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04 詰んでますね



「未婚の女性が軽々しく男性に触るのはみっともなくて? ねえ、皆さま。そう思いませんか?」


 嫌な予感ほど良く当たるものだ。

 昼休み。私が中庭のベンチに座って読書をしていると、アリスを呼び止めたスカーレット嬢が、突然そう言い始めた。

 周りの生徒は夢の観客ほどではないが、ひそひそと小声でアリスに対し陰口を叩いている。すると、スカーレット嬢の取り巻きの一人が周りに聞こえるように言う。


「無理もありませんわ、スカーレット様。アリス嬢と私たちでは生まれが違いすぎるもの。身分が低い者の考えは理解できませんわ」


 クスクスクス。

 彼女に同調するかのように、取り巻き達が笑う。スカーレットは己の金髪を優雅に手で払うと、嘲笑を浮かべた。


「あらあら、皆さま。たとえ事実だとしても、そのような事仰っては可哀想ではありませんか」


 扇で口元を隠した彼女を確認したあと、私は本を閉じてこっそりと中庭から抜け出す。

 多少の差異はあれど、夢と同じ内容だ。答え合わせが済んだ以上あそこにいても時間の無駄だろう。

 アリスとスカーレット嬢の衝突が始まったからか、中庭に向かう生徒が多い。私は流れに逆らうよう歩き、中庭から近い図書室に向かった。

 普段より人気が少なくなったそこに入り、部屋の一番奥の席に座る。

 そこで持っていた本を広げ、読み込むフリをする。本当は紙とペンを使って頭の中を整理したいが、誰かに見られては大変なので、こうして考え込んでいても不自然でない体勢を取ったのだ。側から見れば、難しい本でも読んでいる風にしか思われないだろう。


 では。

 準備も出来たことだし。

 心の中で、十分に叫ぼうではないか。



 ——ふざけんな!! ばーか!!



 私の! 私の安眠生活を! どうしてくれるんだ、あの三人は!!

 いい加減にしてよ! こっちはあの悪夢を見るのが嫌だから人と関わりたくなかったのよ!! どうして昨日あんなところでいちゃついてたのよ!! 別に裏庭じゃなくても良いじゃん!? 王族用サロンにでも連れ込んで存分にいちゃいちゃすれば良いじゃん!? こっちは貧乏だから有料施設なんて使えないのよ! お金があるなら高級サロンでエステを受けたあと存分に昼寝するもん! それができないから人気のない場所探して昼寝してるのよ! 金があるなら金を使え!! 貧乏人の居場所を奪うな!!


 ドン、と思わず机を叩いてしまい、周りの視線が私に集まる。

 私はハッと正気を取り戻し、額に手を当て心を落ち着かせようと、深呼吸をする。

 すーはー。すーはー。

 ……よし、ある程度落ち着いた。

 気を取り直して、今後のことを冷静に考え始めよう。


 ——昔から私は、ある条件を満たすと予知夢を視てしまう体質だった。

 その夢の内容が最悪で最悪で。予知夢を視た朝はびっくりするほど目覚めが悪い。今日は軽い方だが、この悪夢が連日続けば寝不足で頭痛も酷くなる。最悪、体調が悪化し日中倒れることもあった。

 安眠することが人生で最大の娯楽である私にとって、これ以上とない拷問だ。幼い頃は、この不定期に訪れる悪夢に怯えたこともあったが、予知夢が発生する条件を見つけて以来、対処できるようになったのだ。


 予知夢の発生条件。

 それは、私が人間関係のトラブルに関わってしまうことだった。


 深く大きく問題に関われば関わるほど、悪夢の凶暴さはもっと恐ろしくなり、連日続くこととなる。

 幼い頃は、家の繋がりで他の貴族と仲良くしていたことから、知らず知らずのうちに条件を満たしていたのだろう。


 一番それが顕著だったのは、お兄様の親友が婚約者に浮気されたときだった。数年前、爵位を継いだばかりのお兄様と私がとある大きな夜会に参加することとなったときのことだ。

 当時、お兄様の親友と私は仲が良かった。お茶の席で、婚約者の惚気をよく聞かされていたのだ。贈り物の助言を求められたこともある。

 今思えば、彼らの婚約は政略結婚だったのだろう。それも、相手方が納得していない婚約。

 夜会の前日、私は件の彼と彼の婚約者と知らない男——おそらく浮気相手だ——の夢を見た。

 無自覚に問題に首を突っ込んでいた私は、それはそれは恐ろしい夢を見てしまった。


 月明かりのもとで、一人の女性を争って、二人の男性が決闘する夢。激しい攻防の末、勝利したのはお兄様の親友。女性のもとに駆けつけた彼が、彼女と熱い抱擁を交わしたとき、そこで夢が終わると思った。

 だが、悪夢が喜劇で終わるはずがない。彼と抱き合った女性は、みるみる姿を変え、化物へと変貌する。そして、お兄様の親友をパクリと食べてしまったのだ。

 血飛沫が頬に降りかかる中、女性だった化け物は私と目が合った。化け物はにこりと微笑むと、その身体はどんどん膨張していき、そして——


 そこで悲鳴を上げながら私は飛び起きた。夜会に行きたくないと泣きじゃくる私をなんとか宥め、お兄様は私を無理やり主催の家へ連れて行った。

 夜会でお兄様の親友に悪夢の話をしてもまともに取り合ってもらえず、仕方がないと彼の婚約者を説得しようと、話を信じてくれた男の子と探し回っているうちに、事件は起きてしまった。

 浮気現場を目撃してしまったお兄様の親友が、浮気相手を許せず決闘の申し込みをしたのだ。私が泣いてやめてと頼み込んでも、彼らは耳を貸してくれなかった。それどころか、お兄様が侍女に言って私をその場から離させてしまったのだ。

 その後のことは、夢の内容通りだった。決闘に勝ち、浮気相手を半殺しにした彼は、感極まって婚約者に抱きついた。しかし、彼女が真に愛していたのは浮気相手の方で、愛する者が殺されたと勘違いした彼女は、隠し持っていたナイフで親友を刺したのだ。心臓を刺された彼は、病院に運ばれたがあえなく死亡。婚約者は自ら首を切って死を選んだ。残った男は生きていたようだが、もう二度と私と関わることはないだろう。


 嫌なことを思い出した。

 首を振って、どうにもできなかった過去を頭の隅に追いやる。

 昔のことより今のことだ。

 私が安眠できるように、この悪夢を何とかして取り除かなければいけない。

 そのためには、どうしてあの夢を視たのか考えるべきだろう。


 本のページを一枚捲り、額に手を当てた。

 原因はわかっている。

 昨日の裏庭で、殿下達のやり取りを盗み聞きしたせい。

 大丈夫だろうと高を括っていたが、どうやらダメだったらしい。

 やはりあの会話は三角関係に大きく関わるものだったのだろう。そんな重要な話を、誰かにバレそうな裏庭でしないでほしかった。


 ……どうするべきか。

 原則、悪夢は問題が解決されない限り不規則で訪れる。酷いときは連日、少なくとも七日に二度は視るはめになる。

 殿下達の様子から、スカーレット嬢と婚約破棄するのはまだ先と見るべきか。昨日の会話で、一筋縄でいかないと言っていた。婚約破棄するにも色々な準備や根回しが必要なのだろう。ならば、事態は短期間で解決しないと考えた方が良さそうだ。

 自然解決に身を任せるのが一番楽で手取り早いが、このように事態が長期化する場合、私の日常生活が死ぬ。比喩でも何でもなく、連日悪夢が続いた際、頭痛やら寝不足やらで体調が悪化するので、まともに生活する事も難しくなる。これが実家なら何とかなるが、今は寮暮らしの身。頻繁に倒れるようならば、学園から実家に帰らされるかもしれない。そうなれば、進級に必要単位が取れず留年。ただでさえ面倒な学園生活をもう一年上乗せだ。学園への募金という名の学費も、予定より一年分多く支払わなければならない。経済的にも非常に苦しくなる。

 それだけは絶対にダメだ。

 だから、私は事態解決のために積極的に動いた方が良い。

 動いた方が身のためだ、とはわかっている。

 ……わかっているが。


「どうしろっていうのよぉ」


 小声で愚痴をもらし、両手で頭を抱える。

 無理だ。王子と美女と美少女の三角関係にどうやって首を突っ込めるというのか。

 殿下に「実はー、昨日殿下とアリス嬢のいちゃいちゃ盗み聞きしてたんですよねー。ごめんなさい」と謝れば良いのか? 普通に考えて色々と疑われるな。下手すればスカーレット嬢のスパイと思われるかもしれない。

 スカーレット嬢に「どうやら、殿下があなたとの婚約を破棄すると目論んでいるようですよ?」と告げ口すれば良いのか? まともに考えれば信用されないな。ああ見えてスカーレット嬢は殿下を慕っているから、そんなこと言ったら最後、取り巻き達にいじめられる学園生活が幕を開ける。

 ではアリスに……彼女には何も言えることがないな。しかも、彼女のことは噂でしか知らない。そんな人物と駆け引きなんて無理だろう。


 ……あれ、もしかして。


「これって、詰んでない?」


 思考が思わず口に出てしまい、慌てて手で抑える。

 周りをゆっくりと見渡し、誰かに聞かれてないか確認する。

 一人でぶつぶつ喋っていたら、怪しく思われても仕方がない。別に評判など今更だが、この予知夢が他人に知られたら面倒なことになるのは確かだ。

 最悪、利用されるかもしれない。自分の身は自分で守らなくては。

 特に問題は無さそうだったため、ホッと胸を下ろした。

 そのときだ。


「何か悩んでいるみたいだね、ミリア嬢」


 正面に、美男子が座っていた。


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