07 まずは準備から
……はい?
「ゆ、友人ですか……?」
戸惑う私をよそに、ロイド様はこくりと頷いた。
「……えーと」
友人かぁ。
友達……友達ねぇ。
私はロイド様の容姿を確認した。拗ねている最中でも美男子であることは変わりなく、むしろ子供ぽい態度が意外性を生んでご令嬢達に人気が出そうだ。
……多分、モテるよね。
ロイド様、カッコイイし。
おまけに公爵家のご子息。本人の能力も高そうだし、将来有望そう。
そんな人とお友達ねぇ。
……ご令嬢達の反応を想像したら、お友達になりたくないな。
うん、やだ。
お断りしよう。
「お戯れを。王族の血が流れる公爵家のご子息と、一介の伯爵令嬢。友などと言って、肩を並べられる身分では——」
言い切る前に、ふと、ロイド様と目が合った。
「………」
彼は無言で私を見つめていた。眉尻を下げ、口をへの字にし、明らかにしょんぼりとしている。心なしか、瞳も潤んでいるような気がした。
捨てられた子犬のようなロイド様に罪悪感を刺激され、私は咄嗟に言葉を変えてしまう。
「——と、とにかく! 今は殿下とスカーレット様の婚約破棄を阻止するための話でしょう。それに、ロイド様。夢喰いの方法も教えてもらっていませんし」
無理やり話題を切り替えた私に、ロイド様が不服げに尋ねる。
「友人の件は?」
「……返事は今でなくてもよろしいでしょう。今回の件、信用はできませんが協力はします。今はそれで十分ではありませんか」
ロイド様に「エミリ嬢から言ったのに」と正論を呟かれたので、私はわざとらしく咳をした。
「そ、それは置いといて。ロイド様。物は試しです。その、夢喰いとやらはどうやったらできるか教えてもらっても良いですか?」
強引に会話を進めようとする私に、彼は渋々承諾したといった態度で、持っていた鞄を取り出した。
その中から、麻紐で纏められた厚みのある紙束を、私に差し出してくる。
「これは……?」
首を傾げる私に、ロイド様は簡潔に答えた。
「レオナルド殿下の極秘事項」
「つまり、どういうことですか」
「読めばわかるよ」
彼の言う通り、私は麻紐を解き、もらった紙束をめくり始める。
………。
あー、うん。
えーと、これ。私が読んでも大丈夫なのでしょうか。
レオナルド殿下の、そのー、個人的な趣味がガッツリ書かれているのですが。
というか、そもそもこれ、事実なのですか。嘘だとしたら不敬罪で訴えられてもおかしくありませんよ。
「因みに、その報告書作成したの僕だから。レオナルド殿下とは幼少期からのお付き合いだ。そこに書かれていることは全て真実だよ」
私の心を読んだのか、素っ気ない物言いでロイド様が補足する。
「ただ、そこに書かれているのはあくまでも殿下の『行動』のみだ。僕は、殿下の心の内までは流石に知らない。その心の内、秘めたる願望を君に破壊してもらいたいんだ。そうすればきっと、殿下も正気に戻るさ」
投げやりな態度の彼に、私は恐る恐る尋ねる。
「……あの、肝心の夢喰い——相手の精神に干渉する方法も、教えてもらうと助かるのですが」
「そんなの知らない。たとえ説明しても、僕を信用していないのだろう。なら、あとは自分で頑張って見つけてくれ」
カチン。
私は紙束を机に叩きつけて、引きつりそうな頬を我慢しながら、にこやかに笑った。
「ええ。わかりました。では、あとは私一人で何とかしますので。事件が解決した際は、もう私に関わらないでくださいね」
売り言葉に買い言葉。
もとはと言えば私が悪いかもしれないが、いつまでも拗ねているロイド様の態度で頭に血が上った私は、自分のことを棚に上げて、大股でサロンから出て行ったのであった。
*****
「つい勢い良く出てきてしまったけど、どうしようか」
私は自室に戻り、ロイド様とのやり取り——彼を疑って機嫌を損ねてしまったことについて反省していた。
もう少し慎重に行動するべきだった。舐められまいとする一心で、反感を買う危険性を低くみていたのだ。しかも感情に任せて自ら交渉を打ち切った。必要な情報を手に入れていないのに。
もし、お兄様が一連のやり取りをご覧になったら、私を再教育なされるだろう。「大丈夫。ミリアが一人前の淑女となれるよう、私がしっかり指導するからね?」と笑って、教鞭を取るお兄様が目に浮かぶ。机が悲鳴を上げるほど積み上げられた課題の山を想像し、私は背筋を震わせた。
今は幸いなことにお兄様はいない。学園内のいざこざは、よっぽどのことがない限り外に漏れない。さっさと悪夢の原因を排除できれば、お兄様に叱られこともなく眠れぬ日々に悩むことからも解放され、平穏な学園生活を取り戻せるのだ。
「しかし、肝心の夢喰いの方法がわからないしなー」
少し前の自分の行動を激しく後悔する。頭に血が上るとムキになってしまうのは悪癖だ。腹芸なんて私には一生無理な話だった。
とはいえ、私だって何の当てもなくロイド様に憎まれ口を叩いのではない。彼の言葉を全て信じているわけではないが、他に悪夢の解消法がない以上、やってみるだけやってみよう。腹はとっくに括っている。ダメでもともとなんだから、当たって砕けろ精神だ。
私は意気込むと早速準備に取り掛かった。
呼び鈴で侍女に身体を拭くお湯と布を用意してもらい、最後の一本であったお気に入りのアロマキャンドルに火を灯す。爽やかな花の香りにホッと肩の力を抜く。安眠効果があると店主に勧められたそれを部屋に焚きながら、寝巻きを取り出した。そのときちょうど侍女がお湯と身体を拭く布を持ってきてくれたので、制服を脱ぎ一通り身体を清める。侍女をもう一度呼び、お湯と布を片付けるついでに「具合が悪いので夕食はいらない。今日はもう部屋で休んでいる」と伝えた。
はい、準備終わり。
さて、寝ますか。
部屋の内鍵を回したあと、お気に入りの香で満たされたベッドに飛び込んだ。
こんなことなら侍女に毛布干してもらえば良かったと、少しだけ後悔しながらやや冷たいベッドに潜り込む。横向きで毛布を包んで、枕に頭を預けた。先ほどまで精神を張り詰めていたせいか、キャンドルの効果も相まってドッと身体の力が抜けた。
最初はひやりとしたシーツだが、徐々に私の体温で温まってくる。ぬくぬくしてきた頃、視界がだんだん狭まっていった。目蓋が重い。昨日あまり眠れなかったのだから、その分疲労が溜まっているのだろう。
私は眠気に逆らうことなく、目を閉じた。
上手くいけば良いんだけど、と。
生まれて初めて悪夢を視ることを望んで、私は意識を手放した。