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08 さあ、夢喰いを始めましょう


「もう良い加減にしてください! 殿下は私とアリス嬢、どちらの方が大事なのですか!?」


 ヒステリックな叫びが、法廷に響く。

 声の主は左の席——検挙側にいるスカーレット嬢だ。

 前回とは違い、彼女は大人しい格好をしていた。肩が膨らんだ袖のシャツに薄茶色のロングスカート。一つに纏めている金髪に丸縁のメガネをかけたスカーレット嬢は、まるで学校の教師のようだった。

 スカーレット嬢はわんわんと泣きながら、扇とハンカチを片手に話し始めた。


「私が何度も何度も『王族としての立場』を進言しても、殿下は耳を貸してくださらない。改めるどころか、ついにはあの非常識な娘を庇う始末。幼き頃はいつか私の気持ちをわかってくださるはずだと耐え忍んできましたが、もう我慢の限界でございます!」


 泣き顔から一転、キッと目を鋭くしたスカーレット嬢が、証言台に立っている被告人に扇を突きつけた。


「レオナルド殿下! 私とアリス、どちらを取るのかご決断ください!」


 スカーレット嬢の言葉に、被告人であるレオナルド殿下は顔を青ざめた。

 無言で俯いている彼に、スカーレット嬢はあからさまに苛ついている。そんな彼女を見て、右の席——弁護側にいるアリスが大声で笑った。


「いやだわ、スカーレット様。貴方、ほんと彼に興味がないのね。こんなときでも自分のお気持ちを表明するばかり。『私の気持ちをわかってくれるはず』? あはは、笑っちゃうわ! どうしてレオが自分勝手な婚約者を労らないといけないのかしら」


 アリスは大きなフリルの付いたシャツに黒のジャケット、そして脚の曲線に沿ったズボンという服装だった。

 女性としては珍しい——貴族にとってはふしだらな格好に、スカーレットが顔を真っ赤にして罵る。


「なんて……なんて、はしたない。仮にも淑女が殿方の真似事など! 非常識にもほどがあります。貴族としての自覚がないのですか貴女には!」


「お生憎さま。私は元平民ですから、スカーレット様のような高潔すぎる精神は持ち合わせていませんの。時代錯誤のお考えで他人の成すこと全て否定する人になんか、私はなりたくありませんけどね」


「時代錯誤……!? 貴族の常識や伝統を古い考えだと、そう仰せになりたいの? なんて無礼な! 身の程を弁えなさい!」


「あら、申し訳ありません。時代錯誤よりも、固定観念に縛られた思考だと言い直したほうがよろしかったですか?」


「この……!」


 白熱していく口論は終わりが見えない。二人の間にいるレオナルド殿下は左右を交互に見ておろおろしていた。


 ——ああ、いつもの悪夢だ。

 どうして二人が言い争っているのかわからない。

 なぜレオナルド殿下がいつも煮え切らない態度なのかわからない。

 いつも悪夢は突然で、わからないことだらけの場面を面白おかしく伝えようとしてくる。


 わからない? 誰が?

 伝える? 誰に?

 ああ、うん、そうだ。にだ。



 ——その私はいま、どこにいるのだろう?



「あ」


 気がづいたとき、自然と声が漏れていた。

 傍聴席にいる私の言葉は、二人の言い争いによって法廷からあっという間にかき消される。

 私は二、三度瞬きしてから、辺りをゆっくり見回した。

 不安定な造りの法廷だった。頭がおかしくなりそうな絵が描かれた壁に、天井に向かうにつれて大きくなっていく柱、上からぶら下がっているレースやアクセサリーなどの小物、床は穴だらけでまともに歩くことすら困難そうだ。

 おまけに周りは猿の人形。良く見れば私とあの三人以外、全員それであった。裁判官たちですら猿である。

 なんで猿? と不思議に思ったが、今は関係なさそうなので傍に置いておこう。

 とりあえず、寝る前の予想が当たったことにホッと息を吐いた。


 幼い頃からずっと疑問だったことだ。

 普段の夢ならば自由に動けるのに、どうして悪夢のときだけあんなに他人事なのだろうと。

 悪夢を視るとき、いつも薄く透明な壁越しで舞台を観ている感覚だった。私は確かにいるはずなのに、自分の存在を認識できたことがなかった。ふわふわと足が地面についていない感覚。舞台に手を伸ばそうとしても、そもそも手が届く距離にいるかすらもわからない。そんなあやふやな状態だった。

 だからこそ、ロイド様から夢喰いの話——相手の精神に干渉する行為を聞いて、真っ先に浮かんだのは悪夢これであったのだが。


 私は手を握ったり開いたりする。

 問題なく動かせることを確認すると、今度は座ったまま足を上げたり下げたりする。特に異常はなさそうだ。

 ふー、と息を吐いたあと、私は勢い良く席を立つ。先程よりも高くなった視点でもう一度辺りを見渡した。

 法廷の人形たちは渦中の三人に夢中で、私が席を立ったところで誰も気に留めていない。それは人間である三人も同じだ。

 私は誰も反応しないことを良いことに、その場で軽くジャンプする。

 ぴょんぴょん、とつま先を使って跳ね、身体の感覚を確認する。

 大丈夫。いつもの夢と同じ。なら、私は裁判官席あそこまで飛べるはずだ。

 道順を確認する。傍聴席の目の前には胸ぐらいの高さの柵。そして証言台の向こう側に裁判官席。三つのうちの真ん中に座っている猿が木槌を悪戯に鳴らしている。あそこを狙おう。

 タンタンタン、と三回小さく飛んでから、グッと足に力を込め柵に乗るようジャンプする。

 細い柵の上に着地し「うまくいった」と思ったそのとき、真ん中の猿の裁判官が木槌を大きく打ち付けた。


「もうやめてくれ、スカーレット! これ以上私に何を望むんだ!」


 レオナルド殿下の悲痛な叫びが法廷に響く。

 まずい。意識したことがないが、もしかしたら悪夢の終わりが近づいてきているのかもしれない。

 先程よりも足に力をいれ、狙いの場所まで大きな弧を描くように飛んだ。

 身体が宙に浮く。あっという間に最高点まで到達したかと思えば、現実世界ではあり得ないほど緩やかに着地点に落ちていく。

 私が宙に浮遊している最中、殿下は泣きそうな表情でスカーレット嬢を見つめていた。


「貴方の考えはきっと正しい。父上や母上——いや、私以外の王族なら貴方の考えを支持するだろう。だけど、私は違う。違ってしまった。そう何度も伝えているのに、どうして理解してくれないんだ」


 殿下の言葉に、スカーレット嬢が何やら言い返している。そしてアリスが殿下に加勢するような発言でスカーレット嬢を煽る。

 そんな三人の様子を、猿の裁判官たちは手を叩いてゲラゲラと笑っていた。

 なんて悪趣味なのだろうか。思わず眉を潜めていると、真ん中の猿がまた木槌を強く叩いた。


「弁論ハ終ワリダ。デハ、被告人。最後ニ何カ言ウコトハアルカ?」


 にやにやと歯をむき出しにして、猿の人形は笑う。

 レオナルド殿下は疲れた表情で、蚊の鳴くような声で答えた。


「……もう、何も言うことはない」

 

 愉快だと言わんばかりに、猿は木槌を何回も机に叩く。


「デハ、審理終ワリ! 被告人ノ判決ヲ下ス!」


 猿たちは指のない丸い手で殿下を指し示すと、三匹とも喧しい声量のまま刑を言い渡そうとする。


『被告人ノ判決ハ——』


「——そんな無茶苦茶な裁判、あってたまるか!」


 私は猿たちの言葉を遮るよう、大声を出した。

 猿たちは突然頭上から聞こえた声に驚き、顔を上げる。その顔を思いっきり踏み潰すと、ぼんっと白い煙を上げて猿が消えた。

 突然の乱入者に残りの猿が逃げるのも構わず、私は裁判官席の机の上に仁王立ちする。

 木槌を足で蹴り上げる。くるくると回るそれを宙で掴んで、呆然とするレオナルド殿下に向かって突きつけた。


「レオナルド殿下。貴方様には何の恨みもございませぬが」


 私が思い付いた、相手の精神に干渉できる唯一の方法。

 他の誰にもできない、思いつくことすらできない、本当に私にしか不可能な芸当。


「私の安眠生活のため、貴方様の夢——破壊させていただきます!」


 悪夢中に本人と接触し、夢喰いを実行する。

 そんな至って単純な作戦だった。


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