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妖かしつれづれ話 拾の話・籠の鳥  作者: けせらせら
後の章
15/22

15

「ちゃんと目を開けていてくださいよ」

 その声を聞き、響はハッとして目を開けた。目の前にスケッチブックを持った籠女の姿があった。

 籠女の部屋で絵のデッサンのモデルになっている最中に居眠りをしてしまったようだ。

「ああ、ごめんごめん」

「寝ている響さまの顔を描きたいわけじゃありませんよ」

 わざとらしく口を尖らせて言う。

「そんなボクの絵ばっかり描かなくてもいいじゃないか」

「じゃあ、何を描けばいいんですの?」

「そんなもの、いろいろあるじゃないか。以前、庭の花壇を描いたものがあったろ? ボクはああいう絵が好きだな」

「ありがとうございます。でも、私は、自分が今描きたいものを描くことにしているんですの。だから、今は響さま」

「絵に夢中になるのはいいけど、ちゃんと寝ているのか?」

「もちろんですわ」

 だが、以前よりも少し痩せたようにも見える。「響さまこそ、ちゃんと寝ているんですか? 毎晩、夜更かししてお勉強しているんじゃありませんか?」

「陰陽道の研究は勉強とは違うよ」

「お体に気をつけてくださいね」

「わかってるよ。そういえば、この前の検査の結果は?」

 すると籠女は表情を曇らせた。

「実は来週から入院することになりました」

「入院?」

 思いもしないことに、驚いて響は聞き返した。「どうして? どこか悪いとこでも?」

「まだハッキリしません。改めて病院で調べていただく予定です。だから今のうちに少しでも多く描いておかなくちゃいけませんの」

「絵なんて、そんな焦る必要ないだろ」

「人生、何が起きるかわかりませんもの」

「縁起でもないこと言うなよ」

「ただの事実ですわ」

「ボクは専門じゃないけど、陰陽寮には医術関係に詳しい術者もいる。今度、訊いておいてみるよ」

「お止めください。そんなものは不要ですわ」

「どうして?」

「陰陽師としての響さまのやられていることはご立派だと思います。けれど、人の身体というものは、そのような術によってどうこうしていいものではありませんわ。それとも、私は響さまの式神かなにかですか?」

「そんなつもりはないよ」

「私は、決して籠の鳥にはなりませんわ。それにたとえ響さまが優れた陰陽師だったとしても運命を変えることは出来ないものですわ」

「運命?」

「私は、自分の身に何が起ころうと、それを運命として受け入れるつもりですの。だからこそ、今、やるべきことをやりたいことを大切にしていますの」

「それなら今やるべきことは身体を治すことだろ?」

「それだけは私が決めますわ。私がこの世に生を受けた意味は私自身が選択します。これだけは響さまにも譲れません」

 籠女は何かを決意しているかのような強い眼差しで言った。

「何を言ってるんだ」

 籠女の言葉に不安になる。

「大丈夫。私、人生に悔いは残さないと信じていますから」

 その言って籠女は笑顔を見せた。


*   *   *


「……響さま」

 病室のベッドに横になっている籠女が、力なく微笑んでみせる。

(なぜ、こんなことに?)

 籠女が倒れてからまだ半年しか過ぎていない。最初はただの疲労だと誰もが思っていた。入院し、病気だと診断されてからもまだ5ヶ月。まさかこんなにも早く病状が悪化するとは考えもしなかった。

「籠女……」

 どう声をかけていいかわからず、その手を握る。弱々しく小さな手がとても冷たく感じる。

「来てくれて……ありがとう……ございます」

 その笑顔からは決して悲壮感をもったものではなかった。

 むしろ、今は自分の方が情けない顔をしているに違いない。

 この数ヶ月、響はずっと医学に繋がる術式の研究書を読み漁っている。それなのに未だに籠女を救うためのものを見つけることが出来ない。

 幼い頃から陰陽師としての修行を続けてきた。それなのに今、籠女のために自分が出来ることが何一つ見つからない。

 いったい、自分は今まで何を学んできたのだろう。

 今の自分には無力感しかない。

 まだだ。

 まだ待っていてくれ。

「必ず、助けるから」

 少しでも明るい声を出そうと振り絞る。

「響さま……いつから……お医者さまになられたのです?」

 フフっと小さく籠女が笑う。

「お前のためなら何にでもなるさ」

「まあ……嬉しい」

「冗談だと思っているのか?」

「いいえ……私……信じてますから。でも……無理はされないでください……少し顔色が悪いようですわ」

「どうして、籠女のほうがボクの心配をするのさ」

 涙が溢れそうになるのを必死で堪える。

「だって……私にとって……響さまが、一番なんですもの」

「……籠女」

「大丈夫……響さまの未来には……幸せな日々がきっと待っています」

 それが響の聞いた籠女の最後の言葉だった。


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