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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第三章:亡霊
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トレモロ②

 その日の夜──二十一時を過ぎた頃。

 僕はまたしても、屋外の喫煙所にいた。しかし、今回は緋村や須和子さんに付き合っているのではなく、木原さんのお供である。風呂から上がった後、廊下で偶然出くわし、誘われるがままに一緒に外に出たのだ。

 自分でも、不思議な組み合わせだと思う。

「晴れてよかったわぁ。雲もないし、やっぱり山の上だと星が綺麗ねぇ」

 うまそうに紫煙を吐き出しつつ、彼は夜空を見上げていた。確かに、普段下界で目にする物とは比較にならないほど、星の光で溢れている。何億光年もの過去にあるそれが、何物にも阻まれず降り注ぐかのように。

「晴れてよかった」とあるとおり、スイカ割りを終えしばらくした後、再び天候が崩れ、雨が降り出した。それからすぐ本降りとなったのだが、夕食が終わった十九時頃にはどうにか止み、今はご覧のとおり雲一つない。

 ──それにしても、何故木原さんは僕に声をかけたのだろう? もしくは単なる気まぐれで、特に意味はないのか?

 そんなことを考えながら、煙草を咥え直す横顔を盗み見る。生温く、あまり心地よいとは言えない風が、僕らの髪を撫でて行った。

「若庭くんも好きなんですってね、推理小説。須和子さんから聞いたわよ。『匣の中の失楽』を奢ってもらったんでしょう?」

 不意に発せられた問いに戸惑いつつ、「はい」と頷く。

「あたしも結構好きなのよ。と言っても、大学に入ってからの趣味──須和子さんの影響なんだけどね。ルナちゃんの方が、よっぽど詳しいだろうし」

「やっぱり、日々瀬もそうなんですね」

「ええ。類は友を呼ぶって奴かしら。これじゃ、何のサークルだかわからないわね」

 苦笑した彼は、灰を落としつつ話題を変える──いや、本題に入ったと言うべきだろうか。

「そう言えば、あの後──今朝食堂で緋村くんの話を聞いた後、二人とも弥生さんの部屋に行っていたそうじゃない。湯本くんから聞いたわよ? ──あの時、何の話をしていたの?」

 どうやら、それを訊く為に僕を喫煙所に誘ったようだ。答えていいものか迷っていると、木原さんは至って穏やかな声音で、

「オーナーさん、本当は自殺じゃなかったんじゃない?」

「えっ──どうしてですか?」

「だって、やっぱり不自然でしょ? いくら他殺に見せかける為だとは言え、自らの胸にナイフの刃を打ち込むだなんて。そんなこと、うまくできるものかしら? ──それに、鍵が本に挟まったままって言うのも妙だと思わない? 緋村くんはたまたまって言っていたけど、そんな偶然あり得ないわよ。

 しかも、自殺説を採った根拠も、『現場が密室だったから』ってだけだし、なんだか言い包められた気がして……」

 言っていることは間違っていないどころか、どれも当然の意見だった。これ以上、隠し通すのは難しそうだ。

 仕方ないので、「くれぐれも内密に」と言う約束の元、僕は緋村の辿り着いた「本当の真相」について彼に話した。順一さんの実際の死因は心筋梗塞か何かで、それを修正する為に、弥生さんたちが細工をしたこと。密室は単純なトリックによって作られたこと。そして、今朝石毛さんたちが通報しようとした時には、すでに電話が壊されていたと言うことを。

「なるほど、そんなことがあったのね……。──わかったわ、誰にも言わないことにする。もちろん、電話の件も。余計な混乱を招くだけだろうから」

 物わかりのいい返事で、ひとまず安堵する。

 ちょうどいい機会ではあるし、こちらからも気になっていたことを尋ねてみることにした。

「あの、山風のことなんですけど。彼女って、本当は……」

「ミクちゃん? ──ああ、もしかして年齢(とし)のこと? ビックリよね、本当は須和子さんとタメだなんて。全然そうは見えないし」

「じゃあ、みなさんご存知なんですね?」

「ええ、みんな知ってるはずよ。入部して割とすぐに、カミングアウトしてたから」

 そうだったのか。新事実だと思っていたから、正直意外だ。

「そう言えば、あの()たちずっと引き籠ったままだけど、大丈夫かしら。特に、畔上くんは今朝から具合悪いみたいだったし」

 曰く「亡霊」を目にしたと言う彼は、結局夕食にも姿を見せなかった。山風も同様で、仕方がないので緋村と一緒に食事をデリバリーしたのだ。

 山風の方は「部屋の外に置いておいてください」と返事があったのだが、畔上からは何のレスポンスもなく、仕方がないのでそのままドアの外に残しておくことにした。

 ──しかし、亡霊──のような物──を見てしまったと言うだけで、そこまで食欲が失せるものだろうか? よくよく考えてみると、少々不自然な気がして来た。

「彼って……多分だけど、須和子さんに惚れてるわよね?」

 突然放たれた問いに、少々面喰らう。しかし、畔上が彼女に気があることは、火を見るよりも明らかであり、僕は頷きかえす。

「多分どころか、絶対にそうだと思います」

「そりゃあそうよねぇ。めちゃくちゃわかりやすいものねぇ。まったく、困っちゃうわ。──ライバルが多くて」

「え?」ライバル? それは、要するに……。

 僕は、彼が以前「ノーマルだから」と言っていたことを思い出す。

 こちらの困惑を見透かしたように、木原さんは意味ありげに笑い、スッカリ短くなっていた煙草を揉み消した。

 それから、母屋の方に視線を戻し、

「おっと、噂をすればって奴ね」

 その言葉に吊られてそちらを見ると、玄関のドアを開けて、須和子さんが現れた。彼女は胸の前で小さく手を上げ、こちらに歩いて来る。服装は今朝から変わらないが、首からタオルを下げており、少し髪が湿っている辺り、彼女も風呂上がりのようだ。

「よっ、お二人さん。珍しい組み合わせやな。何話しとったん?」

「『類は友を呼ぶ』って話ですよ」

 はぐらかすようにそう答えると、「じゃ、あたしは先に戻りますね」と言って、木原さんは母屋へ戻って行った。

「『類は友を呼ぶ』? どう言う意味やろ?」

「えっと……ほら、《GIGS》ってミステリ好きが多いじゃないですか。そのことですよ、きっと」

「ああ、確かに」と、一応納得した様子だった。

「須和子さんこそ、どうしたんですか?」

「ん? 別に? 二人がおったから、うちもこっちで吸おうかなって。──と言うわけで、同志よ、もちろん付き合ってくれるやんな?」

 大してやることもなかった為、苦笑いで了承する。

 そのせいで、第二の死体を発見することになるとも知らずに。

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