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それを教えてくれたのは御厨ミラノだった。
9月に入ってもまだ残暑は厳しく、朝から強い日差しが降り注いでいる。校舎に入ってからも、モワッとした生暖かい空気が肌に纏わりついてくる。
草薙響が教室に入った途端、それに気づいてミラノが席を立って近づいてきた。その表情を見た瞬間、響は嫌な予感がした。周囲の空気がサッと冷たくなるような気配を感じる。
ミラノはおもむろに開いた雑誌を響に向けて突き出した。
「これって響君じゃないの?」
そこには一枚の水彩画を写したものが一面に載せられている。その絵は多くの明るい色が使われた抽象画のように見えるが、その中心に一人の男性が描かれている。
それを見て、ミラノが何を問題にしているのかがわかった。
確かにそれは自分の姿に似ていた。
「さ、さあ」
あえて、響は首をひねった。そもそも自分に似ているからといって、自分を描いたと決まったわけでもない。
「どういうこと?」
既にミラノが怒っているのが感じられる。
「そう聞かれても……」
響はどう答えていいか迷った。ヘタな答え方をすれば、ミラノの怒りはきっと長時間続くことになりそうだ。
「これを描いたのは小鳥遊籠女って人らしいわ。誰なの?」
「知らないって」
そう答えながら、その名前を頭のなかで繰り返す。記憶にはない。それなのにどこか懐かしさがある。
「じゃあ、どうして知らないこの人が響君の絵を描くのよ」
「ボクって決まったわけじゃないよ。ちょっと似てるかもしれないけど」
「いいえ、これは響君よ」
「どうして?」
「私があなたのことを見間違うと思うの?」
そのミラノの声の大きさに、周囲のクラスメイトたちの視線が集まる。クォーターであるミラノはわりと目立つ容姿をしていて、男子生徒からも人気があるようだ。
そんな視線を感じながら、響は少し声のトーンを落としながら言った。
「でも、本当にボクはこんな人を知らないんだ」
「本当なの?」
「本当だよ」
信じてくれたのかどうかはわからないが、ミラノはその言葉に小さく頷いた。そしてーー
「一緒に会いに行ってみましょう」
「会いに? でも、この小鳥遊さんって人がどこにいるかわかるの?」
「知らないわよ。この出版社に電話してみたんだけど、その人が今、どこにいるかはわからないらしいわ」
「もう電話したの?」
その行動の早さに驚かされる。
「なんでもその絵は突然、送られてきたんですって」
「送られてきた? 誰から?」
「送り主の名前は『玄野響』ですって」
「それってーー」
「名前なんて当てにならないわ。だから手がかりがないのよ」
「じゃあ、無理なんじゃないの?」
「調べればいいでしょ」
どうやらミラノは本気で小鳥遊籠女という女性に会いに行くつもりのようだ。
「でも、どうやって?」
「いつものようにすればいいじゃないの?」
それは響が世話になっている一条家の情報網を使うということだ。確かにその方法ならば、この女性のことを調べることも難しいことではないかもしれない。だが、こんな個人的なことを頼むことには心苦しさがある。
「そんな簡単に言わないでよ」
ミラノの視線を避けながら、ふと、その写真の下にある記事を読む。
(ひょっとしたら……)
そこに書かれていた記事を見て、響は少し考えを変えた。