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妖かしつれづれ話 拾の話・籠の鳥  作者: けせらせら
前の章
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 ドアの前に立ち、大きく深呼吸してからチャイムを押す。

 今日、訪れたことをどう説明すればいいかを考える。だが、なかなか良い言葉が見つからない。結局、正直に事情を話して絵のことを聞くしかないだろう。

 すぐに勢いよくドアが開かれ、響に思わずぶつかりそうになってのけぞった。

 眼の前に一人の高校生くらいの少女が立って、その大きな目をジッと響の顔へ向けている。絵の具だらけのツナギ、長い髪は輪ゴムで無造作に一つに結ばれ、その顔も絵の具で汚れている。

(小鳥遊籠女?)

 だが、今、彼女が生きていれば、既に20代半ばのはずだ。その年齢にしては、ずいぶん幼いように見える。

「あのーー」

 と響が口を開いた瞬間、ドアは眼の前でバチンと閉じられた。

 不審者と思われただろうか。それとも訪問販売とでも感じさせたかもしれない。

(ひょっとしたら警察に通報された?)

 少し不安になる。

 だが、このまま帰るわけにはいかない。

 少し考えてから、もう一度、チャイムを押す。だが、まるで反応がない。数分待ってからもう一度チャイムを押そうとした時、再び、勢いよくドアが開かれた。

 そこに立っていたのは、やはりさっきの少女だった。だが、その雰囲気はガラリと変わっていた。髪はおろされ、その服装は絵の具で汚れたツナギではなく、綺麗な淡いピンクのワンピースへと変わっている。それは精一杯オシャレをしてきた姿のように見えた。ただ、頬についた絵の具だけはそのままだ。

「草薙響さんですね」

 少女は響を目にすると喜んで声をかけた。いきなり自分の名前が彼女の口から出たことに響は驚いた。

「え? どうしてそれを?」

「待っていたんですよ」

「失礼ですが、あなたは……小鳥遊籠女さんですか?」

 彼女は大きく首を上下に振って頷いた。

「はい、私です。ついに訪ねてきてくださったんですね。ずっとお会いしたかったです」

「ボクのことを知っているんですか? 今日、ボクが来ることも知っていたんですか?」

「もちろんですわ」

 一条家で連絡をしてくれていたのだろうか。

「突然、訪ねてすいません。実はーー」

「いいから、いいから。話は後にしましょう。さあ、まずは入ってください」

 籠女は響の手を取り、家のなかへと導く。そして、玄関を上がると、そのまま奥の自分の部屋へと手を握ったまま二階への階段を登っていく。

「あの、お家の人は?」

「両親ですか? 後で紹介しますわ。でも、まずは私の絵を見てほしいんですの」

「はぁ」

 その勢いに響は言葉を失っていた。

 彼女は二階の一室の前に立ちーー

「御覧ください」

 そう言って、部屋のドアを開けて響を導いた。

 その部屋には何枚もの絵が置かれていた。決して広いとは言えない部屋のあちこちに所狭しと置かれている。その全ての絵に一人の男性が描かれていた。それは皆、同じ男のように見えた。

「これはーー」

「私はずっと夢の中でこの人にお会いしてきました。私の絵は、全てその夢を描いたものなのです」

「これはボクなんですか?」

 響は少し躊躇しながら、それを口にした。

「さあ……でも、きっとそうですわね。誰が見てもあなたのお顔にそっくりですもの」

 フフフといかにも嬉しそうに笑う。彼女の喋り方はどこか奇妙なところもあるが、決して嫌味が感じられない。

「さっき、ボクを待っていたと言われましたね」

「はい」

「ボクを知っていたんですか?」

「知っていたといえば、きっと知っていたんでしょう」

「どこで?」

「きっとこれは運命ですわ」

「いえ、そういう意味ではなく、どこかで会ったことがあるんでしょうか?」

「ありますわよ」

「どこで?」

「夢の中で。きっとお互いの想う気持ちが届いたんですわ」

 籠女は何の恥ずかしさもなく言い切った。

「あの……もう一度お聞きしますが、今日、ボクが訪ねることを誰に聞いたんです?」

「夢で見ました」

「夢?」

「今日かどうかはわかりませんでしたが、いつかあなたが現れることはわかっていましたの。そして、響さまのお名前も知っていました」

 そう言って頬を少し染めて響を見つめる。その姿を見ていると、つくづくミラノと一緒でなくて良かったと思う。

 響は少し話題を変えることにした。

「いつから絵を?」

「さあ、もう忘れてしまいましたわ。ずいぶん昔からのように思いますけど」

「じゃあ、こういう絵を描くようになったのは?」

「こういう?」

「えっと……ボクの絵です」

 自分でそれを認めるのは、少し気恥ずかしい感じがする。

「それもずいぶん前からのような気がいたしますわ。きっと前世でお会いしたのかもしれませんわね」

 籠女はニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべながら、ジッと響の顔を見つめている。その顔を見ていると、本当に以前に会ったことがあるような気がしてくる。

(いやーー)

 彼女のことを自分は知っている。

 実は、最初に彼女に会った時から、響はそれを確信していた。それにも関わらず、いつどこで会ったのかを思い出すことが出来ない。

(やはりーー)

 玄野響であった時の記憶なのか。

 ふと、部屋の隅に立てかけられている一枚の絵が目についた。それは他のものとは違っていた。何よりもそこに響らしき人の姿はなかった。

 それはどこかの家の庭を描いたものだった。広い庭にさまざまな花が咲いている。

「これは?」

「さあ?」

 籠女は首をひねった。「憶えていませんわ。それは……ずっとずっと前に描いたものかもしれませんわ」

 響はジッとその絵を眺めた。

 それを見ているだけで、心が暖かくなり、どこか懐かしい気がする。

 その絵に描かれた庭を、響は昔、見たような気がした。


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