Telecastic fake show①
「……二つ、疑問があるんやけど、ええかな」
頬杖を突いたまま、須和子さんが発する。緋村が促すと、彼女は神妙な面持ちのまま、
「一つ目は、『虚無への供物』に挟まっていた鍵のことや。もし緋村くんの言ったとおりやとしたら、オーナーさんは予め部屋の鍵を挟んでおいた上で、ハンマー代わりに使ったってことやんな? けど、それやったら、あんなにシッカリ挟まったままになるとは思えんのやけど。
それと、もう一つ。──そもそも、オーナーさんは何の目的があってそんな、ややこしい自殺の仕方をしたんや? 他殺に見せかける理由がわからへんわ」
「どちらももっともな疑問ですね。──一つ目からいきましょう。これはズバリ、ただの偶然だと思います。たまたま、床に落ちても挟まったままだった、と言うわけです」
なんとも肩透かしと言うか、気の抜ける答えである。もはや清々しさすら感じるほどだ。
「おそらく、順一さんにとって鍵が挟まったままかどうかは、問題ではなかったのではないでしょうか。つまり、この本と鍵が自分の傍にあればそれでよかった。重要なのは、『密室殺人』と言うことを印象付けることだったんです」
「なんや釈然とせんけど──まあ、ええわ。それで? 二つ目の問いにも答えてくれるんやろうな?」
「もちろんです。──と、その前に、これは、俺と若庭と石毛さんは知っていることですが、実は事件の前と後で、ロビーに飾ってあった写真が入れ替えられていました。元々飾られていた方にはキヨカさん──順一さんの娘さんが写っていましたが、今朝確認したところ、不思議なことに写真からその姿が消えていたのです。まるで、彼女だけが、ひとりでに抜け出したかのように。──要するに、誰かがキヨカさんだけ写っていない別の写真にすり替えたと言うわけですね。
そして、残されていた方の写真がこれです」
緋村は、これまた事前に持って来ていた例の写真を、ヒラヒラとさせる。
かと思うと、それを裏返し、
「先ほど調べてみたところ、裏にこんな文章が書かれていました」
彼がテーブルに置いた写真の裏面を、みな腰を浮かせて覗き込む。
「こ、これは……確かに、順さんの文字で間違いなさそうです。ねえ、弥生ちゃん」
「え、ええ。──でも、どうして兄さんはこないな物を」
「おそらく、ここに書かれていることが、順一さんの目的だったのかと思います。彼は──復讐の為に、他殺に見せかけた自殺を実行したのです」
──復讐。確かに、あの文章にはそう書かれていた。自分自身の命が「供物」なのだ、とも。
「弥生さんは、こう仰っていました。……順一さんは、キヨカさんを自殺に追いやったかつてのクラスメイトと、そして彼女の苦悩に気付くことのできなかった自分自身を、恨んでいた、と。──おそらく、順一さんはクラスメイトたちへのメッセージとして、そして、同時に自分への罰として、他殺に見える方法で自殺したのです。謂わば、『お前たちがしたことは殺人と変わらない』と言うことを、自らの命と引き換えに、伝えようとしたのでしょう。──それが、順一さんにとっての『復讐』だったのです」
そこまで一気に話しきると、彼はふうと息をついた。
異常なロジックだ。自分自身もターゲットに含めた復讐だなんて……。
僕は、緋村の推理をどう受け止めてよいかわからず、しばし呆然としていた。他の関係者たちもそうらしく、食堂内に重苦しい沈黙が降り立つ。
緋村は疲れたように、深々と椅子にもたれ、わずかに俯いた。誰も身動ぎ一つせず、まるでみな魔法が解け、命を持たぬ人形に戻ってしまったかのようだ。
特に、ただでさえ生白い肌を持つ緋村は、マネキンじみて見えた。
──ややあって、ある声が沈黙を破る。
それは、他ならぬ僕自身の物だった。
「……根拠は、何なんだ? 何故、君はそんな結論に至った?」
「何故って、そりゃあ──現場が密室だったからだよ。ドアも窓も施錠されていて、部屋の鍵は内側にあった。これだけ揃っていれば、自殺だと断ずるには十分だと思わねえか? トリックなんて、わざわざ考える必要なかったのさ」
昏い瞳だけでこちらを見上げ、彼は身も蓋もない答えを寄越す。現実的に考えれば間違ってはいないのかも知れないが、かと言ってスンナリ呑み込める話ではない。
「けど、そんなこと──密室なんて、僕たちが気付いていないだけで、何か方法があるのかも知れないじゃないか。それに、他殺に見せかけるトリックに関しても納得がいかない。穿った考え方をすれば、『他殺に見せかけた自殺』に見えるように、犯人が細工したのかも知れないじゃないか」
「……やけに食い下がるな。お前、もしかして何か見付けたのか? 犯人を示す証拠を」
まるで、僕が異国の硬貨を隠したことを見透かすかのように、冷然とした視線が突き刺さる。僕は、咄嗟に目を逸らし──
「いや、そう言うわけじゃ……」と、シドロモドロに答えるしかなかった。
「……なら、そろそろシメに入りましょうか」
音を立てずに両の掌を打ち合わせ、素人探偵はそう告げた。
「弥生さんの話によると、順一さんは事前に遺書を用意していたらしいです。しかし、そちらは弥生さんに処分されてしまい、だからこそ、入れ替えた写真の裏に例のメッセージを残したのでしょう。
ちなみに、電話を壊したのも、おそらく順一さんです。土砂崩れのことを知った彼は、連絡手段を絶つことにより、すぐに警察が来られないようにしたんですね。そうすることで、少しでも長く自分の死を他殺にカモフラージュする目的があった。──以上が、僕の考えた『真相』です。他に何か、質問は?」
緋村は座を見渡したが、それ以上誰も言葉を発することはなかった。僕たちは、彼の語った「真相」を、受け入れたのだ。釈然としないことだらけだが──まるで、ゲームのバッドエンディングを見ているかのような──、「犯人はいない」と言うのは、ある意味最も平和的な結論である。第二の事件が起こる心配もないし、何より疑心暗鬼にならずに済むのだから。
──この場が解散となる直前、弥生さんが深々と頭を下げて謝罪を述べた。「兄の身勝手な行動で、多大なる迷惑をかけてしまい申し訳ございません」と恐縮する彼女を、責める者など誰もいなかったが。
かくして、砂鉄を呑み下したような後味の悪さを残し、事件は幕を閉じた。
──ひとまずは。