薬なので調合や独特な匂いを発する植物などの理由で高級住宅街の少し外れにあり森に面した場所に建っていることから、私が小さい時は森の薬屋さんと呼んでいた。
薬棚の近くには瓶の入った棚があり、時々コツンコツンと硝子のぶつかる小さな音が聞こえてくる。その棚の中の瓶にはまだ生きた虫が中で飛び回っているのでエミリアはそれを眺めながら色々と昔を思い出してしまい口元が緩んでしまう。
「………虫みて笑うなんて、気持ちわりぃ」
広間から少し離れた椅子に座っていたロイドがボソリと呟く。
「………そうですか?でも、良い薬になるそうですよ?あの羽に縞の入った物なんか珍しくて中々お目にかけれないとか、あれ?もしかしてロイドさん……そんな離れた所に座ってるのって……もしかして、虫がお嫌いなんですか?」
エミリアの口撃に。
「………知らん!」
体ごとあっちの方を向いてしまったロイドを見て「図星だったみたい」と、確信しながら横目で観察する。
改めて、この人があの“白“の作者のロイドなのだろうか?あの繊細な絵を描いた人なのだろうかと疑問を持つ。
もしかして、アランの知り合いで王宮から来たってだけで同姓同名なだけなのかもしれない。
でも、作品の仕上げに火を付けるなんて……。
「………さっきから何だ!」
「いえ、虫が本当にお嫌いなんだな。と」
これは本音。先程から瓶の中の虫達が鳴いたり羽ばたいたりする度に微かだがロイドは体をビクッと震わせている。
心なしか顔色も悪いようだ。
「……チッ」
ロイドの小さな舌打ちの後、広間の奥からルイーザが薬箱とお茶を持って戻ってきた。
「お待たせしてしまったかしら?」
すかさずロイドは爽やか好青年の様な笑顔と共にルイーザの両の手から奪いとり薬箱とお茶の乗ったお盆をうやうやしく近くの机に持っていく。
「あらあら、ありがとうございますロイド様。でもお茶の前に傷を消毒しましょうね」
「いえ、美しい女性に花より重い物のを持たせるなんて紳士として許せませんから気になさらず。傷も男の勲章ですから………」
ロイドがこんな些細な傷なんてと言う前にルイーザの両の手がロイドの腕を取り。
「駄目です!」
意外なルイーザの力強い言葉にロイドは一瞬止まる。その隙に長身の体を近くの椅子に座らせてさっさと手当てをしてく様はいつもののんびりしたルイーザからは想像出来ないくらいの手際の良さに、ロイドもビックリしている。
「良いですか?ロイド様。薬師である私から仕事を奪わないで下さいな」
「………はい」
パタリと薬箱の閉まる音と共に今度は爽やかなお茶の匂いが辺りに漂う。
先ほどルイーザが持って来てくれたお茶だ。
透明なガラスの中の茶葉が開き、薄い新緑の様な色の茶を透明なカップへと注いでいく。
「さぁ、お茶をどうぞ」
ルイーザに勧められ二人はコクリとお茶を口に含み、渇いていた喉を潤す。
爽やかな香りはどうやらミントの葉だったようだ。
「………ミント茶なのにとても、飲みやすいですね。何をブレンドされてるのですか?」
ロイドはもう一口、口に含んで味の確認をしているが分かる様で分からない。そんな顔をしている。
「うふふ、内緒ですわ。さぁ、エミリアちゃんの持ってきてくれたミートパイを頂きましょ?エミリアちゃんの作るお料理はいつも美味しいのよ」
先ほどの乱闘で少し形は崩れているが、作り過ぎてしまったパイをお土産にと持ってきていたエミリアは照れながら。
「いえいえ、まだまだ未熟者なので恥ずかしです。母の作る味には程遠くて」
「うふふ。良いお嫁さんになると思いませんか?」
そんな話を振られ。一瞬困った顔をしたロイドだが好青年の顔は崩さず話を上手いこと合わせながら時間が過ぎていった。
だが、エミリアにはこの後予定があるのだ。
「あの………。ルイーザさん、今日は何か私に用があると聞いたんですけど」
二杯目のお茶を飲みきりそう問いかける。
「ええそうね、私から呼んでおいて申し訳ないのだけれど……そろそろ来ると思うの。もう少しだけまってくれるかしら?」
エミリアがチラリと壁際の振り子時計に目をやると、時間は軽く小一時間。
もう一杯、お茶はいかがかしら?そんな一言が出てくる前に玄関を叩く音が広間に聞こえてきた。
「あら、噂をすれば」
ルイーザが玄関先へ行くのを見ながら、安堵のため息をはく。さすがにお茶でお腹がタプタプである。
横に座るロイドを見上げれば同じような表情をしているのできっと彼も同じ思いだろうと思う。
エミリアがルイーザに呼ばれ玄関先へと行くとそこには大量のりんごの山が出来上がっていた。もういっそのことここでリンゴ専門店でも出来そうなくらいの量に2人は絶句し、1人はのほほんと楽しそうに眺めている。
「……ルイーザさん、この大量のリンゴはどうしたんですか?」
もしかして空の籠を持って来てとは、この事だったのだろうか?私1人持って帰った所でたかが知れた量だけど何か薬の材料として使うのだろうか?
「ええ、先日アランが帰ってくる予定だったのだけれど体調を崩して王宮の宿舎で体調を整える事になったと、ロイド様からご連絡を頂いたの」
そう言えば、アランからの伝言だと言ってこの男が家を訪ねてきたんだったけ。道案内として担ぎ上げられた記憶はまだ鮮明に残っている。
「その時に、アランからの文も一緒に届けて頂いてね。『帰宅出来ないお詫びに美味しいリンゴが手に入ったので後日お送りします。母上といつも世話になっているエミリア達ご家族で召し上がって下さい』と、さぁエミリアちゃん沢山持って行ってちょうだい」
(ああ~やっぱり、そうですよね~)
エミリアは半眼で見上げる程あるリンゴの山をどうするべきかと考える。ルイーザは薬師としては一流なのだがそれ以外は少々天然気質なところがある。この間は確か……『常連のお客様から卵をいっぱい頂いたの。エミリアちゃん達家族がいっぱい居るでしょ?どうかしらと思ってお裾分けに持ってきたの』馬に引かせた荷台にいっぱいの生卵がお店の前にいたことはつい最近のこと。アランいわく、『母上は料理も買い物も出来ないお嬢様だからな』だ、そうだ。このまま置いていたら腐るだけ。ルイーザさんの薬の材料になる予定もない。
さて、どうするかな?
仮面の下でニコニコしているのだろう。悪気がない好意のオーラだけがルイーザから発せられている。
「……俺はアップルパイが食べたい」
「はっ?」
突然の食べたい宣言に横にいるロイドを見上げる。何やら目が泳いでいるように見えるが何故だろう?
そう言えば何故この男はここに居るのだろうか?ルイーザに用があるわけでもなく一緒に茶を飲んでいた。
ルイーザも別段ロイドが居る事に疑問を感じてはいなくてむしろ居て当たり前みたいな対応だったような感じがエミリアに不信感を募らせる。
もしかして……この大量のリンゴに関係しているのだろうか?
「あ~ほら、アランも確かアップルパイ好きだろ?」
「まぁ、それは知ってますけど。この状況、何か知ってるんじゃないですか?」
(あきらかに怪しい………)
「………さぁ?」
エミリアは半眼でロイドを見上げるがそれ以上は口を開かないらしい。はぁ、とため息を一つ吐いたエミリアは。
「じゃぁ、ヤマダさんの所で荷車借りてきますね」
「荷車?これを運ぶのか?」
ロイドがギョとした顔で聞く。
「そうですよ、このまま置いておいても腐るだけですし。他の食品と一緒に置いておくことも出来ませんからねさっさと運んで処理した方が良いです」
住宅街の坂下にあるヤマダさん宅へとエミリアが歩き出すとロイドも後ろから一緒に着いてくる。
「……いったいだれが運ぶんだ?」
「そんなの勿論決まってるじゃないですか」
ニッコリ笑ってエミリアは指を指す。
「…………マジか」
ガックリと肩を落とすロイドと共に荷車を借りるべくヤマダ木工店へと向かった。
そんな二人の背中を見て仮面を着けたルイーザが。
「あらあら?ライバル出現かしら?これは大変パパにお手紙書かなきゃ♪」
何故か楽しそうなルイーザは後日、アランの父でありルイーザの夫でもある人に手紙を書くのだった。
◇◇◇
額から大量の汗が流れ落ちる。
カラカラと廻る木製の車輪がでこぼこ道で停止すること数回。目指す家へとやっとたどり着く。
「ぜぇ……ぜぇ……チビッ子のクセにどんだけ体力があんだよ」
荒く乱れた呼吸のロイドとは正反対にエミリアは汗をかくことなくケロッとした顔をしていた。
二人が店の裏手に着くなりロイドは井戸近くの空ダルに座り込む。大量の汗を手で拭いながら乱れた息を整える。
井戸のヒンヤリした石が気持ち良いのか長い手足を放り出し頭を井戸の縁に乗せている。
「……ロイドさんの体力が無さすぎるんじゃないですか?」
エミリアは井戸から水を汲み軽く濡らしたタオルをロイドに差し出す。
「……俺の体は繊細かつデリケートに出来てんの」
「はぁ、そうですか」
タオルを顔に被せ長い手足をダランとしてしまったロイドは放っておいてエミリアはこの目の前の大量のリンゴ達に目をやる。
艶や香りが良いことから品が良いのだろうと思う。何だってアランはこんなに大量のリンゴをルイーザの元に送ったのだろうか?ルイーザがお嬢様である事を重々承知している彼がそんな事も分からない筈ないんだけど……。
大量のリンゴの山からロイドへと視線を向ける。
(う~ん。やっぱりロイドさんが怪しすぎる……)
まだへばっているロイドの元へソッと近づいてみる。顔に掛けたタオルに耳を近付けてみた。
「…………何やってる?」
ロイドの細指が顔に掛けてあるタオルをヒョイっと持ち上げ。
「もしかしたら死んでいるのかと思って」
タオルの下からギロリと睨まれた。
「ヒィ!!」
何て凶悪な顔なんでしょう!その顔の怖さに思わずしりもちを着いてしまった。
「んぁ?何やってんだお前は」
「ッテテ…ロイドさんの凶悪な顔にビックリして……」
「………凶悪だぁ?失礼なやつだな」
失礼はお互い様だと心の中で呟きながら立ち上がる。が、
「「おねぇ~ちゃ~ん!」」
どこからともなく現れた弟達の猛烈なタックルに攻撃された。
「ちょっ!!?」
「うグッ!!」
立ち上がりかけたエミリアの背後。二人のタックル攻撃に耐えられず前に倒れ込む。
「おねえちゃん、その人だれ~?」
「だれ~?」
「しらないひと~」
「しらないひときた~」
弟達は見知らぬ客にキャッキャと喜んでいるがエミリアの内心はビクビクだ。
背中の重みと正面の恐怖。今日一番の笑顔が弟達に向けられた。
「二人とも~、そこのリンゴ好きなだけ食べて良いから家の中に入ってよ~ね」
リンゴの単語に反応した弟達は山を見て驚き。新しく出来た弟分(次兄夫婦の子)に見せるのだと、喜んで家の中へ入って行く。
背中の重みが消え二人の嬉しそうな声が家の中へと消えたとたん、がっしりとエミリアの頭を大きな手が掴む。
ギィ~~と音でもしてるのかな?頭がおかしな方向に曲がりそうだよ。
いやいや正位置に戻りそうなのかもしれない。
ロイドの笑顔が目の前にある。凶悪な顔より怖いのは何故だろう。
「……………アハハ、…………ご、ごめんなさい」
小さい子どものやった事なので、そんな言葉が続く前にロイドの頭突きがクリティカルヒットした。
「イたぁ!!」
「良いから早く退け………重い」
「なぁ!?おも、重いって」
エミリアが文句を一言。その時、お昼を知らせる鐘がなり響く。
「あぁ!!図書館!!!」
エミリアの叫びに次はうるさいと怒られた。
昼も過ぎ、貰ってきたリンゴの山の話を母にした。母アンナはいつもの事だから好きにしなさいと言われたエミリアは、井戸の水でリンゴの皮の汚れを綺麗に洗い落としリンゴの芯を取り除き皮ごとスライスしていく。
シュッ、シュッ、と、リズム良くリンゴがスライスされていくのをなんとなく見ていたロイドは首を傾げた。
「なぁ、そんなに薄く切ってどうすんだ?」
エミリアは大きなボールの前でもう何個目になるかわからないリンゴをひたすら薄くスライスしていた。
「……アップルパイが良いって言ったのはロイドさんじゃないですか」
「まぁ…そうだが、パイの中にそんなうっっすいリンゴなんて入ってないだろ?」
ロイドは近くにあったリンゴを手に取り軽く拭いてから齧る。カリッとした歯ごたえと仄かな酸味と甘い汁が口の中に広がっていく。昼の鐘が鳴りあれから数時間、エミリアは一度用事があるからと出て行ったが直ぐに戻ってきた。それからひたすらこのリンゴ達をスライスしている。
俺は慣れない力仕事に疲れたので井戸横に置かれた空タルの上でひと休み。いつの間にか寝ていたようだが少し腹が減って起きたのはつい数分前。
「包まないタイプなので」
「包まないタイプ?それじゃぁパイじゃないだろ?」
ロイドは2つ目のリンゴに手を伸ばし気付く。不恰好な巻き方だが両手に包帯が巻かれている。たぶん、寝ていた時にエミリアが巻いたのだろう。
(器用そうには見えんしな………)
「ロイドさんは包んである方が良いですか?」
マジマジと自分の両手を見ていたロイドは答える。
「ん?あぁ、そうだな。三角になってるやつとか食べやすくていいよな~」
(アランがたまに持って来てたパイはどれもそんな感じだったしな、片手で食えるし中身も出なくて楽だったし)
そんな事を思い出しながら、空腹で腹の虫が鳴くので次のリンゴを食べる事にする。
シャクシャクとリンゴを食べる咀嚼音と、シュッ、シュッとリンゴをスライスする音だけの時間がだいぶ過ぎた頃。
店の中から香ばしく甘い匂いが漂ってきた。
最初はボールにいっぱいになったスライスリンゴを持って何処かに行っていたエミリアだがその後はずっとリンゴを薄切りにする作業をしている。
「エリー、今日の分は大丈夫だから中を手伝って欲し……………どちら様かしら?」
店の裏口から顔を出した母アンナはロイドを見てビックリした顔でエミリアを見る。
「こちらはロイドさん。アランの知り合いでさっきルイーザさんの家で会ってこのリンゴを一緒に運んでもらったの」
エミリアが言い終わるやいなや、颯爽とアンナの前に立ち胡散臭い軟派な笑顔(好青年風とも言う)で自己紹介を始め出した。
「こんにちは奥さん。僕はロイド、ただの下級貴族の…………」
アンナは頬を染め潤んだ瞳でロイドを見ている。軟派な言葉を並べながらキラキラとしているロイドを横目にエミリアは本日分の作業を終える。
母アンナはお貴族様流の挨拶に年甲斐もなく狂喜していた。この光景、父が見たら泣くかもしれない。
「エリー、ロイドさんって素敵な方ね♪私がもう少し若かったら~」
うん、さっさと仕事しよう。
これ以上、身内のクネクネ具合を見るのはちょっと嫌だ。
エミリアは厨房へ行き出来たてのアップルパイを持って店のメインテーブルへと置く。
今は夕刻間近。店内はあまり人は居ないけれどお喋り大好きな奥様方がいれば十分である。
「まぁ、素敵」
「あら、本当。可愛らしわね」
並べれば直ぐに奥様方が寄ってくる。
「おひとつ如何ですか?薔薇のアップルパイですよ期間限定商品です」
“期間限定“その言葉に周りの奥様方も寄ってきた。エミリアは心の中でガッツポーズを決めつつ次のパイの準備の為に中へと引っ込む。
女性は“期間限定“と見た目が綺麗な物に弱いのはどこでも一緒。
なので、少し手間はかかるけれど普通のではなく敢えて薔薇の花の形にしてみた。
奥様方が手に取るのを影から観察していると背後から本日は良く聞く声で話かけられた。
「なるほど、包まないアップルパイってそうゆうことか」
いつの間にいたのだろう。奥の厨房と店先へと続く通路の影にロイドが立ちその手には出来たてのアップルパイを持っている。
“薔薇のアップルパイ“ロイドの言う通り包んではいない。皮の付いたリンゴを薄くスライスして砂糖とレモンで軽く合わせたら小さく細長にカットしたパイ生地の上に並べていく。それをクルクルと巻いていくと薔薇の花ができる。
それをオーブンで焼いて、上から粉砂糖を軽くまぶせば完成だ。
「……小ぶりの薔薇の花だったら女性客でも食べ易いし、見た目も可愛らしから手にとりやすいかな?と、思って」
「へぇ~、お前が考えたのか?」
ロイドは手に持っていたパイを口に放り込む。
ペロリと指についた粉砂糖を舐めるロイドの瞳は興味津々でエミリアを見ている。
「そ、そうですよ。私達の店は低価格で美味しくがモットーなので、普段なら手間と原価の問題があるからこんな時じゃないと出来ませんけど大量にリンゴを送ってくれたアランに感謝ですね!」
エミリアは狭い通路に立つロイドの脇を通り抜け厨房から新しく焼き上がったパイを両手に、夕暮れ時の賑わい出してきた店内へと戻っていく。
その後ろ姿を眺めながら指に付いた残りの粉砂糖をペロリと舐める。
「………アランに感謝、ね」
口元に不敵な笑みを浮かべながらロイドは店奥の厨房へと足をむけた。
店先のエミリアはと言うと。
(わぁぁぁ、顔が熱いよ~)
カウンターでパタパタと自分の顔を手で扇いでいた。
(変に思われなかったかな、急に出てくるんだもんビックリだよ)
ブツブツと文句を言いながらロイドの手を見た時を思い出した。
時間はほんの数時間前。
ロイドは山盛りのリンゴを運んだ疲労で休んでいた。顔にかけてあったタオルが落ちた事に気づいたエミリアは洗い直しロイドに渡そうとしたのだか。
「…………爆睡中ね」
半眼になりながらロイドの近くに置いてある空ダルへと腰を降ろす。
エミリアの中の疑問はこの人が本当にあの白騎士なのかどうかだ。本人に聞けば早いのだろうが何故だか聞きたくない。
「はぁ、でも。モヤモヤするのよね」
ため息混じりに独り言を呟いていると、不安定な樽の上で寝返りをうつ。
「良くもまぁ、こんな所で寝れるわ」
呆れ半分なため息をひとつ。弟達が布団から手足を出して寝ている時と同じ様に、樽上からダラリと伸び地面に付きそうだった手を戻そうと思って何となくロイドの腕を持ち上げる。
エミリアは気づいた。
「あっ………」
ロイドの手のひらが赤く擦りむけている事に。さっき荷車を運んでいる時に出来たものだろうか?恐る恐る手のひらを触って見れば驚くほど柔らかい。それに細くてスベスベしている。
「わたしの手なんかよりよっぽど綺麗」
ちなみにエミリアの手は日常的に家事手伝いや、今日みたいに荷車や森の中など入ったりするので皮が少し厚くて傷だらけだったりする。
「……普段、こんな事しないんだろうなたぶん」
服装もラフな格好をしているがアランのいる高級住宅街より、王宮方面にある貴族街の人達に似ている。貴族街に住むアンジェリカもこう肌触りの良い物を良く着てくるのでなんとなくの直感だけど。
「消毒くらいはしてあげるか」
傷口からバイ菌が入ったら大変だからね。そう思い、家から薬箱を持ってくる。綺麗なタオルでロイドの手を拭いていき、皮がめくれないように丁寧に丁寧に拭いていく。
(これでも起きないなんて、よっぽど疲れたのかビックリするくらい体力のない人なのね)
エミリアは思う。
この手があの作品を作り出したのだろか?
この指があの作品を生み出したのだろか?
何故、最後は燃やしてしまったの?
繊細な繊細な砂糖菓子のようだったあの作品。
もし舐めてみたら甘かったのかな?
そう思った瞬間、この大きな手に顔を埋めていた。ヒンヤリと冷たい感触と微かな匂い。
「…………甘い、匂いがする」
「…………っ!?」
その後。エミリアは自分のした羞恥な行動に叫びそうになる自分の声を我慢するのに必死だった。
時間は戻り、パンパンと両手で自分の顔を叩きながら目の前の作業に集中することに決めたエミリアは、カウンター前に並ぶお客さん対応でいっぱいいっぱいになった。
パンを袋に詰めながら、意外と“薔薇の花のアップルパイ“の売れ行きが良いと感じる。この分なら奥様たちの情報網で明日も新しいお客さんが来てくれそうな予感にワクワクしていると。
「ねぇ、エミリアちゃん。薔薇の花のアップルパイは今日はもう終わりなのかしら?」
1人のお客さんに声をかけられて、メインテーブルの上を見れば先程補充したばかりのトレーの上は空っぽだ。
「いえ、本日分はまだあります。ただいまお持ちしますね」
エミリアが慌てカウンターから離れようとしたその時。
「お美しいマダム方。本日の薔薇のアップルパイをご所望だとか……僕は貴女と言う薔薇を眺めていたいのでほんの少しだけ僕に貴女の時間を頂けませんか?」
エミリアの背後からヌッと薔薇の花のアップルパイのトレーを持ったロイドが現れた。
その出で立ちは優しい微笑みを浮かべた、ちょと危ない雰囲気を醸し出す貴族のよう。
赤い癖のある髪を軽く縛り、整え、店の制服をきっちりと着こなしている。白いシャツに赤茶のタイ、腰からタイと同じ色の長い巻きエプロンに黒のスラックスタイプのパンツを着ている。
いたって特徴もない店のシンプルな制服。
なのに、ロイドが着るととても似合っている。服も人を選ぶのだろうか?
ロイドの細い眉に眼鏡を外した切れ長の瞳が鋭さを醸し出し、白い肌が赤く薄い唇を魅惑的に見せている。
その瞳がカウンター前のお客を捉えた。ロイドの細い指がそのお客の顎に触れクイッと上に向かせる。
「おや?こちらの薔薇は初めて見る薔薇だ。僕に貴女の名前を教えて頂けませんか?」
色気たっぷりでお客様に微笑むロイドにエミリアは。
「……ヒィ!!!!!」
余りの怖さに悲鳴を上げそうになったのと、奥様方のピンクの花が舞い上がるのは同時だった。
ロイドのそれが引き金となり、次の日から連日奥様方の長蛇の列が出来るようになったのである。