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驚く響に向かい、桃太郎はさらに言った。
「もちろん籠女にとっても、今日までのことは不本意だったのかもしれない。お前が狂って、俺に殺されたことも、そして、お前の術で、ならなくていい者が何人も妖かしとなったことも」
「ならなくていい者?」
「お前は今までさまざまな妖かしを見てきたはずだ。その中には本来、妖かしとなるはずもなかった者もいたはずだ。例えば、御厨マリノ」
すぐにその名前が出てきたことに響は戸惑った。
「じゃあ、あの人はーー」
「彼女はお前の呪いを受けて妖かしとなった」
これまでずっと妖かしはその身の恨みによって生まれるものと考えてきた。呪いという言葉がやけに重く感じる。
「彼女が妖かしになった事情を知っているのか? 川で溺れた女の子を助けようとして死んだって」
「それを信じたのか?」
「違う……のか?」
「嘘ではないが、それは真実とは言えない」
「何が違うんだ?」
「違ってはいない」
「どういう意味だ?」
「その溺れた女の子、それは誰だと思う?」
それについて、以前、マリノに関わる人たちを調べたことがある。だが、それについてはハッキリわからなかったことだ。
「誰だ?」
「それが妹の御厨ミラノだ」
「ミラノさん?」
「姉の可愛がっていた猫を抱いたまま川に落ちたんだ。それを助けて、マリノは死んだ。そして、お前の術が彼女を妖かしとして蘇らせた」
「彼女が助けた少女が飼っていた猫がミラノさんに憑いたと聞いた」
「それは違っている。妹を想う気持ちの一部がそんな嘘をつかせたんだろう。妖かしとして甦ったマリノの中には複雑な感情が生まれた。妹を愛する気持ち、そして、妹を憎む気持ち。その彼女の二つの感情はぶつかり合い、結果、二つの妖かしに裂けた。その一つが御厨マリノ本人、もう一つがミラノに取り憑いた」
「だから……ミラノさんの記憶を? じゃあ全てはミラノさんのため?」
「彼女は自分がどういう存在になったのかをちゃんと理解している。そして、彼女の中には恨みと愛情の二つの感情が存在している」
「どうしてそんなに詳しいんだ?」
「決まっている。調べたんだ。俺は、お前を殺したあの日から、お前の術を追いかけて旅を続けている」
「術を追いかける?」
「今のお前にはよくわからないだろうな。いずれにしても、俺がさらに旅を続けるためには、お前の中にある力が必要だ」
「ボクの力? それって生命を与える力のことか?」
「俺が欲しいのは、その大元となる力だ。それがお前の中にあって、多くの者に生命を与える力となっている」
「大元となる力? ボクの中には何がある?」
「生命を生み出す力」
「どうしてそんな力がボクに? こんな力をもともと持っているはずがない」
「当然だ。その力は、お前が甦ってからのことだ」
「そもそもどうしてボクは甦ったんだ?」
「それは『魔化』に対応するためだ」
「魔化?」
その存在については、以前に聞いたことがある。
「恨みをその身に集める妖かしの化物だ。何千年もの間、この国の地下に眠り恨みを集め続けてきた。だが、最近になってそいつを倒すためのチャンスが訪れた。だが、そのためには一度、その身に生命を与えることで実体化させる必要があった。そのためには生命を生み出す力を持った器を作り出し、魔化へ近づけなければいけない。最初は『呉明の一族』が作った人形を使うことになった。だが、それでは強い生命には耐えられなかった。そこで宮家はお前の遺体を使うことを決めた。お前の遺体は我らの術によって保管されていたからな。お前は『草薙響』という人間として奥州へと送り込まれ、一度、『魔化』と同化した。ま、そこからはイロイロだ。本当ならおまえはただ消えていても不思議じゃなかったんだが、あの和彩の女がお前を蘇らせた。いや、あの女だけではなかったのかもしれない。双葉伽音、一条春影、そいつらが皆、おまえを人として再生することを望んだ」
「どうしてボクなんかを?」
「そいつに答えるのは俺じゃないほうがいいかもしれないな」
それを待っていたかのように、響の影から双葉伽音が姿を現した。




