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春影との話が終わり、『奥の院』を離れて自分の部屋へと向かう。
いつもとは春影の様子が違っていたような気がする。
今回の件が何か関わっているのだろうか。だが、あんな絵のことがそんな大きな影響があるとも思えない。
部屋のドアを開け、明かりを点ける。
当然のようにそこには双葉伽音の姿があった。彼女も響と同じように一条家で暮らし、同じように陸奥中里高校へ通っているクラスメイトだ。
こうして勝手に響の部屋にいることはいつものことで響のほうもすっかり慣れている。
「春影さまのお話には納得出来ましたか?」
「相変わらずだね。伽音さんには全てがわかっているんだろ?」
「そんなことはありませんよ」
「今回のことも伽音さんが仕組んだんじゃないよね?」
伽音はいつも事の全てを予想し、響の周囲の人々の心を操るかのような言動をすることがある。彼女は妖かしにも詳しく、そして、響の過去についても深く知っているようなのだが、それについてははっきりとは話そうとはしない。
「まさか」
「それを聞いて安心しだよ」
そう言いながらも、それを心から信用は出来ていない。
「どうして安心するのです?」
「えっと……」
響は少し考えてから答えた。「もし、今回のことを仕組んだ人がいたとすれば、それは……あまりに用意周到で、過去も現在も未来も全てを知っている人のような気がするんだ。ボクはそういう人が怖い」
「面白い考えですね。私も興味が湧いてきますよ」
「まさかついてくるつもりじゃないよね?」
「おやおや、私がそんな野暮なことをすると思いますか?」
「野暮って?」
「御厨ミラノと一緒なのでしょう?」
冷やかすように伽音は言った。だが、そんなことよりも響には伽音に聞いてみたいことがあった。
「伽音さんはどう思っているの?」
「何がですか?」
「あの絵のことだよ。小鳥遊籠女という人、ボクとどういう関係があると思う?」
「どうしてそんなことを私に訊くんですか?」
「だって、いつもなら何か助言してくれるじゃないか」
「そうでしたか。あなたが私の言葉を助言だと感じてくれているとは思いませんでしたよ」
口角がわずかに上がり、微笑んでいるかのような表情になる。だが、彼女の場合、いつもその漆黒の目だけは笑ってはいないように見える。
「一応、いつも感謝しているつもりだけどね」
「では、今度、見返りを要求しなければいけませんね」
「それで? 助言は?」
「ありませんね」
「ないの?」
「はい」
それはあまりに意外な答えだった。
「どうして?」
「いつまでも、あなたの行動に私が口を出す必要はありません。強いて言うならば、あなたが行くべきだと思うなら行くのがいいでしょう」
伽音はサラリと言った。
「それだけ?」
「それだけです。他に何が必要なのですか?」
「本当に?」
「あなたはあなたの思い通りにすればいいのです」
そう言って、伽音は響のベッドに潜り込む。「草薙さんも、そろそろ独り立ちしなければいけないということですよ」
「それを言うなら自分の部屋に言って寝てくれないかな」
伽音はその言葉を無視するように背を向けた。