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「雅緋さん?」
声のするほうへ視線を向ける。雅緋がこの二階の部屋の窓を開け、靴を履いたままで窓枠に足をかけている。
頭の中にかかっていた霧が晴れるように、一気に痺れていた意識がハッキリと戻ってくる。
「何? まさかイチャついているんじゃないでしょうね」
「誰なんですの?」
籠女が警戒した声を出す。まるで籠女の声が聞こえたかのように、部屋の外から足音が聞こえ、ドアが開いて籠女の両親が飛び込んできた。
それでも雅緋は動じない。
「そろそろ話し合いの段階は終わったみたいね」
そう言った雅緋の肩越しに一人の巫女姿の少女が浮かび上がる。それは彼女の中に存在する、かつて『魔化』という妖かしと戦うために最強の霊体となった少女、呉明沙羅だった。
「止めてください! 何をするんですか!」
父親が盾になろうとするかのように目の前に立ちふさがる。そして、母親は籠女を守ろうとするかのように抱きついた。
「我の前でそんな猿真似の術が通じると思うな!」
その沙羅の一喝だけで、両親の身体がその場に崩れ落ちた。
「雅緋さん、何をーー」
「よく見なさい」
雅緋の視線の先にあるその両親の姿を見て響は驚いた。そこには倒れている二人の姿は異質なものだった。
(人形? いや……これは)
やつれ果て、魂の抜けた人間だ。
「人の姿を人形に変え、そして、それを操っている。まるで呉明の術だわ。でも、似ているけれど違うもの」
「どうしてこんな」
「決まっているでしょう。その子の妖かしとしての力よ」
雅緋はそう言って籠女のほうを睨んだ。
「籠女さんの?」
「人は見たいものを見たいように見る。聞きたいことを聞きたいように聞く。あなた、ちゃんと見えているの? それともわざと目をそらしているのかしら」
「何をーー」
「しっかりしなさいって言っているのよ」
雅緋はそう言うと、その左手をサッと振った。たちまちこの家に立ち込めていた妖気が消えていく。すると、籠女の中にある妖気がハッキリと際立つのがわかる。
「誰なの? 私と響さまの邪魔をする気なの?」
「ウルサイわね。今、私が彼と話をしているのよ。黙っていなさい」
雅緋の言葉を受け、沙羅が籠女に向かって手をかざす。
「やめ……」
ビクリと身体を震わせ、籠女はその場に倒れた。
「籠女さん」
しゃがみこんで籠女の顔を覗き込む。息はしているのが、それはとても弱々しい。妖かしとしての気が小さくしぼんでいる。
「あなた、この人をどうするの? どうしたいの?」
「この人は誰なんですか?」
響きの問いかけに、雅緋は冷たく答えた。
「聞くまでもないでしょう。妖かしよ」