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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第二章:虚無への旅立ち
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Telecastic fake show②

 悪夢から醒めきらぬような気分のまま、僕は昼食の片付けを手伝う為に腰を上げた。他の者もしばらくの間、何をするでもなく食堂に残っていたが、次第に呪縛から解かれたように、一人、二人と席を立つ。

 ──本当に、緋村の推理が正しいのだろうか? あんな方法で自殺するなんて、果たしてあり得るのか?

 空になった皿を重ねながら、僕は未だに疑念を振り払えずにいた。

 対して、異様な「真相」を語った当の本人は、何事もなかったかのようにテキパキと働いている。その顔からは全く考えが読み取れず、人の形をした機械のように思えた。

「──ミクちゃんたち、どうしとんのかなぁ?」

「確かに心配ですね。朝も食べていませんし……」

 食堂を出て行く須和子さんと日々瀬の会話を、鼓膜が拾う。そう言えば、山風が出て来なかったのはある意味自然だと思うが、畔上は本当にどうしたのだろう? 気が弱そうな感じではあったが、順一さんの死にそこまでショックを受けたのか。──僕や緋村と違って、彼にとっては全くの他人と言えるのに?

 そんなことが気になり始め、余計に手付きが覚束なくなって来た。

 ──と、その時である。

 僕はある奇妙な感覚に襲われ、皿を取り落としてしまった。

 まるで、脳裏に電光が迸ったとでも言えばいいのだろうか。瞬間、シビレたように体が硬直する。

 そして、頭蓋骨のスクリーンに、事件発覚からこれまで出来事が走馬灯の如く再生され、やがてあることを僕に確信させた。

 ──やっぱり、()()()()。あの時は余裕がなさすぎて気にしていなかったが、今思うとアレは明らかに妙だ。

 ──()()()()()んだ。それ以外に、考えられないじゃないか。

 ヒントとなったのは、先ほどの須和子さんたちのやり取りだった。

「おい、何してんだ。危ねえじゃねえか」

 咎める緋村の声で、ハッと我に返る。先ほど床に落とした皿が割れていたらしい。そんなことにすら気付けないほど衝撃を受けていたのか。

 いつの間にか近くに立っていた彼は、「仕方ねえな」と言って厨房の方へ向かいかける。掃除道具を取りに行くつもりなのだろう。

 その背中を、僕は慌てて呼び止めた。

「緋村! ……き、気が付いたことがあるんだ。順一さんは、自殺なんてしていない。やっぱり、彼の死は他殺だったんだ!」

「あん?」足を止めた彼は、肩越しにこちらを振り向く。

「犯人が、わかったかも知れない……」

「……そうか。そりゃあよかったな。──取り敢えず、箒と塵取りを借りて来るから、そのままにしとけよ」

「待ってくれ。僕はまじめに言ってるんだ。明らかに、おかしなことがあって」

「……密室の謎はどうなる? 犯人がどんなトリックを使ったのか、わかったのか?」

「そ、それは──まだだけど……」

 加えて言うなら、動機も皆目見当が付かない。僕が気付いたのは「おかしな言動を取った人がいた」と言う程度のことに過ぎない。

 もしかしたら、大した発見ではないのではないか──考えているうちに、次第に自信が揺らいで来た。

 ──すると、緋村は体ごとこちらに向き直り、

「一つ、確認してえことがある。……湯本が泊まってるのって、確か()()()()()()()()だったよな?」

 突然妙なことを尋ねて来た。

 そんなことを訊いて何か意味があるのかと訝りながら、「そうだけど?」と返す。やはり考えの読み取れない顔をして彼は黙り込んでしまったが、その昏い黒目の奥には、幽かに閃きの光が見て取れた。

 まるで、脳細胞の中を駆け回るインパルスを、可視化したかのように。

「……やっぱり、直接犯人に話を聴くのが、一番手取り早いか」

「え? ──でも、君は自殺説を採ったんじゃ」

「ああ、あれは()()()()だよ。あんな珍妙な自殺の仕方、あって堪るか」

 あんなにそれらしく語っていたクセに、呆れるほど簡単に否定してくれる。

 果たして、彼は今度こそ真実に辿り着いたのか──それともまたしてもいい加減なトンチ話で煙に巻く気なのか……。僕は半信半疑のまま、彼の姿を見返していた。


 ※


 緋村は、ある人の部屋のドアをノックした。

「はいはい、どないしましたか?」

 そう言って僕たちを出迎えてくれたのは、石毛さんだった。

「少し、お話したいことがあるのですが、お時間大丈夫ですか?」

「お話? 大丈夫やと思いますけど──どうや、弥生ちゃん」

 彼は室内に尋ねる。

「ええ、構いませんよ。どうぞ、お入りください」

 礼を述べつつ、僕たちは入室する。

 ──この部屋の(あるじ)は、彼女だった。僕たちが用があったのは石毛さんではなく、弥生さんの方だ。

「じゃあ、私は席を外しますので」

「いえ、石毛さんもいてください。その方が、スムーズに行くでしょうから」

 退出しかけた彼を、緋村は引き留めた。振り返った石毛さんは、意外そうな表情で相手を見返したが、やがてノブから手を離す。

 室内には最低限の調度品しかなく、ベッドや箪笥の他には、円卓とスツール、それと向かい合う形でもう一つ、こちらは背もたれのある脚の細い椅子が置かれているくらいだ。

 だからこそ、()()()()はすぐに目に付いた。

 真正面の出窓に鎮座するそれを見て、僕は瞬時に身を硬直させた。まるで視覚のみならず五感の全てがそこに吸い寄せられるかのような──

 僕が釘付けとなったのは、縦長のクリアケースの中で咲く、()()()()だった。レースのカーテンを背に、十センチ近い大輪の花を堂々と見せ付けるその姿は、否が応でも、例の奇書の装丁を想起させる。

 青い薔薇と言うのは自然界には存在しないそうだから、もちろん造花か何かなのだろう。しかし、一見してそうとは思えないほど、その青さは瑞々しく、鮮やかであった。

 ──匣の中の青薔薇。

 それがこの部屋にあること自体が、何かしら暗示めいて感じられた。

「すみません、座る場所が足りなくて。椅子はお二人が使ってください」

 スツールの方に腰かけていた弥生さんが腰を浮かせかけた──ところで、ようやく僕の意識は現実に戻って来た。

「お構いなく。僕たちは立ったままで大丈夫ですので」硬い声音で辞退する緋村。すぐに本題に入りたいのだろう。

「はあ、そうですか……。──それで、お話と言うのは……」

「今朝の事件のことです。先ほど僕が食堂で語った内容を、撤回しに来ました」

「と言うと──兄は自殺したのではなかったと、そう仰るのですか?」

「ええ」

 彼が言下に首肯すると、その瞬間俄かに、弥生さんの顔色が悪くなったように見えた。

 ──やはり、僕たちが辿り着いた真相(こたえ)は、間違っていないらしい。

「しかし、それでは──現場が密室やったことの説明が付かないんやなかったですか? 先ほどの緋村くんの話やと、密室状態その物が、自殺と考えられる根拠なんでしょう?」

 困惑した様子で、石毛さんが疑問を口にする。

 しかし、緋村はやはり涼しい顔──と言うか完全な無表情で、

「確かに、そう言いました。──が、実際は密室など問題ではなかったんです。あんな物、とても単純なトリックで作れるんですから」

「ほう、そこまで言うんやったら、教えてもらいましょうか。犯人は、いったいどうやって、現場を密室にしたのか。──いや、できればそれだけやのうて、理由もお願いしたいですね。自殺や事故に見せかける気もなしに密室にした、その理由を」

「……もちろん、初めからそのつもりですので、ご安心ください」

 どこか挑発的な口調の石毛さんに、緋村は少しも動じない。二人の視線が暫時交差し、目に見えぬ火花を散らしているように思えた。

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