IGGY POP FUNCLUB
「妙な話をしたな。今のは忘れてくれ。──本当は、こんなこと言う為に来たんじゃねえんだ。お前に渡したい物がある」
彼は携えていたボディバッグから、一枚のDVD-Rの入ったケースを取り出した。白い表面に直接書かれた「2011/3/11 岩手県M市」と言う文字から、それが何を記録した物なのか、すぐに察せられた。
「日々瀬から借りて来た。おそらく、矢来さんが買ったのもこれだろう。先に観させてもらったが、彼女が言っていたとおりの物が映っていたよ。……どうだ? お前も観てみるか?」
そう尋ねられ、彼がテーブルの上に置いたディスクを見下ろす。あの震災──この夏の事件の発端となった日の記録が、そこにある……。
何と答えたものか迷っていると、
「まあ、いい。それは取り敢えず置いて行くから好きにしろ。日々瀬にも許可は得ているからな」
本当にこの為だけに来たのか、長居は無用だとばかりに彼は腰を上げた。
僕は慌ててそれを引き留める。
「ま、待ってくれ。──他の人たちはあれからどうなったんだ? 君は、何か聞いていないか?」
「……《GIGS》は実質廃部だろうな。木原さんもお前同様大学を休んでいるようだし。一応、佐古さんと湯本は、どれだけ時間がかかったとしても、また三人でバンドをやりたい、とは言っていたが……。
弥生さんは、《マリアージュうたかた》を畳むことにしたらしい。順一さんの遺体を損壊したことは、大した罪に問われなかったようだな。──取り敢えず、今後のことは、海でも眺めながらユックリ考えてみるってよ」
「海?」
「順一さんの元奥さん──つまり弥生さんにとっての義姉に当たる人の親族が、家に招いてくれたそうだ。困った時はお互い様だってな。その厚意に甘えて、しばらくそっちで心の療養をするつもりだってよ」
みんな、それぞれのやり方で事件を乗り越えようとしているのだ。ひたすら家に籠り現実逃避に精を出していた誰かとは、大違いである。
「──生きていることの方が何かの間違い、か」
不意に降って来た呟きに、僕は顔を上げる。聞き覚えがあるなと思ったら、事件記録の序章にある真堂のセリフではないか。
「まあ、どう思おうが人の勝手だが……間違いだろうが何だろうが、生きてるってだけで十分じゃねえのか? そうしたくてもできない命の方が多いんだ。今こうして生きていられることを、もっと大切にできたらいいのにな」
思いも寄らぬ言葉に、僕は驚かされる。彼がこんなことを言うなんて……。
「らしくないな。全く似合わってない。──本当に君の言葉なのか?」
「……バレたか」
緋村は、心なしか穏やかな笑みを浮かべた。
「弥生さんが言ってたんだ。一緒に石毛さんの部屋に行った時にな。──重みが違うだろ?」
「……ああ。君とは比べ物にならない」
僕は、なんだか久々に笑えた気がした。
緋村が帰った後、僕はテレビに繋いだ中古のDVDプレイヤーに、彼の置いて行ったディスクを読み込ませた。
映像が再生されるまでの間に、コンビニの袋ごとキャメルの箱を手繰り寄せ、一本取り出して口に咥える。そのまま百円ライターで火を点けた。
立ち昇った一穂の紫煙は、泡が揺蕩うように渦を巻いた後、淀んだ部屋の空気に溶けて行く。
ボケっとその様子を眺めているうちに、準備が整い、直後、画面の中に「あの日」が映し出される。
鉄色がかった三月の空には、灰のような雪が舞っていた。