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閑話 狂信者

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ねぇ、バルドルさん」

「なんだナンナ?」


 ウルドの側近中の側近であるバルドルとナンナは、時には二人でお茶を飲む間柄(・・)であった。当然、お互いに同胞(・・)としか思っていないのだが……。

 そんな二人は、『一人で考えたい』という主の言葉に従い、控室で呑気にお茶を飲んでいるのだが、すっかり弛緩しきった顔のナンナがバルドルに声をかけた。


「ヴェルダンディ様って、最近は御令嬢らしさがなくなってません?」

「ウルド様としての性格が前面に出てきているだけだろ」

「でもぁ~、それだと女神様要素が減っちゃうじゃないですかぁ。このままだと、信者を増やすのが難しくなりませんかねぇ~」


 ナンナの言っていることは、信者としてとても重要な案件なのだが、その口調から『今日は良い天気ですね』くらいの軽い内容に思えてしまう。


「それは大丈夫だろう。――ヴェルダンディ様は、親しくない者には淑女然としたそれらしい笑みで接し、決して自らは歩み寄らない。ある意味、上に立つ者としてデンと構えてらっしゃる。逆に、打ち解けた者には少しずつ素の状態で接するようになっている。そこから察するに、神々しさと親しみ易さを使い分けているように思えてならない」


 ウルドもそれなりに考えて行動しているが、基本的には面倒を避けたいだけであり、デンと構えているつもりはないのだが、信者にはそう見えるようだ。


「それは計算ずくってことですかね?」

「計算というより、状況を把握して、自身が過ごし易いとか楽な環境を作っているのだろう。――あの御方は、目標がないと頑張れないと仰っているが、その割にはズボラで面倒臭がり屋でもあるからな」


 バルドルという男は、己の主を神格化して崇めてはいるものの、しっかり彼女の性格を把握していた。


 このように、ヴェルダンディ信者の二人は、話題といえば当然ヴェルダンディのことばかりで、この日の主題は『最近の主について』であった。

 もし話題が、『主をどう助けるかについて』であれば、ウルドももう少し楽になるのだろうが、二人は信者獲得が最優先であるため、ウルドの頭を悩ませる問題は二の次なのだ。


「そういえば、ヴェルダンディ様は王都にきてから、たまに心ここに非ずといった感じで、物思いに耽っていますよね?」

「そうだな」

「フレク様に会えなくて、やはり寂しいのでしょうか?」

「良く分からんが、そうなのではないか」

「あれってやっぱり、恋なんですかね?」

「私には分からんが、きっとそうなのだろう。――ナンナも恋をしてみたいのか?」

「わたしはヴェルダンディ様のお世話ができれば幸せなので、正直恋とかどぉ~でもいいです」

「同感だ」


 ちょっとニヒルなところもあるが、なかなかの色男である二十二歳のバルドルと、十七歳には見えないあどけなさが残る、素朴で可愛らしい少女のナンナは、色恋に(うつつ)を抜かしても良い年齢にも拘らず、全くそんな気がない。

 そもそも、ウルドに仕えている者は結婚適齢期の者が多いのだが、その者らは従者であり信者であるため、『全てはヴェルダンディ様のために!』といった考えだ。

 その結果、誰一人として自身の恋愛など気にも留めておらず、将来の少子化問題を起こしそうな状況であった。


「やっぱり、ヴェルダンディ教を早急に作るべきですよ!」

「それも同感だが、肝心のヴェルダンディ様が乗り気ではないからな」

「とにかく信者を増やし、なし崩し的にヴェルダンディ様に教祖になってもらうのが一番です」

「やはりそれしかないな」


 扉を隔てた隣の部屋で、ウルドがあれやこれやと苦悩しているというのに、お気楽な相談をしている狂信者二人なのであった。



 余談ではあるが、銀をちょろまかして女神ヴェルダンディ(・・・・・・・・・)の御神体を作り、それを売り捌いて信者と資金の一挙両得案もあったのだが、先の利権問題の末、この案は残念ながらお蔵入りとなってしまっていた。


 ウルドの預かり知らない案件であったが、ひっそり立ち消えたのはウルドにとって僥倖であった……であろう。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 本編にちょこっと入れる予定だったのですが、無駄に長くなったのでカットしたお話しです。

 中途半端な文字数ですが、勿体なかったので閑話として投稿しました。

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