SAPPUKEI
そこは、四畳半ほどの広さしかない狭い和室だった。薄暗い照明の下、部屋の真ん中には、安っぽい生地の布団が一組だけ敷かれている。他にあるのは小さなテーブルと荷物入れらしき籠のみ。
独特の甘ったるい芳香がムンムンと満ちたここは、ある特殊な接客を行う為だけの空間──謂わゆる「ちょんの間」と呼ばれるシロモノだった。
「お時間どう致します? うちは、十五分一万一千円からなんですけどぉ」
扇情的な衣装を纏った若い女は、微笑みを浮かべたまま小首を傾げる。
対して、季節外れの黒いジャケットを着込んだその客は、黙したまま布団の手前に佇立していた。嵐の前の静けさを思わせるような、不気味な「無音」だ。
返事がないことを訝ったのか、女の顔付きがわずかに強張る。
──が、やがて、客は何も言わずに上着に手を入れ、二枚の紙幣を取り出した。
「十五分ですね、ありがとうございます。──では、飲み物をお持ちしますから、寛いで待っとってくださいね」
料金を受け取った彼女は、気を取り直すように言って、そそくさと部屋から出て行こうとした。
襖を開け、狭い廊下に出る──その間際。
注射器の針が、獰猛な毒蜂のように飛来し、柔らかな素肌へと突き刺さった。
「──えっ?」
小さく喫驚の声を漏らした彼女は、自らの首筋に食い付いたそれに目を向けた。と、その時にはすでに、その人物の親指が押子を押しており、管の中の透明な液体が見る間に、女の皮膚の内側へと注ぎ込まれていた。
そして、針が抜けるとほぼ同時に、彼女は倒れ込む。殺人犯の腕がその体を支え、部屋の中に引き入れた。
直後──パタリと、戸が閉まる。
二〇一八年八月一日、日本有数の花街の一角──とある妓楼の一室で、一人の女性が殺害された。
しかも、これは単なる殺しではなく──
現実に起きた密室殺人だと言うことを、僕たちはすぐに知ることとなる。