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05 サロンを初めて使ったわ


 腕の良い彫刻師が手掛けたのかと錯覚するほど、黄金比の顔立ち。座っているだけでもわかるスタイルの良さ。

 どこか冷ややかな雰囲気を感じるが、机に肘をつき首を傾げている姿は妙に可愛らしい。

 女の私ですら見惚れてしまうほどの容姿だった。できればもう少し鑑賞していたかったが、金色の髪と、空のような青い瞳に嫌な予感を覚え、無言で席を立つ。


「ちょっと待って」


 すると、美男子は行儀悪く机に乗り出し、私の腕を掴んだ。


「離してください」


 出来るだけ冷たく言い放つ。

 貴方と関わるつもりはありません。そう見下すような態度を取れば、大抵は諦めてどこかに行く。たまに怒鳴られたりするが、聞き流して終わりだ。人目があれば手を上げられることもない。食い下がられても、無視し続ければそのうち諦める。

 いつもそれで成功したのだから、今回も大丈夫だ。

 私の自信満々の処世術を、美男子はあっさりと打ち破った。



「そんな冷たくしないでよ。君だって、()()のこと何とかしたいと思っているでしょ?」



 身体が強張る。

 顔から血の気が引いていくのが、鏡を見なくてもわかった。


「……どうして、それを」


 威嚇しようとしたのに、唇が震えて情けない声しか出ない。

 心臓がばくばくとうるさい。手のひらに汗が滲んでくる。

 余程情けない顔をしていたのか、美男子は何故か慌てて腕を離した。


「——すまない。脅すつもりはなかったんだ」


 彼は机から降りると、私にハンカチを差し出した。

 そんなの受け取らずに、私はさっさと逃げるべきだ。そう頭では理解しているのに、身体が思うように動いてくれない。

 動けない私に、業を煮やしたのか美男子はハンカチを押し付けてきた。恐る恐る受け取って彼を窺えば、美男子は少し寂しそうな顔をしていた。


「私に……」


 公爵家の紋章が入ったハンカチを握って、やっとの思いで彼の名を口にする。


「私に何のご用ですか……ロイド・ラウ・オーゲスト様」


 美男子——スカーレット嬢の双子の弟は、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り終わったあと、微笑んで言った。


「今から少し、付き合ってもらっても良いか?」


 私は頷くことしか出来なかった。



*****



「信じてもらえないだろうけど、僕はミリア嬢の能力について公言するつもりはないよ」


 ふかふかなソファに足を組んで座って、ロイド様は優雅な仕草で紅茶を飲んでいる。

 私は彼の言葉を文字通りに受け取らず、警戒しながらティーカップに口をつけた。


 今私たちは特別棟の有料談話室(サロン)にいる。

 サロンとは、生徒たちのプライベートな空間を確保するために作られた個室だ。備え付けの家具も一級品で、紅茶やお茶菓子はもちろん、様々なルームサービスも受けられる。利用にかなりの値段がかかるため、私のように金銭的に厳しい生徒は基本縁の無い部屋であるが。

 貧乏な私がそんな部屋利用するなんて考えつくわけがなく、ここで話をしたいと提案したのはロイド様の方である。

 原則休み時間のみ利用可能だが、今回のように料金を上乗せすれば授業中も入れるようだ。生徒のプライベートを確保する目的で作られただけあって、使用中の部屋は部外者——特に教師は、立ち入り禁止となっている。

 防音対策も完璧で、中の音は一切外に漏れない。扉も外からは鍵を使用しないと開かない仕様で、その鍵も部屋を利用するとき渡される。緊急時用にマスターキーがあるそうだが、それも滅多な時にしか使われない。基本、部屋から利用者が出てくるまで放置である。

 大半の生徒は恋人と過ごすために借りるそうだが、このように、密談するにも最適な場所であるということだ。


「今回、君と話がしたいのは、僕の姉——スカーレットと殿下との婚約についてだ」


 ロイド様がティーカップを机に戻し、本題に入る。

 私はとぼけるよう、首を傾げて言った。


「お二人の婚約と私が何か関係ありますのでしょうか?」


「……昨日、君も裏庭にいただろう?」


 カチャン。

 動揺して、ティーカップを机に戻す際音を立ててしまった。

 何で昨日のことまで知っているのだろうか。

 いや……()()ということは——


「僕もあの場にいたんだよ。あの木の上に登って、殿下とアリス嬢の様子を探っていたんだ」


 「あそこに昼寝しに生徒が来るとは思わなくて、途中まで気付いていなかったけど」と、ロイド様は付け加える。

 ……何ということだ。

 お気に入りの昼寝スポットにこんなに厄介ごとが舞い込んでくるなんて。

 あとで厄払いをしておこう。


「結論から言うよ。殿下とスカーレットの婚約破棄を阻止することに協力してほしい。君の力が必要なんだ」


 本当、昨日も今日もとんだ厄日だ。

 私は出来るだけ狼狽ないよう平静を保ちながら、ロイド様に尋ねる。


「それは、協力しなければあの悪夢……私の能力を公にするということでよろしいですか?」


 ロイド様はほんの一瞬、私から目を逸らした。だがすぐに視線を戻し、「そう捉えても問題ない」と私の疑問を肯定する。


「……かしこまりました。そういうことならば、協力しないという道はないでしょう」


 ええい! バレた以上仕方がない。腹を括ろう。女は愛嬌と度胸だ。愛嬌はないけど。

 それに、殿下たちの三角関係が解消されれば、悪夢とはおさらばだ。悪いことばかりではない。今後の安眠のためにも、今は頑張ろう!

 覚悟を決めて正面に座っているロイド様に言った。


「それで、私は何をすれば良いのですか。正直に言いますと、私は社交が苦手ため、学園に友人はおろか碌な知り合いすらいませんが……」


 予知夢の発生条件は伝えず、遠回しに「情報収集とか印象操作とか無理だ」と伝える。接触する人間をできるだけ減らせるよう試みたのだ。下手に人と関わってまた悪夢を視たら元も子もない。まあやれと言われても能力的にそもそも不可能だが。

 しかし、私のような人間を捕まえて何をさせようというのだろうか。

 伝手どころか友人すらいない。だからといって実家の権力が強いわけでもなく、地味な容姿なため色仕掛け(ハニートラップ)すらも期待できない。そこらの生徒の方がよっぽど役立つだろう。

 私の悪夢を活用するにしたって無理がある。生まれてこの方、予知夢を変えられた試しがないのだ。もし、未来を変えられることに期待しているようなら、そこの訂正もしなければ。


「え、あ、うん。そうだね……」


 意気込んだ私とは対照的に、ロイド様は曖昧に返事をする。何だか落ち込んでいる様子だ。

 どうして? 私が反抗するとでも予想していたのか? 

 殿方には反抗する女性を無理やり従わせることに快感を感じる人もいるらしい。ロイド様もそのような類なのかもしれない。そうだとしら今後のやり取りがとても不安になるから、違うと願いたいが。


「……僕は知り合いですらないのか」


 そんなことを考えていると、ロイド様がボソリと呟いた。どういうことかと聞き返そうとしたら、落ち込んだ様子から一転、凛とした態度で彼は私に言った。


「多分、君が想像しているようなことはお願いしない。僕が頼りたいのは、君のその能力だ」


 やっぱり。

 悪夢に期待するのは止めた方が良い、と私が伝えようとするよりも、ロイド様が続きを話す方が早かった。


()()()を使って、レイモンド殿下を正気に戻して欲しい」


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