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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第四章:失楽のワンダランド
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夜の子供たち①

 その後、弥生さんも含めた僕たちは食堂にて、この合宿三度目となる事件の報告会を行った。関係者らの顔にはさすがに疲れの色が見られ、この異常事態に、もはや膿んで来ているように思えた。それも仕方のないことだろう。今日だけで三人もの人間が亡くなっており、そのうち一つは確実に殺人事件なのだ。昨夜までの楽しい合宿の時間が、最早遠い昔のようである。

「それでは、やはり弥生さんも裏口の鍵を閉めてはいないんですね?」

「え、ええ……」

 山風のことを彼女に説明した後、まっさきに緋村が尋ねたのは、例の裏口のドアのことだった。しかし、ある意味予想どおりと言うべきか、弥生さんも鍵をかけた覚えはないと言う。

 これで、裏口のドアを施錠した人間は誰もいない──いや、自分がしたことだと名乗り出る者がいないことが証明された。つまり、先ほどの緋村の話に照らし合わせれば、やはり事件と関わる「誰か」が存在することになる。

 ──それから、緋村の強い要望により、前回この食堂に集まった後から、山風の死体が発見されるまでの間の、各人の行動を確認する流れとなった。

 まず最初に僕たちが先鋒となり、花壇や外の喫煙所を調べたり、現場検証をしたりしていたことを話した。そして、自然と畔上の部屋へ向かう前に出会った三人へと、水を向ける形となる。

「あの後、私は弥生ちゃんの部屋で少し話をしてから、一度食堂に戻りました。ちようどその時佐古くんたちもおったので、厨房を借りてコーヒーを淹れ、四人で飲みながらしばらく駄弁っとったんです」

 四人の内訳は今話している石毛さんと、佐古さんと湯本と木原さん──ノンフィクション作家+《GIGS》の男性陣とのことだった。

「確か、それが二十二時半頃で、それから三十分くらいしたところで三人が煙草を吸いに行かはったので、私もなんとなくロビーに出たんです。で、『現場検証はどうなっとるんやろう?』って思っとったところへ、緋村くんたちが帰って来て……」

 そこから先は先述のとおりだ。畔上の部屋の調査に立ち会った後、僕たちと別れた彼は、煙草とライターを取りにいったん自室に戻った後、外の喫煙所に向かった。そして、外灯が消えたことに気付いた僕たちに、隠れて煙草を喫んでいるのを発見されたわけだ。

 ──と、ここで緋村が質問を放つ。

「では、その後はどれくらいで母屋に戻られたんですか?」

「そうですねぇ、たぶんみなさんが戻られた二、三分後くらいやったはずです。それで中に入ってから、カップを片付けていないことを思い出して、食堂に行きました。

 それで、片付けを終えた後でロビーに出たところで木原くんと会って、少し立ち話をしてから、二階に上がって部屋に帰りました」

 その後十分ほどして悲鳴が聞こえて来るまで、自室にいたと言う。

 そこで彼の証言は終わり、続いて日々瀬が話す番になる。

「私は自分の部屋に戻ってから、何もしないでしばらくボーッとしてました。でも、だんだん山風さんのことが心配になって来て……それで、散々迷った後、少し様子を見に行ってみることにしたんです。──ドアをノックして声をかけると、山風さんは意外にもすぐドアを開けてくれました。『大丈夫?』って訊いたら、あまり元気はなさそうでしたけど一応『うん』って言ってくれて……。それから、何か書く物は持ってないかと訊かれたので、ちょうどコピバンの歌詞を書く為に持って来ていたルーズリーフを取りに、部屋に引き返しました」

 そして、再び山風の部屋へ向かうと、ドアの前に須和子さんが立っており、ちょうどノックしようとしているところだったと言う。

「それで、今度は一緒に山風さんの元を訪ねて、三人でお話をしました。──その時の山風さんの様子ですか? えっと、だいぶ落ち着いてはいたと思います。……少なくとも、これから自殺をしようとしている風には、見えませんでした」

 彼女の言葉に、須和子さんも沈痛な面持ちで頷いた。普段の明朗さは完全に影を潜め、かなり顔色が悪いように見える。

 休んでいた方がいいのではないか──と心配している間にも、日々瀬の証言は続く。

 ──その後廊下に出て二人で話しているところへ僕たちが現れ、調査に立ち会うことになったのだ。

 そして、畔上の部屋を出た後は、ずっと一人で部屋にいたらしい。

「そう言えば、畔上くんの死体が発見される直前、日々瀬さんはお風呂に入っていたんですよね? であれば、その時はまだ合羽と包丁は棄てられていなかったわけだ」

 緋村の言葉に、彼女はコクコクと頷く。

 それはそうだろう。無論、彼女が入浴するフリをして遺棄した、と考えることもできるが。

「他に何か変わった点はありませんでしたか?」

 彼女はしばし考え込んだ後、「……いえ、特にはなかったと思います」

「と言うことは、当然合羽と包丁はそれ以降に持ち込まれたってことよね? だったら、やっぱりミクちゃんが遺棄したと考えるのが、一番自然なんじゃない?」

 その言葉は緋村に向けられた物らしかった。

 が、彼が「どうでしょうね」としか答えなかった為、そこでその話題は終わってしまう。

 そして、話の流れから、今度は顔色の思わしくない須和子さんに、ターンが回った。

「……次はうちの番か」体を前に傾けたまま、彼女は大義そうに口を開く。「……と、思ったけど、ごめん。少し黙っとってもええかな? なんや、ちょっとシンドいねん。……それに、だいたい葉くんやルナちゃんたちがすでに言ってくれたとおりやから」

「わかりました。気分が優れないようでしたら、部屋に戻って休んでもらっても構いませんが……」

「そう? ──やったら、素直にそうさせてもらうわ。他の人たちには申し訳ないけど、無理しても迷惑かけるだけやろうし……」

 自嘲するように弱々しげな笑みを浮かべた彼女は、思い出したようにこう付け足す。

「一応、これだけは言っておくと、前回の集まりが解散になった後、うちも一旦部屋に戻ったねん。で、ルナちゃんと同じような感じで、ミクちゃんの様子を見に行くことにして、ドアの前に立ったところで、ルナちゃんと()うたわけや」

 以降、彼女はずっと誰かと行動を共にしていた。おそらく、僕と緋村の次に、堅牢なアリバイのある人物と言えよう。

 短い証言を終えた須和子さんは、日々瀬に付き添われ自室へ引き上げて行った。

 食堂の扉が閉まる間際に見たパーカーを着た後ろ姿が、やけに印象深く心に刻まれた。僕はその時、何故か言い知れぬ不安を抱いていたのだ。

 まるで、それが今生の別れとでも言うかのように……。

 そんな不吉な予感を、僕はすぐさま打ち消した。何を弱気になっているんだ。こんなこと本人に話したら、笑われるに違いない。

 あの須和子さんが殺されるはずないじゃないか。根拠も何もあった物ではないが──とにかく僕は自分自身に言い聞かせた。

「では、次は佐古さんたちのお話を伺わせてください」

 鉄のような緋村の声で、意識が現実へと引き戻される。

「ああ。──あの後、俺たちは取り敢えず喫煙所に煙草を吸いに行った。それで、三人とも部屋に戻る気になれへんくて、なんとなく食堂に引き返したら、石毛さんがおって、コーヒーをご馳走になったわけや。

 で、また三十分くらいしてから喫煙所に行った後、二階に上がって、しばらく湯本の部屋でだらだら喋っとったわ。──ああ、その間ずっと三人でおったで」

 結局、佐古さんたちが湯本の部屋を出たのは、僕たちが一階に下りた後だったようだ。

 そこで佐古さんは自室に戻ったが、木原さんは階下に向かったと言う。

「急にあの写真のことが気になって来て、ロビーに行ってみることにしたのよ。それで写真を眺めていたところで、石毛さんが食堂から出て来たってわけ」

 そして立ち話をし──この時、キヨカさんの自殺のことやYについての話を聴いたのである──、二階に上がって行った石毛さんを見送った後、彼は三度(みたび)喫煙所に向かおうとした──のだが。

「そしたら、ちょうど三人が話をしているのが聞こえて来てね。よくないとは思ったけど、少し()()()()させてもらったの。緋村くんの想像力には驚かされたわ。確か、ミクちゃんは利用されていただけで、『殺人犯は別にいる』んだったかしら。──よくあんな捻くれたこと考えられるわね」

 間違いなく嫌味だったのだが、緋村は取り合わなかった。「そんなことはいいから続きを話せ」と言うことだろう。

 しかし木原さんはぐうの音も出ないのだと解釈したのか、余裕のある笑みを湛えたまま、

「その後、三人で女湯の方に行くって話が聞こえたから、あたしはひとまず部屋に戻ろうと引き返したわ。で、階段を上っている途中で、悲鳴が聞こえて来たってわけ」

「その間、誰かに会いませんでしたか?」

「いいえ、誰も見なかったわよ。現場に駆け付けるまでの間もね」

「そうですか……」何か考えていることがあるのか、無味乾燥な声で呟いた彼は、口許に手を当てて黙り込んだ。

 ──その後、湯本と弥生さんにも話を聴いたが、前者は佐古さんの証言と全く同じであり、後者は──石毛さんと話した後は──、ずっと一人で自室にいたと言うことなので、詳しいやり取りは割愛する。

 ちなみに、弥生さんは悲鳴には気付かなかったそうだが、彼女の部屋は浴場から遠い──ロビーを挟んで反対側の位置──為、何ら不自然ではない。

 するとそこで、ちょうど役目を終えた日々瀬が帰って来る。

「どうや、須和子さんの様子は」

 部長の問いに、元どおりの席に着いた彼女は、

「かなり辛そうに見えました。本人は、しばらく休んでいれば大丈夫だと仰っていたんですけど……」

「心配やな。取り敢えず安静にしてもらうしかないやろうが……」

 二人が黙り込むと、今度は入れ替わりに石毛さんが発言した。

「矢来さんのこともそうですし、何より三人も死者が出てしまっています。こうなったら、ただ助けを待っているのではなく、無理にでも下山した方がええかも知れませんね。──確か、山の中を突っ切って行けば、あの遊園地の廃墟に出ることができたはずです。土砂で塞がれとったのは遊園地に入る道より上の地点でしたから、そこから農道に出れば下山できるかと。……無論、そこまでいくのが一苦労でしょうが」

 確かに、このまま何もせずに道が復旧するのを待つよりは、ずっと建設的だろう。──が、それには一つ重大な問題がある。

 靴がない。

「さすがにサンダルやスリッパで山の中を歩くわけにはいかないでしょう。強行突破するか否かは、靴を探してから決めてもええような気がしますけど」

「湯本の言うとおりですね。それに、暗いうちに山にわけ入るのも危険かと思います。雨が降ったばかり足元も不安定しょうから。──ですので、もし靴が見付かった場合は、陽が昇ってから下山することにしませんか? 早朝でしたら、さほど気温の心配をする必要もないでしょうし」

 緋村の意見に反対する者はおらず、もし靴が見付かった場合は、夜が明けきる五時半頃に、助けを求めに向かうこととなった。強行軍には言い出しっぺの石毛さんと緋村、そして佐古さんが名乗りを上げる。

「靴は僕と若庭で探します。どの道これから現場検証を行うつもりでしたから、そのついでにでも」

 これにも誰も異論はないようだったが、

「どうせミクちゃんの部屋から出て来ると思うけどね。彼女が犯行に関わっていたことは確かなんだから」

 挑発的な彼の言葉を受け、緋村は僕にだけ見えるように唇を歪めた。

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