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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第三章:亡霊
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左ききのキキ①

「へえ、それはオドロキやな。さっそく聞かせてもらおうやないか。いったい誰が、畔上を殺したのか。そして、どうやって密室だかってのを作り上げたのかを。──わかっとるとは思うが、『被害者の靴を履いて後ろ向きに歩く』って言う、俺でも知っとるようなトリックは無理やで?」

 当然である。死体発見時、畔上のクロックスは別棟の方にあったのだから。

「もちろん。そんなベタなトリック、初めから考えちゃいないわよ。──話をするのは構わないけど、その前に一つ確認したいことがあるの」

 ウエーブした長髪を掻き上げながら、彼はある人物へと視線を流す。

「……ルナちゃん、あなた、畔上くんの遺体が見付かる直前、どこで何をしていたの?」

「えっ──も、もしかして、私を疑ってるんですか⁉︎」

「ううん、そう言うつもりじゃないの。……ただ、答えによっては、ルナちゃんも犯人候補の一人になっちゃうかしら」

 頬に手を当て、意味深げはことを呟く。いったい、木原さんは何を考えているのだろう。

「とにかく、あたしの問いに答えてくれる?」彼は後輩を促す。

 しかし、彼女が答えるよりも先に、

「日々瀬なら、俺と一緒におったわ」

 佐古さんが、平然と言って退けた。これは日々瀬も予想外だったらしい。

「あら、いつの間にそんなに仲良くなったの? 合宿マジックって本当にあるのねぇ」

「そんなんちゃうわ。ただ、風呂の前の廊下でバッタリ会って、少し話をしただけや」

「確かにそうだったようですね。僕も喫煙所に行った時に日々瀬さんとすれ違いましたから」と、緋村が補強する。

 風呂上がりらしき日々瀬とすれ違い、そのまま喫煙所に行くと、佐古さんが先客としていたのだとか。

「せやったな。それで、二人で煙草を吸っとったら、しばらくして裏口から須和子さんが入って来て、畔上が死んどることを知らされたんや」

 その後、彼女に他の者にも伝えてもらいつつ、緋村たちは別棟へ駆け付けるべく、一度玄関へ向かった。

 そして、そこで初めて靴がなくなっていることに気付いたのだ。

「いずれにせよ、これでルナちゃんはアリバイ成立と言うわけね」

 木原さんは満足げな笑みを浮かべる。

 話を聞いているうちに、彼の考えが読めて来た。むしろ、何故まっさきに──それもあの手を直接目にした僕が──気付かなかったのだろうか。自分の迂闊さに嫌気がさすほど、これは単純な計算ではないか。

「確か、須和子さんと若庭くんの話によると、死体を発見する直前、誰かが別棟の陰から手招いていたのよね? そして、その白い手は、確かに()()()()だった。──そうですよね?」

「せ、せやな。あれは間違いなく女の人の手やったわ……」

 須和子さんの答えを聞いた木原さんは、今度はこちらに目で問うて来る。

 僕は、無言のまま頷いた。──そうだ、確かにあれは「女の手」に間違いなかった。

「と言うことは、自ずと手の主は限られて来るわね。すなわち、須和子さんとルナちゃん、弥生さん、そして──ミクちゃんの四人。

 そしてそのうち、若庭くんと一緒に手を目撃した須和子さんはもちろん、ルナちゃんにもアリバイがあることがわかった。と言うことは、残るのは弥生さんとミクちゃんの二人。だけど、弥生さんは──」

「左手の人差し指に、絆創膏をしている……!」

 僕は思わず、大声で彼の言葉を継いでいた。当然ながら注目が集まり、すぐに気恥ずかしくなったが、それでもしばし興奮は治らなかった。

「そう。あたしは夕食の時に気付いたんだけど、弥生さんは左手の人差し指に絆創膏を巻いていた。対して、例の女の手とやらには、そんな物──目印になるような特徴は──なかったんでしょう? だったら、弥生さんも候補から外れることになるわ」

 僕たちが目にした手の人差し指には、断じて絆創膏など巻かれていなかった。左手を突き出して「オイデ、オイデ」していたのだから、そんな物があれば一目でわかったはずである。

「水を差すようやが、それくらいやったら、いくらでも誤魔化せるんやないか? 例えば、その時だけ剥がしておいて、後でもう一度巻き直すとか。人差し指の先の怪我やったら大したモンやないやろうし、須和子さんたちが見逃したとしてもおかしくはないからな」

 佐古さんの指摘はもっともだ。

「仰るとおりね。──と言うわけで、もしよろしければ、指を見せてくださいませんか?」

「え、ええ、構いませんが……」

 言われるがまま、彼女は左手を体の前に掲げる。みな身を乗り出してその人差し指を注視した──が、何もおかしなところはない。ごくわずかに血が滲んでおり、とても巻き直したようには見えなかった。

「巻き直した感じはしないですね」と、湯本が同じことを呟く。佐古さんは「ようわからんな」と、眉をひそめていたが。

「私も絆創膏のことは夕食前に気付きましたが、付け直してはいないと思いますよ」と、石毛さんがフォローする。「それに、そもそもお二人が目にした手って、『幽霊みたいな女の手』やったんですよね? せやったら、本人を前にして言い辛いですが、弥生ちゃんのはいささか()()()()()()と言うか……少なくとも、そんな印象を抱くようには思えんのですが」

 言われてみれば。失礼な話かも知れないが、確かに彼女の手は「亡霊」と言うイメージとはかけ離れている──つまり、あの手よりもふくよかである。

 石毛さんのこの言葉にはよほど説得力があったのか、ひとまず彼女は手の主の容疑から外れることとなった。

「ありがとう、庇ってくれて。丸っこいお陰で助かったわ」と、幼馴染から皮肉を賜った彼は、「健康的って意味やないか」と、さらなるフォローを入れていたが。

「話を戻しますね。──これで、手の主足り得た人物は、たった一人に絞られます。ここにいる女性陣の中で、『オイデ、オイデ』ができたのは彼女だけ。しかも、彼女は今朝食堂に集まって以来、自分の部屋に籠りきりだった。つまり、いつでも犯行に及ぶことができたわけです」

 そうだ。単純に考えて、最も犯人としての資格を有しているのは、彼女じゃないか。

「以上のことを踏まえ、畔上くんを殺し二人を手招いた人物──つまり、この事件の犯人は」

 おそらく、その言葉の後には、彼女の名前が()()()()()()()のだろう。しかし、彼がそうするよりも先に、キイィーと言う甲高い音が室内に鳴り響いた。

 誰かが、食堂のドアを開けたのだ。

 不意を突かれた僕たちは、一斉にそちらを振り返る。

 果たして、幽鬼の如き佇まいでそこに立っていたのは、今まさに俎上(そじょう)に乗せられようとしていた人物だった。

「……殺されたんですか? ……畔上くん……」

 異様なまでに抑揚の乏しい声で、山風未来は誰にともなく問うた。

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