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悪の問題〜あるいはYの悲劇’18〜  作者: 若庭葉
第二章:虚無への旅立ち
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漂流教室②

 その後七時を過ぎた頃には、事件のことは全員の知るところとなった。《GIGS》のメンバーにも食堂に集まってもらい、石毛さんの口から状況説明が行われる。

 彼がみなに伝えたのは、順一さんが亡くなっていたこと、それも、どうやら事件性があると言うこと、そして──

「本来はすぐにでも警察に通報せなあかんのでしょうが、生憎()()()()で道が塞がれてしまってるんです。しかも、さっきも言いましたがこの宿舎唯一の電話機も、何者かによって破壊されておりまして……」

「つまり、外部との連絡手段が断たれた上、ここから出て行くことも難しい、と?」代表するように、部長の佐古さんが尋ねる。

「ええ。無理矢理山を越えて行くのは余計危険ですし、土砂が撤去されるまで待つしかないでしょう」

 ──キヨカさんの消失に気付いた後、「とにかく、今は警察に伝える方が先だ」と言う緋村の言葉に従い、僕たちは外に出て、道を下ろうとした。しかし、少しも行かぬうちに、大量の土砂や倒木で進路が塞がれているのを目の当たりにする。それも、よりにもよって携帯の通じない地点で、だ。

 かくして、《マリアージュうたかた》は呆気なく陸の孤島と化してしまった。通信技術が発達した今の時代──それも、もう()()()()()()()「今の時代」だ──、閉鎖空間に閉じ込められた上、連絡手段すら失われるなど、かなり稀有な状況だろう。

 だからこそ、推理小説の中でもなかなか扱い辛い──あるいは成立させるにはそれなりに創意工夫が必要な設定となっていた。不用意に持ち出そうものなら、その作者は思考することを放棄したと批難されてしまうかも知れない。少なくとも、時代錯誤ではある。

 ──にもかかわらず、現実はいとも容易く、それもえらくシンプルな「嵐の中の山荘」を産み出してしまった。昨日の緋村の軽口が、現実となったのだ。

「とにかく、順さんの死は明らかに事件性のある物です。そこで、警察が到着するのを待つ間、できるだけ我々でも情報を集めておきたいと考えておりす。もしかしたら不快な思いをさせてしまうかも知れませんが、みなさんにもご協力願いたい」

「事件性──つまり、オーナーさんは殺害されたわけですね? そして、電話が壊されていたのも、犯人の仕業と」

 神経質そうに眼鏡をかけ直しつつ、湯本が尋ねる。芝居がかった動作だが、特に意図しての物ではないのだろう。

「でも、そうなると……犯人は、僕らの中におるかも知れないってことになりませんか?」

「どうでしょうねぇ。その辺りはまだ何とも……。我々の知らない何者かが忍び込んで犯行に及んだ、と言う可能性も、ないことはないですから」

 石毛さんはそう答えたが、状況的に見れば、それは考え辛いように思う。

 土砂崩れのことを知った後、彼の提案により、何か盗まれた物はないか弥生さんに確認してもらった。しかし、室内を物色した形跡はなく、金目の物も手付かずのままだった。つまり、初めから予感はあったが、少なくとも物盗りの犯行ではないようなのだ。

「それに、みなさんに知らせる前に、他に何か異変はないかと、空き部屋などを見て回ったのですが、その時、()()()()()()()()()()()を発見したんですよ。二階の端──ちょうど花壇の真上の空き部屋なんですがね」

 石毛さんの話は、もちろん事実だった。その空き部屋には鍵がかかっておらず、窓は花壇の上──と言うか、白薔薇の咲いた茎が目の前に来るような高さにあるのだが、その周囲の床やカーテンなどに、水に濡れた形跡があったのだ。

 が、しかし、かと言ってそこから犯人が出入りしたとは少々考え辛い。何故なら──

「けど、空き部屋は二階なんですよね? せやったら、侵入経路とは考え難いんやないですか? ベランダがあるわけやないですし、登れるような足がかりなんてないわけでしょう? もちろん、目の前の薔薇の茎をよじ登って侵入したなんてこと、あり得ないですし」

 その通りだ。ついでに言えば、雨が吹き込んだ形跡があったと言うだけで、泥の付いた足跡のような物は見られなかった。この点からも、誰かが窓から侵入した可能は否定される。

「もしかして、逆なんとちゃうか? つまり、犯人は別の場所から入り込んだ、あるいは予めどこかに潜んどって、犯行を終えた後、その窓から脱出したとか」と、これは佐古さんの意見だった。

 だが、残念ながらこれも実際の状況とは合致しない。

「いえ、それはないでしょう。我々がその空き部屋を調べた時、(くだん)の窓の鍵は()()()()()()()()()()()()()()

 硬質な声音で、緋村が告げた。そうなのだ。例の窓が侵入、あるいは逃走の経路だとした場合、この点が大きく矛盾してしまう。

「……なるほど、窓から外に逃げた人間が内側から鍵を閉められるわけないから、あり得ないってわけやな。鍵のことを抜かしても、侵入者がわざわざ窓を閉めて行くとも思えんし」

 納得した様子で、《GIGS》の部長は呟いた。

「とにかく、今はまだ何もわかっていない状態です。どんな些細な物でも構いませんから、みなさん気になったことがあったら教えてください」

「気になったこと──そう言えば、夜中に地震がありませんでしたか? あたし、それで一回目が覚めちゃったんですけど……」

 長い髪を耳にかけつつ、木原さんが言う。揺れを感じたのは、僕だけではなかったらしい。

「あ、あったと思います。確か、二時頃ですよね?」まっさきに反応したのは、日々瀬だった。「でも、きっとあれって、地震じゃなくて土砂崩れだったんですね」

 おそらくそうなのだろう。あの時点で、下界へ繋がる唯一の道は塞がれていたのだ。

 すると、湯本が不思議そうに、首を捻り、

「二時? 俺は()()()()くらいに、揺れた気がしたんやけど……」

「風の音か何かを勘違いしたんやないか? まあ、俺はずっと爆睡しとったから、何も感じひんかったけど」

「佐古さんは図太すぎるんですよ。神経やなくて、針金でも通っとるんやないですか?」

 二人のかけ合いに苦笑しつつ、木原さんが仕切り直す。

「はいはい、今は漫才してる場合じゃないわよ。──とにかく、あたしたちは閉じ込められてしまったわけだけど……もしかして、電話が壊されていたのも、外に助けを呼ばせない為なのかしら。小説の中だと、大抵そうでしょ? と言うことは、犯人の犯行はまだ」

「こらこら、無闇に不安を煽るようなこと言うんやない」隣りから、須和子さんが窘める。「用心には越したことはないやろうけど、とにかく今はオーナーさんのことが先や。──事件があったんは、夜中って考えてええんかな」

「そうだと思います」

 応じたのは、僕の横に座る緋村だ。

「見たところ、死体は『死後間もなく』と言った風ではありませんでした。もちろん素人なので正確なことはわかりませんが、死後硬直も始まっているようでしたね。おそらく、数時間以上は経過しているかと」

「ふむ、それじゃあ、少なくとも三時、四時頃には、すでに亡くなっていたはず、と。──最後にオーナーさんの姿を見たんは……」

「確か、弥生さんは『二十二時半には部屋に引き上げて行った』と仰っていましたが」

「そう言えば、それくらいやったな。うちも覚えとるわ」

 他にもチラホラと頷いている者がいたから、この時間に関しては間違いないらしい。

「つまり、事件が起きたのはその後二十二時半から、だいたい午前四時頃までの間、か。全然絞りきれねえな」

 緋村が独語する。

 加えて、そもそも彼の見立て自体当てにしてよい物かどうか。結局のところ、確実な犯行時間は夜十時半から午前六時半──死体が発見されるまでの間と言うことになるのでは?

 もっとも、確かに順一さんは「死後間もなく」と言った感じではなかった──左胸の血は乾いていた為、その辺りを考慮すれば、下限は六時過ぎ頃までなのだろうが……。大して変わらないか。

「飲み会自体は、確か零時頃までやってましたよね? せやったら、犯行時刻はその後になるんやないですか?」

「お前、意地でも内部犯説を推したいんやな」

「そりゃあ、状況が状況ですからね。俺たちの知らない誰かが、嵐の中コッソリ忍び込んでオーナーさんを殺し、また嵐の中に消えて行ったやなんて、考え辛いでしょ」

「まあ、一理あるとは思うが……。──けど、もし仮に俺らの中に犯人がおるとして、犯行時刻は飲み会終了後の午前零時から、四時の間ってことになるわけやけど、そんな真夜中じゃ、アリバイがある奴なんて誰もおらんやろ」

「でしょうね。むしろ、ある方が怪しいっすよ」

 湯本と佐古さんのかけ合いを聞きながら、僕はさりげなく山風の様子を観察していた。昨日から、彼女はどこかおかしかったが、今もそれは変わっていないようだ。蒼白い顔をしたまま、テーブルの上の何もないところに目線を落としている。

 普段は明るい方と言ったらいいか、よく喋るタイプに思えたが……。ここに来てから、妙に口数が少なくなっている気がする。

 いや、正確には、昨日例の写真を見てから、か。

 そう考えたところで、僕はつい先ほど目にした「異変」を思い出し、一人身震いをした。あれはいったい、何だったのだろう。動けるはずのない写真の中の少女は、何故消えてしまったのか……。

「いずれにせよ、土砂が撤去されるまではここを出ることはできません。それが何日後になるか──もしかしたら今日かも知れませんし、明後日明々後日になるかも知れない。ですから、まずはそれまでの間無事に乗り切ることを最優先に考えましょう。幸い、食糧が不足することはなさそうですからね」

 ──結局、石毛さんのこの言葉で、今朝の集まりはお開きとなった。

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