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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第四章:失楽のワンダランド
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街の底②

「話は変わりますが──そもそも、どうして緋村くんはあの日私がK駅まで来ていたことを見抜けたんやろう? どんな思考の果てに答えに辿り着いたんか、全くわからないんですが」

 そう言えば、その辺りのことはまだ僕も聴かされていなかった。確かに興味がある。

「別に、ほとんど当てずっぽうと言うか、運がよかっただけですよ。──実は昨日の呑み会の時に、矢来さんからあるエピソードを教えてもらったんです」

 それは、例の五セントユーロ硬貨の流入だった。

「矢来さん曰く、五セントユーロが紛れ込むとしたら、考えられるのはコンビニか本屋かスタジオか、もしくはK駅前の煙草屋だろう、と言うことでした。──そして、石毛さんは禁煙できなかったことを弥生さんにツッコまれたそうですね。『この間』と言うことは、それは八月一日の話のはずだ。であれば、石毛さんはあの日、本当はK駅まで来ており、駅前の煙草屋で煙草を買っていたのかも知れない。その支払いの際に、間違えて五セントユーロ硬貨を店員に渡してしまい、それが数日経って偶然須和子さんの財布に紛れ込んだ──と言うこともあり得るのではないか、と考えたんです。フランスから帰国した直後であれば、まだ向こうのお金を持っていても不思議ではありませんから」

 ある意味、その話は先ほどの推理以上に衝撃的な物だった。──彼はそんな突飛な()()を推理に組み込んでいたのか。

 いや、おそらく本気で信じていたわけではないだろう。ただ、あの硬貨の流入と言うエピソードが、そう言った可能性も考えられると気付くキッカケになったことは間違いない。

 石毛さんも一瞬喫驚を露わにしたが、直後力が抜けたように苦笑する。

「ホンマ、そないなことよう思い付きますわ。しかも、しれっと正解しとるんやから恐ろしい。やっぱり、本当は持ってはるんやないですか? 神通力」

 冗談を言えるほどリラックスしている、あるいは開き直っていると見るべきか。いずれにせよ、もう抵抗される心配はなさそうだ。

 ──と、安堵しかけた矢先、

「ただね、これだけはどうしても聴いてほしい。私は確かに飛田の事件の犯人です。けれど──()()()()()()()()()()()()()()()()()()。畔上くんや山風さんを殺したのは、()()()()()()()()

 ──瞬間、僕は我が耳を疑った。

 それは緋村も同じらしく、言葉の意味を測りかねたように眉皺を刻み、彼を見返す。

「……どう言う意味です? たった今犯行を認めてくださったばかりではないですか」

「ええ。ですから、宇佐見殺しに関しては私が犯人やと認めます。が、後の二人については私は一切関わっていません。こう言われただけでは信じられないでしょうが、ホンマに私は何もしていないんです」

 先ほどまでとは一転、至って真剣な表情で訴えかける。しかし、彼自身も承知のとおり、ただそう言われただけではいそうですかと信じられるわけがない。

「だいいち、二人とも密室の中で死んではったわけでしょう? 特に、山風さんの場合は──幾ら自殺の可能性を否定できたとしても──状況的に、誰にも犯行は困難やないですか」

 その反論に、緋村はこれまで僕や須和子さんに語った推理を掻い摘んで話した。別棟の密室状態は偶然できた物であり、犯人の真の狙いは山風に全ての罪を着せることだったと言うこと。続く山風殺しの場合は、単純なトリックにより、現場に駆け付けた者であれば誰にでも密室を作ることができたことを。

 話を聞くに従い、見る間に石毛さんの顔に絶望が広がって行く。

「いや、しかし、ホンマに私は何も──そないなトリック、思い付きもしませんでした」

「ですが、普段と違ってこの時期にここを訪れたのは、《GIGS》の合宿に合わせたからではありませんか? それどころか、あなたは順一さんの()()()()()()つもりだったのでは?」

「そ、それは──確かにそのとおりですが……」

「やはり、順一さんは本当に復讐するつもりだったんですね? この注射器や毒薬も、その為にあなたが用意して、彼に渡す予定だった」

 その辺りが、僕には最もややこしく感じられた。

 緋村から話を聴かせてもらった時、僕は注射器や毒薬も錫宮さんが自殺する為に用意していた遺品(もの)かと思ったのだが、それを言うと即否定された。理由は単純で、そんな危険物を海外から持ち帰るなんてできるわけがないからだ、と。

 そして、写真の裏のメッセージや、Yが《GIGS》に所属していると言う情報を石毛さんが掴んでいたこと──本人曰く弥生さんには伝えていないそうだが、順一さんに対しても同じとは限らない──などを考え合わせた結果、順一さんは本当に復讐を画策しており、彼がそれに協力していたとするのが自然だ。──少なくとも、緋村はそう考えたのだとか。

「実際、凶器や遺書は順一さんの手に渡っていましたからね。だからこそ、弥生さんは彼が自殺をしようとしていると勘違いしたわけです。

 ところが、順一さんは復讐を遂げる前に急逝してしまった。それを受けたあなたは、飛田の事件の罪を彼に着せると共に、その意志を継ぎ、復讐を()()したんじゃないですか? ──電話を壊したのも本当は石毛さんだったのでしょう? 順一さんの死が発覚すれば、合宿どころではなくなります。そうなったら、山風に逃げられてしまう──それを防ぐ為に我々を閉じ込めたんですね?」

「ち、違います! あの電話も、私が見た時にはすでに壊れとったんや!」

 どれだけ言葉で否定しようと、無実を証明することは難しい。彼自身そのことに気付いているのだろう。

 そもそも、飛田の事件に関してはすでに犯人であることを白状したているのだ。にもかかわらず、二人の件に関しては言い逃れするつもりだなんて、少々虫がよすぎやしないか?

 それとも、まさか本当に今回の事件には関わっていないとでも……?

「いずれにせよ、飛田の事件の犯人であることは間違いないわけですね? でしたら、ひとまず石毛さんには、警察がやって来るまでの間おとなしくしていてもらいたい」

「も、もちろん、わかっています。逃げも隠れもしませんし、逆上して暴れるつもりもありません。これ以上、弥生ちゃんやみなさんに迷惑をかけるわけには、いきませんから」

 とは言え、このまま自由にさせておくこともできないだろう。それこそ、彼の言葉を鵜呑みにはできないし、人によってはふん縛っておくべきだ言う者もいるかも知れない。

 そう思っていると、石毛さんは徐に鍵を取り出し、緋村に手渡した。

「この部屋の鍵です。外から施錠して私を閉じ込めてくれませんか? みなさんも、殺人鬼を野放しにしとくのは不安でしょう」

 確かに幽閉しておけるのならば、それに越したことはないが……。しかし、ただドアに鍵をかけただけでは、だいぶ心許ない気もした。無理をすれば窓から飛び降りて逃げることもできるわけだし。

 僕はイマイチ石毛さんを信用しきれなかったが、彼は違ったようで、

「……わかりました。では、この鍵は僕が預かっていることにします」

 しばし相手の姿を見つめた(のち)、意外なほどアッサリと、その提案を受け入れた。

 ──そのまま部屋を出て行く流れとなった為、僕は最後に一つ質問をさせてもらうことにする。

「あの、実は順一さんの部屋を調べた時に、これを見付けたんですが──」

 そう言いつつ、僕はズボンのポケットから、例の異国の硬貨を取り出した。

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