4 ヒロイン登場!
主人公を振り回す残念系ヒロイン登場です。
───エミリー
乙女ゲーム「フローラ王国物語」のヒロインであり、私のライバルになる人物。
平民に生まれながら珍しい強力な光の魔力を持ち、そのために貴族の子供が通う学園にただ一人の平民として入学する。
その容姿は、ふわふわの金髪に女の子らしく可愛らしい顔立ち。
まさしく乙女ゲームヒロインといったような美少女だ。
そのうえアリシアと違って性格も良い。
まさに完璧な理想の女の子。
「やっぱり注目浴びているなー。」
「それは誰のことですか?」
後ろからいきなり声をかけられたことに驚きばっ!と振り向くと、何故かにっこにこのアルフォンス殿下がいた。
・・・何故ここにいる。
「アルフォンス殿下ではありませんか。どうかなさいましたか?」
視線で話しかけてくんなとさりげなく訴えながら挨拶すると殿下はさらに笑みを深めた。
「いえ、お美しいあなたともう一度話してみたいと思いまして。」
「ぶっ!ほ、ほれはあひがらきひやわしぇれす。」
私はまたも不意討ちをくらいカミカミになってしまうが、せめて顔だけは崩すまいと笑みを浮かべて対応する。
というかなんなんだろうね、さっきからこの王子は。
アルフォンスってこんな女たらしみたいなキャラじゃなかったはずなんだけど。
しかもなんか無駄に近いし。あの、さりげなく手をとらないでくれます?
「ふふ。そ、そうですか。ふふ。」
「・・・なんか、からかってません?」
うつむきながらプルプル震えている王子に私はジト目を向ける。
「いえ、そんなことは。それよりもアリシア嬢がおっしゃっていたのはあの平民の少女のことですか?」
「え、ええ。そうですけど。」
「すっかり有名になっているようですね。珍しい光の魔力の持ち主だとか。」
光の魔力は過去何人かしか持っていない強力なものなのでここまで騒ぎになるのは仕方がないように思えた。
現在は主人公しか光の魔力を持っているものはいない。
しかも平民なので嫉妬を向けられることも避けられないだろうと思う。
「そういうアリシア嬢も闇の魔力を持っていらっしゃるとか。」
「まあ、そうですけど。」
「父上が我が国に光と闇の魔力を持つものが現れたと狂喜乱舞していましたよ。」
「き、狂喜乱舞・・・。」
そこは普通に「喜んでいましたよ」でいいじゃないか。
私が微妙な顔をしていると王子はクスリと笑う。
「それだけ光と闇の魔力は特別だということですよ。そういえば父上が二人を抱え込むために王族と婚約をどうかと・・・」
「あ!わたくし用事を思い出しましたわ!それではごきげんよう!」
私は早口で王子にそういって挨拶をするとこの場を離れようと早足で立ち去る。
後ろからクスクスと笑う声が聞こえたような気がした。
王子から勢いで逃げて人気のないところまでくると私はほっと息をついた。
いきなり婚約とか言われたから思わず逃げてしまった。
「お嬢様。走らなかったことに関してはかなりご成長なさったとは思いますが、私をおいていかないでください。お嬢様をお探しするのは面ど・・・大変です。」
後ろからついてきたセシルはさらっと失礼なことを交ぜながら小言を述べた。
今さらいちいち指摘することはないけどセシルって一応私のメイドですよね?
「はいはい。気を付けます。・・・ん?」
私が適当に返事をして受け流しているとうろちょろしながらなにかを探しているのか、歩いてくる一人の少女の姿が見えた。
「ちょっと隠れて!」
私はセシルを引っ張って物陰に隠れるとその少女の様子を伺う。
「たしかあれは噂のヒロインではありませんか?」
「そうみたいだね。こんなところでなにしているんだろう?」
「きっと彼女もこんなところでこそこそ隠れているお嬢様には言われたくないでしょうね。」
「うっ・・・。」
セシルのもっともな指摘に言葉につまる。
「そ、そんなこれはまたとないチャンスなの!」
「チャンスですか?」
「そう!私が悪役令嬢として第一歩を踏み出す絶好の好機!」
せっかくヒロインの方からやってきて話しやすい状況になったんだからこれを見逃す手はない。
こんな絶好なタイミングが訪れるなんて、これもゲーム補正だろうかと思ってしまう。
「アリシア、いきます!」
「お嬢様、手と足が同時に出ています。」
「き、気のせいよ!」
セシルに身に覚えのない(?)指摘を受けて私は優雅に歩くように努力してエミリーに近づく。
うん、これで大丈夫、なはず。
「ごきげんよう。こんなところでなにをなさっているの?」
声をかけるとはっとしたようにヒロインは振り向いて私を見つめた。
うむむ。近くで見てもやっぱり可愛いな。
さすが人気ゲームの主人公だ。
「あ、あの、それは・・・。」
うつむいてもじもじしているヒロインは、女の子らしくて思わず守ってあげたくなるような可愛さだった。
「あら?答えられませんの?それともわたくしとは話したくないということかしら?」
私は思っていることがバレないように冷たく笑うとヒロインはわたわたと慌てだした。
・・・私、女優になれるかも。
自分の演技に満足していると少しヒロインの様子に違和感を抱く。
それにしてもさっきからずっともじもじしていいるな、と。いや、もじもじしすぎでは?
「ちょっとあなた、聞いていますの?」
私がちょっと心配になって肩に触れようするといきなりエミリーはがばっと腕に抱きついてきた。
「え!な、なに・・・」
「あの!お手洗いはどこでしょうか!?」
「・・・は?」
エミリーの予想外の言葉に一瞬なにを言っているのか分からなくなる。
「私お手洗いの場所が分からなくてずっと探しているんですけど見つからないんです!もう、ちょっと限界なんです!」
ぱっちりとした桃色の瞳にうっすら涙を浮かべながら訴えてすがりついてくるエミリーに私はやっと状況を理解した。
「それを早く言ええぇ!!!」
私はエミリーの手を掴むと人目もはばからずトイレに向かって走り出す。
エミリーは本当にもう限界なのか泣きそうになっていた。
乙女ゲームのヒロインがお漏らしとかイメージが崩壊するどころではないからやめてほしい。
「もう無理です~」とか言うエミリーに「ダメよ!諦めたらそこで試合終了なのよ!」と自分でもなにいっているか分からない励ましの言葉をかけながらひたすらトイレに向かって走った。
━━━あれ?私なにやってるんだろう。
走りながらふとそんな考えが浮かんで、不本意な想定外の事態に思わず遠い目になる。どうしてこうなった!?
せめて誰にも目撃されていないことを祈るしか今の私には残されていないのだった。