神のカルマ
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
鴨長明『方丈記』
鉄色がかった三月の空には、灰のような雪が舞っていた。本格的な春の到来には程遠い、荒涼とした景色だ。
それ故にか、その人物もシッカリと防寒着を着込んでおり、首には桜色のマフラーを巻いている。走る動きに合わせてチラチラとはためくそれが、やけに目を惹いた……。
──怒号や悲鳴、叫喚が至るところから絶えず聞こえ、錯綜し、それすらも掻き消すような地響きが、凍て付く空気を震わせる。市街地の先に見える防潮堤の向こうには、残酷な速度で迫る、ドス黒く濁った波が……。
──と、結び方が緩かったのか、例の桜色のマフラーが解け、亀裂の走ったアスファルトの上に落ちてしまった。
その人物はすぐさま体に急ブレーキをかけ、振り返りながらそれを拾い上げようとした。
が、しかし。
刹那、軽々と「城壁」を粉砕した黒い波が、全てを呑み込んで行く。
街を、人を、車を──あの桜色のマフラーを。ありとあらゆる命が濁流に連れ去られ、それが引いた後には、瓦礫の山と、波の連れて来たヘドロばかりが、一面に広がっていた。
ところどころで火の出が上がり、そこには普段の街の活気など見る影もない。
所により波高十メートル以上、最大遡上高四十メートルの巨大津波は、このようにして、恐慌のさ中にいる被災者たちを襲った。有無も言わせず、歯牙にもかけず、手心も慈悲も持ち得ず──春を迎えるはずだった無数の命を、平らげたのだ……。
二〇十一年、三月十一日。予想だにしなかったタイミングで、予想だにしなかった場所を見舞ったその震災は、誰にとってもまさしく「寝耳に水」だった。直接被害を受けた者はもちろん、その時代、その目撃者となった者であれば、多かれ少なかれ様々な想いを抱かされただろう。
自然の無慈悲さ、不条理さに対する恐怖。
国家の存亡やこの先の生活に対する不安。
大切な存在を失った悲しみや苦痛。
あるいは──
神に矛先を向けるしかないような、怒りか……。