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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第三章:亡霊
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脳②

 その後、ロクな成果もないまま探索を切り上げた僕たちは、例により食堂に集まっていた。第二の──いや、真の第一の事件について、報告する為だ。

 今回もまた山風の姿が見えなかったが、あまりに急なことで、まだ誰も彼女に声をかけていないらしい。そして、そのことを気にする者もおらず、話し合いはすぐさま開始される。

 進行役は、自然と緋村が務めることになった。

「畔上くんの死因は、左胸を刃物で刺されたことによる失血死のようです。遺体にペンキがぶちまけられていた為、一見わかり辛かったのですが、左胸に血が滲んでいたのと、周囲にも血痕が見られました。

 また、血はすでに完全に乾いており、このことから、彼が殺害されてからそれなりに時間が経過しているものと思われます」

 おそらく、そのとおりなのだろう。素人の診立てだし戸口から眺めた程度だから当てになるかは不明だが、畔上の死体は、「死後間もなく」と言った感じではなかった。

「また、別棟の周囲に怪しい足跡は見当たりませんでした。現場である『練習室1』の窓の方にも回り込んで調べましたが、そちら側にも足跡はなく、そもそも内側から鍵がかかっていた為、そこからの逃走は不可能でしょう」

「と言うことは、今回も密室ってわけやね……」

 頬杖を突いた須和子さんが、いつになく萎んだ声で呟く。他の《GIGS》の面々も同様で、程度の違いはあれど、みな消沈している様子だった。順一さんの時とは違い、彼らにとってごく身近な人間の命が奪われたのだから、当然か。

「そうなりますね。しかし、その辺りに関しては今は措いておくとして……先ほど弥生さんに話を伺ったところ、厨房にあった包丁が一本なくなっていたそうです。おそらく、犯行に使われた凶器はこれかと」

 どうやら食堂に集まる直前に、彼女から話を聴いていたらしい。弥生さんの説明によると、十七時頃、夕食の準備を始めた際に、包丁が一本足りないのとに気付いたのだと言う。しかし、その時はまだ返却されていないだけだろうと思い、大して気に留めなかったのだとか。と言うのも、その包丁はスイカを切りわける為に貸していた物だったからだ。

「あの時すぐに誰かに相談していれば、未然に事件を防ぐことができたのかも知れません……」と、弥生さんは責任を感じている様子だったが、誰も彼女を責める者はいなかった。当然だ。悪いのは犯人なのだから。

「こちらこそ、何も言わずに返してしまったので……。一言声をかければよかったです」

 今度は沈んだ声で日々瀬が言う。借りていた包丁と塩は、彼女が一人で返しに行ったのだ。その際、返すフリをして密かにキープしておくことも当然可能だっただろう。

 とは言っても、厨房には常に人がいたわけではない──それどころか、弥生さんが自室で休んでいた関係で、今日は無人の時間帯の方が多かった──のだから、包丁を盗む機会は誰にでもあったのだが。

「ところで、あれだけ血が飛び散っていたんですから、当然犯人は返り血を浴びとったはずですよね? あるいは、どうにかして体にかかるんを防いだんか……?」

 腕組みをした湯本が、誰にともなく尋ねる。

「それやったら、()()を使ったんやないですか? 確か、あの倉庫にしまってあったはずですから。──そうやんな?」

「え、ええ、ビニール合羽が一着あったと思うけど」

 幼馴染の言葉に、弥生さんは頷き返す。

 つまり、返り血を防ぐのにお誂え向きの物が、現場のすぐ(そば)にあったわけか。

 しかし、犯人は何故合羽を持ち去ったのだろう? 包丁にしてもそうだが、そのまま放置しておいても不自然なことはないし、むしろ血塗れの合羽なんて持っているところを見付かってしまったら一発でアウトだ。

 ──まさか、まだ誰かを殺す為に、手元に残しているのか?

「いずれにせよ、今重要なのは、土砂が撤去されるまでの間いかに安全を確保するかです。あるいは、山の中を強行突破して助けを呼びに行くか……」

「せやったら、やっぱり誰が犯人なのか自分たちで突き止めるべきやないか? 畔上を殺した人間がこの中におるのは、間違いないんやから」

 まるで犯人に向けて挑発するように、湯本が言った。今回も、彼は内部犯説を推しているようだ。

 そして、あまり考えたくはないが──その可能性が最も高いことは否定できない。

「犯人を吊るし上げて、身の安全を確保するってことか? まるで推理小説みたいな展開やな」

「俺は本気で言ってるんすよ、佐古さん。我々の知らない第三者の犯行やなんて、到底考えられませんからね」

「……まあ、何だってええけどな。俺は殺してへんし。──けど、どうやって犯人を突き止めるつもりや? 手始めに、お互いのアリバイでも調べてみるか?」

 佐古さんの口調は、それでも半分は冗談のようだった。しかし、明らかに座の緊張感が増すのがわかる。

 誰も──内部犯説を持ち出した湯本ですら、彼の言葉に応じかねているようだった。

 すると、ある声が沈黙を破る。

「……ちょっと待って。わざわざそんなことをしなくても、この場合、()()()()()()なんじゃない?」

 それは、木原さんが発した物だった。脚を組み深々と椅子にもたれた彼は、やけに落ち着いているように見えた。その態度も気になるが、そんなことよりも、先ほどの発言はいったい……。

「どう言う意味や、哲郎。まさか、犯人がわかったのか?」

「ええ。それも、至極単純な推理でね」

 衝撃的な発言である。まだ手がかりらしい手がかりは何も得られていないと思っていたが、すでに犯人の目星が付いているとは。しかも、その表情を見る限り、自分の推理に相当自信を持っているらしい。

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