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それは不思議なほどに居心地の良い空間だった。
籠女の両親である小鳥遊恵介と藤子の二人は、詳しい事情を聞こうともせずにそれでも響のことを歓迎してくれた。突然現れたどこの誰かもわからない男に、どうしてこれほどまで親しげに接することが出来るのだろう。まるで昔から響のことを知っているかのようだ。
だが、それだけで済む話ではない。
さっきから、そこには妖かしの気が感じられている。いや、この家の玄関先に立った時からそれは微かに伝わってきていた。
現実の中にいて、現実とは違う場所に立っているような感覚。
(どこだ?)
響は彼らと話をしながら、その妖気の元を捜した。
だが、それを見つけることが出来ない。
当たり前のようにそれが家全体に広がっているため、それを特定することがむしろ難しいのだ。
同時に響は彼らとの会話に違和感を持っていた。
この両親の言動はどこかおかしなところがある。
仕事のこと。ここでの生活のこと。そして、籠女のことまで。どんなことを話題にしようとも、彼らは決してまともにそれに答えようとはしなかった。まったく違う話題に変えることもあったし、時には笑顔で受け流した。
それでも、響はなんとかしてこの家族の過去を知ろうと、いくつか昔のことを問いかけた。
「いつからここで暮らしているんですか?」
「どうして君はさっきから昔の話を訊くんだ?」
恵介は不思議そうな顔をした。
「いえ……別に特別な理由があるわけじゃありません。ただ、気になったもので。籠女さんの描いた絵は確かにボクにそっくりでした。会ったこともないのに不思議じゃありませんか。どこかで会ったことがあるんじゃないかと思いまして」
「別に不思議なことはないだろう」
そう言って恵介は笑った。
「どうしてですか?」
「運命なんだろ?」
恵介は真顔で言った。
「運命?」
「素敵ですねえ」
と母親の藤子までもが言葉を合わせて微笑む。
(あぁ、そうか)
彼らの姿を見て、響はやっと違和感の理由がわかった。
彼らの会話には、それぞれの意思というものがまるで感じられないのだ。どんなに親しく仲がいい間でも、考えや意見がピッタリと合うなどということはそうあり得るものではない。ところがこの家族は誰か一人が言ったことは、それは三人共と同じ意見しか出てこない。
まるで誰か一人に操られているかのようだ。
だとすれば、その一人がどこかでこの状況を見ているということだろうか。
(籠女さんも?)
この幸せそうな笑顔は誰かに作られたものなのだろうか。