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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第二章:虚無への旅立ち
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水色革命②

「なあ、緋村くん。なんでさっきは、あのこと言わんかったん?」

「あのこと、ですか?」

「せやから、現場が密室やったって話。わざとせんかったんやろ?」

 言いながら、須和子さんは緋村の手札から一枚選び引き抜いた。数字が合ったらしく、「よっしゃ来たわ」と小さく喜んで手札を二枚捨てる。

 ──朝食とその後片付けを終えた僕たちは、須和子さんの部屋に招かれ、暢気にババ抜きをしていた。残る一人の面子は、隣室に泊まっている日々瀬である。

「はい。余計な混乱を招き兼ねないと思いましたので」

 答えつつ、彼は須和子さんの手札から一枚選び引く。こちらはハズレらしく、眉間に皺を寄せて持ち札を睨んでいた。

 日々瀬と僕はすでに上がっており、今行われているのは最下位決定戦だ。

「それに、ああ言うのは俺じゃなく、矢来先輩や若庭の方が詳しいでしょう」

「まあ、密室って言うたらミステリ──特に『本格』ではド定番やからなぁ」

 再び彼女が引いたが、今度は揃わなかったようだ。

「元祖と言われる『モルグ街の殺人』からしてすでにそうやし。やっぱり、謎がわかりやすいのがええんかな。──これは、ミステリ談義の本なんかでよう言われとるんやけど、そもそも、人間個人個人の意識や、うちらがいるこの世界その物が、ある意味大きな密室とも言えるわけやろ? 人は初めから、脱出不可能な閉じた匣の中で生きとるんや」

「ははあ、ナルホド。だからこそ、人は密室の謎に惹き付けられるわけですね。──じゃあ、あまりときめいてない俺は人間味を欠いてるってことかな」

 むしろ、現実の事件の舞台でときめく方が、人としてどうかと思うが。飛田での事件とは違い、僕たちは直接巻き込まれ、被害者も全くの他人ではないのだから。

 二人の熱戦──と言う名の泥試合──を観戦していた僕は、そこでふと、気になっていたことを尋ねてみることにした。

「そう言えば、須和子さんたちはどうしてあんなに早くから起きていたんですか? 練習があったわけじゃないですよね?」

「ああ、あれ。どうしてって言われても、たまたま早く目が覚めただけや。──ルナちゃんもやろ?」

「あ、はい」一位上がりで手持ち無沙汰そうにしていた日々瀬が、不意を突かれたように応じる。

「私、夜中に目が覚めてから、あまり寝付けなかったんです。さっきも言ったとおり、地震があったのかと思って怖くなって。──それで、早めに起きてお手洗いに行ってから、また自分の部屋に戻ろうとしたら、ちょうど矢来先輩も、お部屋から出て来られたところで」

「そうそう。ほんで、二人とも暇やねってなって、一緒に一階(した)に下りてくことにしたんや。葉くんたちが起きて朝食の準備しとるようやったら、少し冷やかしたろうかなって。それで、一階に下りたところで話し声が聞こえて来たから、何しとんのか見に行ってみたら、すでに事件が起きとったわけや」

「はあ、そうだったんですね」

 あっけない内容だったので、気の抜けた返事になってしまった。

 ──ちなみに、日々瀬が「お手洗いに行った」と言っていたが、共用のトイレは各階の廊下と、一階の浴場に隣接する脱衣所内にあった。基本的に客室に手洗いはなく、唯一今僕らがいるこの部屋にだけ、ユニットバスが備わっている。四回生待遇と言うことか、須和子姐さんに一番いい部屋──本来は二人用であり、ベッドも二台置かれている──が充てがわれたわけだ。

「そう言えば、お二人が順一さんの部屋の前で待っている間、何か変わったことはありませんでしたか? 俺たちが外から部屋の様子を覗きに行った時と、その後斧を取りに行った時です。どんな些細なことでも構わないので、気が付いたことがあったら教えてください」

「変わったことなぁ……特に、何もなかったと思うけど。──なぁ?」

「はい、私も何も気付きませんでした」

「そうですか。──では、その時の()()()()()()()はどうでしたか?」

「弥生さん? 別に、むっちゃ心配そうにしとったくらいやないかな。何や虫の知らせってことなんかわからんけど、あの時からすでに顔色が悪かったで。──おっ、スマンけどリーチやわ」

 余裕の笑みを浮かべ、ラスト二枚のカードをグルグルとシャッフルする。

 にしても、緋村は何故そんなことを聴くのか。それではまるで──

「君は、もしかして弥生さんを疑っているのか?」

 無意識に突き動かされ、気付けば僕はそう問うていた。

「……別に、本気で疑ってるわけじゃねえよ。ただ、ありとあらゆる可能性を考えてみただけだ。まあ、さっそく一つの選択肢を潰せたわけだな」

「ほう。と言うことは、事件に関して何か考えがあるんや」

「ええ、一応は。──みなさんはどうなんです? 普段からミステリを読まれているのなら、何か思い付くことがあるんじゃないですか?」

 リーチされたことへの腹いせと言うわけではないだろうが、挑発するように片頬を歪める。

「もちろん。犯人は皆目わからんけど、密室トリックくらいなら、目星が付いとるで?」

「さすが、ミステリマニアの面目躍如ですね。よろしければ、聴かせてくださいませんか?」

「ええよ。──けど、その前に、ほれ。どっちか引いてからな?」

「…………」

 しばし間を置いてから、意を決したらしい彼は無言のままカードを引いた。

「では僭越ながら、うちの考えを話させてもらおうかな。と言っても、むっちゃ単純なトリックやけど。──順一さんを殺害した犯人がしたことは、ただ一つ。()()()()()()()()()()()()()。これだけや」

「……つまり──ドアを閉めた時の衝撃で、打掛錠が下りたってことですか?」

 尋ねると、「そ」と彼女は笑顔で頷く。「だって、かかってたんやろ?」

「いや、それはそうですけど……」

 とっさに何と答えたものかわからずにいると、やがて先輩は同じ表情のまま、

「……やっぱり、アカン?」

「あ──カンでしょうね、残念ながら。打掛錠だけならともかく、鍵自体もシッカリ施錠されているのを、緋村が確認してますから。──だよな?」

 緋村が頷く。

 あの時──須和子さんたちが来る前に彼がドアノブを捻ってみたところ、打掛錠だけではなく、ドア自体の鍵もかかっている感触がしたそうだ。また、その後土砂崩れのことを知ってから再び現場に戻った際、何気なく破ったドアを見てみたのだが、確かに留め具が飛び出したままだった。

「そうやったんか。まあ、さすがにこんな単純なトリックやったら拍子抜けやしなぁ。うちかて、本気で言ったんやないんやで? ただ少し──推理の手助けになればと思っただけやから、うん」

「つまり、先輩はワトソンの役目を買ってくれたわけですね。さすが、()()と言う物をわかってらっしゃる」

「いや、それ全然褒めてへんやろ。──ま、ええわ。うちが言ったことは忘れてもらうとして、葉くんはどうなん? 最近『匣の中の失楽』を読み終えたんやから、ミステリ脳が活性化しとるんやない? あれだけ密室()()の作品やし」

「『いかにして密室はつくられたか』ですか。──活性化してるかはともかく、一応思い付いてはいますよ」

 そう答えると、今度は僕が推理──と言うかトリックのアイデアを披露することになる。

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