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ミラノが待ち合わせに指定した場所は三鷹駅南口にあるコンビニ前だった。
てっきり一緒に行くものと思っていたが、出発ギリギリになってミラノから『予定があって少し遅れる』と連絡があったのだ。ミラノらしくないような気はしたが、時間が迫っているため響はそのまま新幹線に乗り込んだ。
昼過ぎに東京駅に着き、中央線に乗り換えて三鷹へと向かう。だが、駅に着いてから改札を出て間もなくそのメールは届いた。
『ごめんなさい。私は行けなくなったので響君一人で行ってください』
それはミラノからだった。
だが、それはとても不自然なものに見えた。
(来ない? ごめんなさい? 敬語?)
響は戸惑った。
ミラノに傍にいてほしい、というものではない。むしろ、落ち着いて話をするためには感情的な彼女は邪魔になるかもしれない。
しかし、ミラノが来ないというのは本当に自分の意思なのだろうか?
今回のことはミラノが積極的だったはずだ。そもそも、ミラノが響に対してこんな丁寧な言葉を使うことが何よりも不自然だ。
彼女に何かがあったのかもしれない。もし、彼女自身がメールしているとしても、これは何かを伝えるためのものかもしれない。
響は引き返すことにした。
クルリと方向を変え、今来た道を戻っていく。
その瞬間――
「待ちなさい」
背後からの声が響の足を止めた。「どこに行くつもり?」
振り返ると、そこにいたのは薄いブルーのマキシ丈のワンピースに白いカーディガンを羽織った音無雅緋だった。響が通う陸奥中里高校の2学年上の先輩であり、呉明沙羅という最強の霊体をその身に宿している。一条家とは一線を引いているようだが、妖かしの一族の一人だと聞いている。
「音無さん? あなたがどうしてここに?」
しかし、雅緋はそれには答えずーー
「御厨ミラノならここには来ないわよ。今、連絡があったでしょ」
「どうしてですか?」
「さあ、個人的な事情じゃないの?」
「いえ、それをどうしてあなたが?」
「まったく、面倒くさいわね。あの子が一緒じゃなきゃいけない理由があるの?」
「いえ、そうじゃありませんが……ミラノさんに何かあったのかと」
「何もないわよ。少なくともあなたが心配するようなことはないわ。だから、さっさと行きなさい」
「ちょっと待ってください。ひょっとして今日のことを知ってるんですか?」
雅緋は小さく舌打ちをした。
「知らないわよ」
そっぽを向きながら雅緋は言った。だが、それが嘘だというのは明らかだ。
「いったい、どういうことなんですか? 事情を知っているんですよね?」
雅緋はもう一度小さく舌打ちをした。
「ええ、知っているわよ。今日、あなたが行くところはね、あなたが一人で行かなきゃいけないところなの」
「どうしてボクが行くところを知っているんです?」
「聞いたからよ」
「誰から? ミラノさん? 伽音さん? それとも一条様?」
「あなたの好きなように思えばいいわ」
雅緋は面倒くさそうに言った。だが、ミラノや伽音が雅緋と親しいとは思えない。やはり可能性が高いのは春影からの依頼だろうか。
「でも、どうしてあなたが? 一条家の手伝いで?」
「そんなはずないでしょ。私は一条家とは関係ないのだから」
「――ですよね? じゃあ、どうして?」
「どうしてそこに理由を求めるの?」
「理由がないほうが不自然じゃありませんか? ボクのためですか?」
「私があなたのためにこんなところまで来るはずがないでしょう」
「では、どうして?」
「言いたくない」
有無を言わせない強さで雅緋は言った。「ほら、いいから行くわよ」
「え? 音無さんと一緒に?」
「とにかくあなたを送り届けないといけないのよ」
それを聞き、すぐに思い出したのが二宮瑠樺のことだった。瑠樺もまた一条家に仕える存在だった。だが、それはただ『仕える』という立場ではない。一条家に仕えながら、その一条家に指示出来る立場である『和彩』と呼ばれる者であると聞いたことがある。そして、雅緋はいつも瑠樺の傍にいた。雅緋にとって、瑠樺こそが唯一無二の存在のように思えた。
雅緋がここに来たのは、二宮瑠樺に頼まれたからに違いない。
今回の件には、間違いなく二宮瑠樺が関わっている。
そう思いながらも、響は雅緋の後について歩き出した。
多くの人が知っていると思いますが、昨日、京都アニメーションで痛ましい事件がありました。
私も京都アニメーションの多くの作品が好きでした。
被害に遭われた方々の早いご回復、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。