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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第二章:虚無への旅立ち
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Transition period①

「僕が考えたのはある意味王道の、糸を使うトリックです。用意するのは、長さの違う二本の糸だけ。

 まず、そのうちの短い方を鍵に通して、両端をまとめて持ったまま、鍵の頭にクルクルと巻きます。この状態で鍵を挿し、ドアの下に糸を通して廊下に出れば、あとはそれを引っ張るだけで、外から鍵をかけられます。ここの鍵にはお誂え向きに頭に穴がありますからね。プラバンのキーホルダーと一緒に、糸をそこに通したわけです。──あ、ちなみに『短い』とは言っても、一メートルくらいあると思ってください」

「なるほど、なんかそれっぽいやん。──で? 鍵はかけられたとして、どうやってそれを部屋の中──それも、『虚無への供物』のページの間──に、戻すんや?」

「そこで、もう一本の長い方の糸を使うんです。──最初に短い方を鍵に付ける時に、一緒にこっちも穴に通しておきます。で、外から鍵をかけ、短い糸を回収した後、長い方を引っ張ったわけですね。

 では、その鍵を部屋の中──『虚無への供物』に送り込むには、どうすればいいか……」

 僕はそこでわざと間を持たせる。後になって思うと気恥ずかしいが、この時は少なからず、自分の推理に自信があったのだ。

「──ドアの下の隙間から糸を引くとして、室内に()()()()()()()()()()が、必要になります」

「……なるほどね。つまり、犯人は()()()使()()()って言いたいんだな?」

 と、カンジンなところを先に言われてしまった。仕方なく、僕は緋村に頷き返す。

「死体を? それじゃあ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことなん?」

「はい。つまり、長い方の糸は死体の周りを這わせてから、ドアの下を通したわけです。そうすれば、廊下から糸を引くだけで、鍵は鍵穴から抜け、部屋の中に送り込むことができますね。

 そして、鍵が『虚無への供物』の間に挟まっていたのも、同じ理由からでしょう。おそらく、犯人は何度かこのトリックを実験しているうちに、死体だけではうまく鍵を戻せないことに気付いた。そこで、犯人は鍵と糸の動きを()()する為に、分厚い本の間を通すことにしたんです」

 かくして、密室は造られた──と言うのが、一応僕にとっては渾身のトリックだった。

 言い終えてから、座の様子を窺う。なかなか反応が返って来ず、多少得意げだった気持ちが、次第に萎んで行った。もしかしたら、自分は的外れなことを言ってしまったのではないかと……。

 ──やがて、須和子さんが気を遣うような口調で、

「うちのよりかは、ちゃんとしたトリックやったな。──けど、それやと、鍵は本の間に入るんやなくて、その手前で落ちるんやない?」

 ──言われてみれば。

「でも、たまたましっかり挟まったって可能性もあるわけですし……」

 自分でも、かなり苦しいことを言っているのはわかった。しかし、一度思い付いたアイデアと言うのは、なかなか手放せはいものだ。

「あと、打掛錠が下りてたのはどう説明するんや?」

「あっ──じゃあ、そっちも糸を使ってドアの下の隙間から引っ張ったってことで。一本追加してください」

 さすがにいい加減すぎたのか、先輩からは「居酒屋やないんやから」とツッコミが入る。

 すると、それまで黙っていた日々瀬が、オズオズと口を開き、

「あ、あの、そもそもなんですけど……あの部屋のドアって、()()()()()()()()()ような……」

「──え?」

 もしそうだとしたら、僕のトリックは一発で瓦解することになる。

「で、でも、客室のほうはちゃんとドアの下に隙間があるんだし、順一さんの部屋も同じなんじゃ」

 現に、今いるこの部屋のドアもそうなっていた。

 が、しかし、緋村が容赦なく望みを絶って来る。

「いや、彼女の言うとおり、そんな物はなかったよ。ついでに言うと、弥生さんの部屋にもな。──確かに、客室の方のドアには下に隙間がある。新聞とか差し込む為の空間がな。けど、管理人の部屋にそれは不要だ。差し込む側なんだから」

「じゃあ、僕の考えた密室トリックは……」

「無理だろうな。残念ながら」

 それなりに自信があったのだが──見事に玉砕してしまった。

「まあ、発想は面白かったぜ。死体をトリックに組み込むところなんかはな」

 偉そうな言い方に、多少ムッとなる。僕はちょっとした仕返しのつもりで、

「じゃあ、君の考えは? その灰色の脳細胞で、どんな推理を巡らせていたのか、教えてくれよ」

「なんだ、不貞腐れてんのか? ──いいけど、俺のはめちゃくちゃ単純な話だからな。しかも、実は()()()()()()()()んだ。あまり期待せずに聞けよ?」

 そう前置きをした彼は、考えをまとめるかのように、持ち札をシャッフルした。

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