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妖かしつれづれ話 拾の話・籠の鳥  作者: けせらせら
後の章
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20

 響の背後に伸びた影から、伽音はユラリと姿を現した。

 黒いロングスカートに同じく黒のニット、さらには魔女風の帽子まで被っている。

「やっと私の出番が来たようですね」

「伽音さん、いつから?」

 そう言いながらも、響はそれほど驚いているわけではなかった。

「いつでもです。これが私のやるべき使命ですからね。ちなみに今日は『オズの魔法使い』の西の悪い魔女風にしてみました」

「やっぱりついてきていたんだね。魔女風っていうけど、それっぽいのは帽子だけだねーーっていうか、いつから見ていたの?」

「心配ですか? 大丈夫です。御厨ミラノに小鳥遊籠女との仲睦まじいやり取りを話はしませんから」

「そんなことはしてないよ」

「おや、そうでしたか。しかし、ついにこの時がきてしまいましたね。いや、くるべき時がきたとうことなのでしょうね」

 伽音はそう言って、一人で納得したかのように頷く。それはどこか今という時を待ち望んでいたかのように聞こえる。

「どうして伽音さんが?」

「簡単に言えば、知っていたからですよ」

「知っていた? 何を?」

「はじめからこうなることになっていたのですよ。あなたという人が生まれ変わり、私と一緒に一条家で暮らすようになった時から決まっていたのです。もちろん私には小鳥遊籠女のような夢見の力があるわけではありませんよ」

「誰がそれを決めたんだ?」

「誰でしょうね? 運命とでもいうのでしょうか。いや、この場合はもっと簡単かもしれません。つまり二宮瑠樺ですよ。彼女は、あなたを救うために私のこともこの世に残らせたのです」

「二宮さん?」

「怖い人でしょう。彼女にとって、私は一つの駒でしかないのですよ。しかし、私にもそれだけの責任はあるので仕方がありません」

「責任?」

 すると伽音はうやうやしく頭を下げてみせた。

「まずは私の話をしなければいけません。今度は少し、私の昔話に付き合ってくださいよ」

「伽音さんの昔話?」

 チラリと百太郎のほうを見る。だが、百太郎は既にバトンを伽音に渡してしまったかのように、興味なさそうにそっぽを向いている。

 伽音は喋りはじめた。

「もともと私は一人の人間でした。こんな私でも平凡な毎日を過ごし、家族と共に幸せな日々を暮らしていたのです。しかし、ある時、この世の『正義』のいう大義名分のために、娘を奪われ夫を失うことになりました。私は恨みました。いったい正義とは何なのか、なぜ娘を殺されなければならなかったのか。そして、恨みから妖かしとなったのです」

「娘? 夫? 伽音さんって何歳なの? いったいいつの話を?」

「そんな野暮な話は止めましょう。私ほどじゃなくても、あなただって同じような存在なんですから。私たちは蘇ったのではなく、生まれ変わったのです。つまり私たちの記憶は前世のものと言っていいのです」

「まあ……確かに」

 伽音の言うとおりだ。自分も十年前、十七の歳で死んでいる。

「私は『魔化』と一体化し、長い年月をかけて、その恨みを膨らませていきました」

「それは誰への恨み?」

「娘と夫を奪った者たち、いえ、もっと広い意味でいえばこの世の全てですよ。特定の誰かへの恨みなんて小さなものではありませんでしたからね。しかし、恨みというものは、さらなる恨みを集めるものです。そして、集まった恨みは強大な力となって負の力を放ち始める。負の気を浴びたものは心を惑わします。あなたもその被害者の一人なのです」

「ボクが被害者?」

「あなたは愛する人を病で失いました。強く感情を揺さぶられ、あなたの心は弱くなった。その結果、私が放つ負の気に影響されることになったのです。あなたも私の声を聞いたでしょう? もちろん、それはあなた自身の声としてかもしれませんけどね」

「あれは……そういうものか」

 籠女を甦らせるための研究を続け、気が狂ってきた時、語りかけてきたあの声はそういうものなのか?

「責めるなら私を責めて良いのですよ。二宮瑠樺の父親、二宮辰巳がそうであったかのように、あなたは私の放つ邪気に当てられた。優れていたからこそ、力があるからこそ、私の邪気を敏感に感じ取り、当てられた」

 伽音は静かに言った。

「伽音さんを責める? どうしろって?」

「私に向かってその恨みをぶつければいい。あなたは妖かしの生命を奪う力があり、今の私はそれに抗うことの出来ないちっぽけな妖かしに過ぎない」

 これまでの伽音の力を見ていれば、彼女がちっぽけな妖かしと言えるのかどうかはわからないが、それでも響に抵抗する気がないことは感じ取れる。

「恨みは恨みを集めると言ったよね?」

「言いました」

「強大な恨みは負の気を放つって言ったよね?」

「そうですね」

「それならボクが伽音さんに恨みをぶつけてみても、それは新たな恨みを作り出すだけだ。恨みを晴らしても一時的に気が晴れるだけだよ。いや、伽音さんに恨みをぶつけてみても、ボクの気が晴れるわけじゃない。むしろ、ボクは僕自身に腹をたてているからね」

「では、どうします?」

「どうもしない。そもそもボクは玄野響ではないよ。ボクは玄野響という器をもとに生まれたため、その記憶を持っているけれど、ボクはただの草薙響という妖かしだよ。だから、ボクは伽音さんを恨むことなんてない。ただ、伽音さんが『魔化』という存在としての責任を感じるように、ボクも『玄野響』のやったことには責任を持たないといけない」

「何をするつもりです?」

「ボクの中には妖かしの生命を制する力がある」

「その力はある意味、あなたにとっては呪いではないのですか?」

「――かもしれない。でも、ボクは玄野響としてその力を使わなければならない」

「そいつはダメだ」

 すかさずそう言ったのは、今まで黙っていた百太郎だった。

「なぜだ?」

「お前はここでもう一度生まれ変わることになる」


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