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妖かしつれづれ話 拾の話・籠の鳥  作者: けせらせら
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 響はゆっくりと立ち上がり、その消えていった空間を眺める。

 そこは住宅街の中に一画だけ何もないただの空き地へと変わっていた。

「これは? 何をしたんですか?」

「私じゃないわ。きっと遠野火輪とおのひのわの仕業ね」

 火輪のことは響も知っている。以前、ミラノの姉の件で世話になったことがある。確かに今の術は陰陽師のものだ。

「籠女さんはどうなったんだ?」

「何? 彼女のことが心配なの? 憶えていないんじゃなかったの?」

「憶えてはいない。でも、気になるんだ」

「面倒くさい。帰ってから遠野火輪に聞きなさい」

 火輪ならば教えてくれるだろう。だが、それを待っていて手遅れになることはないのだろうか。

「じゃあ、彼女がどうなったかだけ教えてください」

 響は食い下がった。

「あの子の妖かしとしての力は消えかけているらしいわ」

「消える?」

「彼女は、妖かしとして中途半端なの。だから、彼女の妖かしとしての力も、妖かしとしての生命も消えかけている。だから、遠野火輪が特殊な空間に封印した」

「何のために?」

「封印することで彼女の生命が消えるのを防いだのよ。きっと、あなたのためでしょうね」

 火輪は過去の自分であった玄野響を知っている。きっと彼ならば小鳥遊籠女との関係も知っているのだろう。

「妖かしとして中途半端というのは?」

「妖かしは自らの情念によって生まれるもの。でも、彼女は自らが望まない形で、他の者の願いによって妖かしにされた」

 面倒くさいと言いながらも、一つ一つに雅緋は答えてくれた。

「それじゃ、やっぱり彼女はボクと関係がある人なんですね? 教えてください。今回のことは誰が仕組んだんですか?」

「仕組んだ?」

「そうなんでしょう? 小鳥遊籠女がボクのことを知っていたこと。ボクの絵を描いたこと。そして、ボクがここに来たこと。誰かがそうなるように仕組んでいたとしか思えないじゃありませんか」

「そうね。あなたの言うとおりかもね」

「教えてください。一条様は教えてくれなかった。あなたなら教えてくれるんじゃありませんか?」

「どうしてそうなるのよ?」

「そのためにあなたが来たんじゃないんですか?」

「嫌な役回りね。でも、いいわ。じゃあ、ヒントをあげるわ。今回のこと、あなたはどうしてここに来たの?」

「ここに来た理由?」

 この場所を調べてくれたのはーー「一条様?」

「違うでしょう。一条春影はあなたがここに来るように勧めた?」

「いや」

 違う。

――あなたが行きたいと思うなら

 春影は、あくまでも響の意思に沿って動くようにと言ってくれた。

 では、伽音は?

――あなたはあなたの思い通りにすればいいのです。

 そうだ。

 皆、全ての判断を響へと委ねたはずだ。

(ボク?)

 今回、ここへ来ることを決めたのは自分だ。そして、最初に雑誌に載った絵を見つけて教えてくれたのはミラノだ。だが、ミラノがそんなことをするはずがない。

 いやーー

――十二年前、あの雑誌社へあの絵を送るように頼まれていたんですって。

 あの絵が雑誌に載ったことがそもそもの発端だ。

(送ったのは?)

 それをやったのが玄野響だとすれば?

 小鳥遊籠女は自分のことを知っていた。もし、過去の自分が全てを操っていたとすればーー

(全ての辻褄があう)

 響は愕然とした。

 その姿を見て、雅緋が声をかける。

「納得出来たみたいね」

「何が起きているんですか?」

「なんでもかんでも他人に訊かないで。私は行くわ。もう私の役目は終わったはずだから」

 帰ろうとする雅緋の背に向かって、響は声をかけた。

「待ってください。あれは誰なんですか?」

「知らないと言っているでしょう。でも、想像くらいつくんじゃないの? 妖かしは強い恨みを持って再び生命を得る。あの子はどうして妖かしになったと思っているの?」

「ボクに対する恨み?」

「そうね。ある意味、そういうものかもしれないわね。愛情なんてものは、恨みや呪いの根っこにあるものだから」

「ボクは彼女に何をしたんですか?」

「それを聞いてどうするの?」

「出来れば助けたい」

 すると雅緋は鋭い視線を響へ向けた。

「助ける? どうやって? それは生命を与え彼女を助けるということ?」

「出来るなら」

 彼女や妖かしとしての生命を失いかけているのなら、自分の力でその生命を留めることも出来るかもしれない。

「ずいぶん簡単に言うのね。生命を与えるってことがどういうことかわかっているの? 生命を与えたり、奪ったり。そんな考え方は傲慢だわ」

 ズキリと頭の芯が痛み、響は思わずこめかみを押さえた。

 古い記憶が痛みとなって疼いているかのようだ。

――あの音が聴こえるたびに傷が疼くのよ。

 それは御厨ミラノの姉であるマリノの言葉だ。

「そ、そんなことは……わかっています。あなたたちだって、自分たちで正しさを判断するじゃありませんか」

「それと同じだと思っているの?」

「……違いますか?」

「どうなのかしら? あなたを見ていると同じようには感じないのよね。少なくとも私は、自分を正しい側の者だと思ったことはないわ。さっき、彼女を助けたいって言ったわよね。本当にそう思っているの?」

「思っています」

「なら、どうしてそれが生命を与えるということになるの? そういえば、あなたも一度死んで蘇った種類の人だったわね。あなたはそれで救われたの?」

「……それは」

 これまで何度か妖かしとして蘇った者たちを目にしてきた。恨みを持ち、呪いを放ち、人を殺める者たちがいた。

 彼らは幸せだったのだろうか。そして、今の自分を幸せと言えるのだろうか。

「それとも自分が救われていないからこそ、誰か同じ立場の人を、同じような人を、同じ仲間を作りたいとか思っているんじゃないの?」

「違います。自分のことはよくわからないけれど、それでもボクはボクに出来ることで助けたいと思っているだけです」

 雅緋はそう言った響を冷たい目で見つめた。

「あなた、ずいぶん自分を過大評価していない?」

「ボクが?」

「助けるって言ったわね? ずいぶん上からものを言うじゃないの。今、あなたはただの妖かしでしかないのよ。そもそも、あなたはどうして自分が妖かしとして蘇ったと思っているの? その理由を考えたことがあるの?」

「理由?」

「あなたはどうしてそんな力を持っているの? 妖かしが持つその力はね、その人の業そのものなのよ。あなたはどうなの? それこそが、あなたの業であると思わないの?」

 雅緋の声が頭の奥に棘となって刺さる。

(ボクの業?)

 思い出さなければいけないこと。だが、それを思い出した時、自分は自分でいられるのだろうか。

 怖い。

 雅緋の言葉はさらに強くなる。

「ねえ、あなたって自分が被害者だなんて思っているんじゃないの?」

「被害者? そんなことはーー」

「あなた、自分が本当に事故にあって記憶を失ったと思っている? 違うわよね? それならどうしてちゃんと自分のことを知ろうとしないの? 今の立場でいることが、あなたにとって都合がいいからじゃないの? あなたは自分を知りたいと言うくせに、自分の咎には目を塞いでいるのよ」

「うるさい!」

 響は思わず、懐に持っていた短刀を抜いた。

 ハッとした時には、自らの霊力が強く波動となって、雅緋に襲いかかっていく。

 次の瞬間、強い閃光が放たれ、そして、そこに既に雅緋の姿はなかった。


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