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雅緋に連れて行かれたのは、大保区の南にある住宅街だった。
もともと住所は春影から教えられていたが、一切迷うことなく雅緋がやってきたことに少し驚かされていた。
雅緋はいったいどこまで事情を知っているのだろうか。
「ここが小鳥遊籠女の自宅よ。彼女は家から出ることはほとんどないから、今もきっといるでしょう」
「そんなことまで知っているんですね」
「何が言いたいの?」
「いえ、どうしてあなたがこの件を知っているのか、やっぱり気になって」
「つまらないことを気にするわね」
ハッキリとは答えていないが、やはり雅緋は瑠樺に頼まれたのだろう。そして、瑠樺と一条家は繋がっている。
「二宮さんですか?」
響は思い切ってその名前を口にした。
「どうしてそう思うの?」
「あなたは二宮さんとは親しいんでしょう? それに一条さまとも特別な関係があるとも聞きました。二宮さんに頼まれてボクを連れてきたんじゃないんですか?」
「そうだったとしたらどうなの? 小鳥遊籠女に会うのは止めて帰るの?」
「いえ、そんなことはありません」
「だったら、別にいいでしょう」
「でも、二宮さんがなぜそんなことをするのか」
「まったく昔も今も違う意味で面倒な男なのね」
「え?」
「瑠樺さんは一応、あなたに責任を感じているらしいわ」
「責任?」
「私に言わせれば、責任なんて感じることのないことよ。でも、彼女は今のあなたがあなたである責任を感じている。それだけのことよ」
「もう少し具体的に教えてもらえませんか?」
「嫌よ。それは私がすることじゃないわ。それに、すぐにそんなことは忘れると思うわ」
「どうしてですか?」
「すぐにわかることを説明する必要ないわ。じゃ、頑張って」
投げ捨てるように響の背中に向かって雅緋が声をかける。
「え? 雅緋さんは一緒に行かないんですか?」
「ここからはあなた一人のほうがいいと思うわ」
「じゃあ、わざわざボクを送ってきただけですか?」
「悪い?」
「……いえ」
実は響にとって、一人で訪ねるということは決して望まない展開というわけではなかった。小鳥遊籠女という女性、それは自分にとって深い関わりがあることが予想される。第三者と一緒よりも、二人で話をするほうが深い話が出来るように思えたからだ。
「あなた、今から自分が行く意味をわかっているのよね?」
「そのつもりです」
そう、わかっているつもりだった。
あの雑誌をミラノが持ってきた時、彼女は気づいていなかったがその記事にはこう書かれていた。
『この絵を描いた小鳥遊籠女さん(当時15歳)は、十二年前から画壇から姿を消し、今、どこで何をしているのか行方がわからなくなっている。そんな中、この絵が発掘されたことは非常に意味のあることである』
雑誌に載った絵がいつ描かれたものかはわからない。だが、それが十二年前に描かれたものだとすれば、そこになぜ自分の姿があるのかまったくわからない。
これは妖かしが関わっていると考えて間違いない。そして、自分の過去につながっている。
「それならいいわ」
そう言って、背を向けようとする雅緋に向かいーー
「わざわざありがとうございました」
響が頭を下げると、雅緋は少し面食らったような顔をした。