ROBOTMAN①
「もし本当に石毛さんが犯人で、畔上くんの見た亡霊も石毛さんだったとしたら、どうしてそんな夜中に外にいたんでしょう? 彼が殺された動機が、謂わゆる『犯人にとって都合の悪い場面を目にしてしまったから』のパターンなら、石毛さんは昨夜『犯行に関する何か』をしていた、と言うことになりますよね? けど、どちらの事件も事前に準備をしていたような形跡は、なかったと思うんですが……」
当を得た指摘である。
「もしかして、密室のトリックと何か関係があるんでしょうか?」と、彼女は梟みたいに首を傾げていたが、緋村の推理が正しいのであれば、下準備の必要なトリックなどは用いられていないはずだ。
それ以外で、昨夜犯人がしていたであろうこと。強いて言えば、あの白薔薇を一輪刈り取っていたことくらいだが、あれは母屋の中──空き部屋の窓から手を伸ばして刈ったのだから、外にいる姿を見られる機会はなかった。
そんな風に考えているうちに、僕はふとあることを思い出す。
「そう言えば、昼間塩を取りに行った時弥生さんから聞いたんだけど」
僕は例の畔上の「呟き」について、二人に話す。すなわち、キヨカさんの写真を見た彼が、戸惑った様子で「どうして……」と零したと言うエピソードをだ。
「ポロポロ出て来んな。せめて小出しにせずにさっきまとめて言えよ。──『どうして』ね。確かに気になる発言ではあるが……」
口許に手を当て、彼は黙考を始めてしまう。
「気になると言えば、亡霊が持っていたと言う生首もそうですよね。本物の人間の首ってことはないでしょうから、きっと彼は何かを見間違えたんだと思いますけど」
彼女の言うとおりだろう。問題は、畔上は何を生首と見間違えたのか、だが……。
僕と日々瀬は同時に「うーん」と唸った。答えの輪郭すら浮かばない。
すると、むつりと黙り込んでいた彼が、急に目線を上げ、
「もしかしたら……」
茫然と呟いた。何か思い付いたのだろうか?
──尋ねる間もなく、緋村は突然踵を返す。
「おい、いったいどこに」
「少し確かめたいことができた」
言うが早いか、立ち止まることすらせずに、彼は厨房を出て行ってしまう。僕と日々瀬は慌ててその後を追った。
緋村が向かった先は、第二の密室──「練習室1」だった。ビニール手袋を嵌め壁のスイッチを押した彼は、灯りの点いた現場の中である物を拾い上げる。
それは、例の白薔薇の残骸。
先ほど緋村自身が過失により、花弁を散らした遺留物である。
今更そんな物を眺め回して何の意味があるのか。戸口に立ったまま不思議に思っていると、彼は不気味に口角を吊り上げた。
「……思ったとおりだ。これは、生花じゃない」
「なに? ──それじゃあ」
「プリザーブドフラワーだったんだ。この薔薇は」
僕はすぐにはその言葉の意味が理解できなかった。日々瀬も同様らしく、反応に困っている様子である。
──その白薔薇は、犯人が昨晩のうちに刈り取っていた物ではなかったのか? だからこそ、空き部屋に雨の吹き込んだ形跡があった、と言う話だったではないか。
数拍遅れで、やっとその疑問を口にする。
「本当は違ったんだ。犯人が薔薇を刈り取ったのは事実だろうが、これはその薔薇とは別の物だったのさ。さっきから引っかかってはいたんだけどな。ペンキがベッタリ付いていたとは言え、あまりにも脆すぎたから」
「ま、待ってくれ、もし本当にそうだとしても──そのプリザーブドフラワーは、いったいどこから出て来たんだ? まさか、犯人が事前に用意していた物とか?」
それは考え辛いはずだ。畔上は偶然犯行に関する物を目撃してしまったが為に殺された可能性が高い。つまり、犯人にとっても予期せぬ殺人だったはずであるから、彼を殺す為の準備をしていたとは思えない。
また、もし初めから本来のターゲット──この場合は山風と言うことになる──の死体に添える為にわざわざ持ち込んでいたのだとしたら、そちらの方に薔薇を遺す物ではないだろうか? 実際には、そんな物脱衣所のどこにもなかったわけで、これは少し不自然に思えるのだが……。
「そうだ。そこが問題だな」
すでに答えを掴んでいるのか、彼は謎な笑みを湛えていた。
「戻りながら話そう。もう一度石毛さんのところに行く必要ができた」
そう言うと、緋村は薔薇を元あった場所に置いた。
──別棟を出た僕たちは、緋村を先頭にして母屋へと戻る。
「あの薔薇はプリザーブドフラワーだった。そして、それを死体の傍に添えたのは、言うまでもなく犯人だ。──であれば、畔上の目撃した亡霊が持っていた物が何だったのかも、自ずと想像が付く。それは、人の生首に見間違えるような形をしていた」
彼が何が言いたいのか、わかるようでわからない。
「お前も目にしているはずだぜ。さっき弥生さんの部屋でな」
「──まさか!」
特大のヒントを得たところで、ようやく僕は彼の思い描いた物に辿り着く。
「あの花束のことを言っているのか⁉︎ 順一さんが錫宮さんに譲ったって言う、あの」
「ああ。少なくとも、俺はそう考えている」
こともなげに言い、彼はドアを開けた。
それに続き中に入る。先ほど目にした写真の中の花束──ラウンドタイプのブーケのような──を思い浮かべながら。
「た、確かに形状を考えれば人の頭のように見えなくもないだろうけど……でも、七年前に作られた物なんだぞ? 仮にここにあるとしても、さすがに生花と間違えることはないんじゃ」
「いや、そうとも限らねえよ。さっき、プリザーブドフラワーは工夫次第じゃ五年以上保つも言ったが、それは日本での話だ。もっと湿気の少ない環境──例えば、発祥の地であるヨーロッパなんかじゃ、十年ほど保つ場合もあるらしい。──錫宮さんが修行していたのはフランスだった」
話しながら、僕たちは靴を脱ぎ屋内に上がった。
ちなみに、僕と緋村が見付けた靴は、袋に入れたまま玄関に置いてあり、今もそこから自分の物を取り出して外に出ていた。
「つまり、石毛さんが持ち帰った『お土産』の中に、あの花束もあったと言うことか?」
「かも知れない。そして、それは実は今この宿舎にあり、石毛さんはそこから一輪抜き取って、死体に添えたんだろう。──もし俺の考えが当たってるのなら、問題はどうして薔薇を遺したのかってことだが……まあ、そこは直接本人に訊けばいい」
彼に続いて僕たちは階段を上り、二階の廊下に出る。日々瀬が一人置いてけぼりを食っている様子だった為、石毛さんの部屋に着くまでの間に、例のプリザーブドフラワーの花束ことを簡単に説明する。
やはり一番関心を惹かれたのは、震災のあった年に咲いた物を花材に作られたと言う点だったようだ。
──そうしているうちに、僕たちは目的の部屋の前に到着した。




