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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第四章:失楽のワンダランド
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夢②

「ですがそれを話す前に、矢来さんと若庭に質問させてください」

 僕たちに? いったい何のことだろう、と少々身構える。

「さっき外の喫煙所から戻って来る時、二人とも()()()()()()()()()()()()()?」

 それは意外な質問だった。須和子さんにしても同じだったらしく、不思議そうな表情で彼を見返している。

 ──ほどなくして、僕たちはほぼ同時に、

「う、うん。うちはかけてへんけど……」

「僕も……」

 正直、あの時は特に気に留めてていなかったが、まあ元から鍵がかかっていなかったのだし、普通はそのまま閉めるだろう。

「そんなこと確かめてどうするんや? 二人が閉めてへんってことは、鍵をかけられるのは山風しかおらんわけやから、いよいよ自殺って話になるやないか」

 湯本の反論はもっとものように思われた──が、しかし。

「それが何よりもおかしいんだよ。もし湯本の言うように、鍵をかけたのが山風さんだったとして、彼女は何故そんなことをする必要があったんだ?」

「何故ってそれは……誰にも自殺を邪魔されない為やないんですか?」と、石毛さんがきき返す。

「邪魔? いったい誰にです? ──裏口のドアに鍵をかけたところで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思いますが」

 その言葉に、誰もがハッと息を呑んだ。確かに彼の言うとおりだ。裏口のドアの鍵は密室状況を作り上げこそすれ、邪魔立てされないようにすることとは、無関係ではないか。

「そもそも、邪魔されずに死にたいのであれば、初めから自分の部屋で首を吊ればこと足りるはずです。──そして、『彼女にとってかける必要のない鍵がかかっていた』と言うことは、それは()()()()()()()だと考えるべきではないでしょうか?」

 これもまた自明の理だ。

「改めて、今度はみなさんに尋ねます。この中に、誰か裏口の鍵をかけた方はいませんか?」

 そう問いかけてから、「ちなみに僕は違います」と付け足す。それはそうだろう。僕たちは彼を先頭にして母屋に戻って来た上、その後もずっと一緒に喫煙所にいたのだ。彼にあの扉を施錠する機会はなかった。

 答える猶予を与えるように、緋村は口を閉ざし、暫時関係者たちの様子を観察していた。──が、結局、名乗り出る者は誰もいなかった。

「……わかりました。念の為、後で弥生さんにも訊いてみようと思います。──が、とにかく、ひとりでに鍵がかかるはずはありませんし、ここに我々以外の人間はいません。つまり、このまま誰も名乗り出ないのであれば、誰かかが嘘を吐いているわけですね。……そして、嘘を吐かざるを得ないと言うことは、その人物は事件に関与している可能性が極めて高い」

「ちょっと待って。緋村くんは大事なことを忘れてないかしら? そもそも、ミクちゃんが降りて来てから死体を発見するまで、三人は喫煙所にいて、誰も廊下を通らなかったのを確認しているんでしょう? だったら、たとえ不自然だろうが何だろうが、鍵をかけることができたのは、ミクちゃんだけなんじゃ」

「そうとも限りません。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけですから」

 確かに、鍵をかけるだけであればそのとおりだが……。

「けど、それじゃあその後は? 犯人はどうやって密室状態から脱出したわけ? ──わかっているとは思うけど、『鍵をかけた状態でドアを思いっきり閉める』って言うトリックは、今回はなしよ? さっき確認したら、裏口のドア枠はすり減っていなかったし、留め具もレの字ではなく真四角のタイプだったからね」

「……ナルホド、それもご存知なんですね」

 その一言と共に寄越された視線を受け、僕は苦々しい思いを噛み締める。彼に順一さんの死の真相を話したことが、露呈してしまった……。

「安心してください。その方法もだいたい見当が付いてます。──が、今は言わないでおきましょう。少し確認したいことがあるので」

「それって時間稼ぎのつもり? 全くもって期待外れだわ。──さっきのロジックはまだまともだと思ったけど、結局のところこの状況を説明できていないじゃない。どうしても事件は終わりじゃないって言うのなら、もっと決定的な証拠を示してもらいたいわね」

「確かに、仰るとおりですね。では、これからそれを見付けて来ることにします」

「……話にならないわね。やっぱり役者不足だったのかしら」

 彼は大袈裟に肩を竦めてみせた。先ほどからわざと過激な言葉を選んでいるようだが、食堂で推理の穴を指摘されたことへの、意趣返しだろうか?

 いずれにせよ、木原さんは自殺説を取り下げる気はないらしい。──とは言え、他殺である可能性は十分に示されたようで、死体発見当初とは明らかに場の空気が変わっていた。

「と、とにかく、まだ油断するには早すぎるようですね。道が通じるようになるまで、無事に過ごせるよう協力し合いましょう」

 石毛さんの言うとおり、大切なのはこれ以上犠牲者を出さないことだ。その為にも現状の整理や情報の共有は不可欠であり、僕たちはこれまでと同じく、一度食堂に集まり話し合うことになった。

 ──そして、遺体を残して脱衣所を後にする間際、気になる出来事が一つあった。

 廊下に向けて踵を返した途端、とある小さな呟き声が耳に入ったのだ。

「……()()()()()

 それは、どうやら日々瀬が零した物だったらしい。

 と、思う間もなく、彼女の後ろ姿は廊下へと消えてしまう。その声を聞いたのは僕だけのようで、自然といつかの「無風」の食卓を思い起こさずにはいられなかった。

 彼女の零したその言葉──異常なまでに無機的な響きを持った呟きには、いったいどのような意味があるのだろうか……?

 僕がそれを知るのは、もう少し後のことだった。

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