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第十六話 王都で一番美しい花

「今まではそれでも良かったが、ヴェルダンディが成人を迎えた以上、お前たちの婚約を正式なものとして発表せねばならん」


 威厳を以て放たれた国王の言葉。それを聞いたウルドは、あまり重く受け止めていない。


「それでしたら、殿下のお相手をわたくしではなく、わたくしの妹であるフリーンになさればよろしいのでは?」


 ウルドは第二王子とヴェルダンディの婚約が、血筋によるものだと知っている。

 前ノルン子爵である祖母は、三代前の国王の孫であり、目の前にいる現国王の母の妹なのだ。

 近頃の王室は血統が近くなり過ぎたこともあり、侯爵家でありながら王家の血筋もそれなりに入っているイスベルグ家が目に留まり、その長女が容姿端麗、頭脳明晰となれば、王太子妃として第二王子と婚約させられたのは必然だろう。


 本来であれば王太子となる第一王子の体が弱く、二十歳を過ぎても未だに公に姿を見せたこともないため、王太子候補が第二王子となっている。

 未だに第二王子が正式な王太子となっていない理由をウルドは知らないのだが、それは王家側の考えがあってのことだろう、敢えて詮索することはない。


 それはそうと、ヴェルダンディの血筋が目当てであれば、同じ両親を持つ妹であっても価値は同じだとウルドは思っている。ならば、面倒な王室に入るのは、第二王子の寵愛を得ている妹に任せ、自分はのんびりと領地で暮らしたいのだ。


「ヴェルダンディの美しさと違い、アレ(・・)は儚げな可愛らしさがある。だが見目に関してはさて置き、アレは将来王妃となるに相応しい内面を持ち合わせておらん」

「どういった所が?」


 少々気安いウルドの言葉に、面倒臭そうな顔になりながらも国王はしっかりと答えた。


 ヴェルダンディはある時期から笑顔を見せなくなり、夜会では常に他人を見下す冷えた表情となった。しかも、媚を売る者には鼻で嗤い、凍て付くような冷笑で(さげす)むおまけ付きで。それこそが『氷の魔女』と呼ばれるようになった所以だろう。

 だが、笑顔でなくなったことを差し引いても、ヴェルダンディはまっとうな貴族には関わらず、評判の悪い貴族だけに悪態をついていたのだ。

 結果的にはまっとうな貴族からも批判をされていたが、ヴェルダンディは無差別に悪態をついていたのではないと気付いていた国王は、彼女の賢さや風格は、国母になるに相応しいと感心していた。


 一方のフリーンは、第二王子の寵愛を受けていることを笠に着て、表向きは良い顔をしつつ、第二王子から貢物を多く貰い、自身の気に入らない者を王子に告げて陥れる。そのような腹黒さを持つ女だ。

 そこに賢さがあり、不正をするような貴族に懲罰を与えているのであればまだしも、私情で気に入らないなどの理由で他人を陥れる。そのような者を国母にするわけにはいかない。――国王はハッキリと言う。


(ヴェルダンディって、ただ敵を作っていたわけではなかったのね)


 国王の話を聞いたウルドは、ヴェルダンディが本当に賢い娘であったのだ、と思い知った。


「フリーンは十四歳になったばかりの子どもですので、この先は自覚を持ってしっかりする可能性もございます」

「ヴェルダンディはデビュタント以前より賢く、女王とさえ思える風格を纏っておった。アレがこれから努力しようとも、お前を追い抜くのはもとより、追いつくことさえできんであろう」


 国王とは、今だけではなく自分の後の王国を考えている立場なのだろう。そうなれば、王太子妃を充てがうのはかなり重要な仕事だ。ウルドはそう思う。

 となると、確かにフリーンでは国母として不十分なのはウルドには分かる。だが、自分がそんな面倒な立場になるのも嫌だ。せめて、第二王子がウルドと向き合い、愛を育んでくれるのであれば、困難に立ち向かう覚悟もできよう。だが、現状はそれすらも望めない。

 恋愛に疎いウルドでも、それくらいは理解している。


「ヴェルダンディ、お前は賢い娘だ。ラタトスクには勿体無いほどに。だからこそ、ラタトスクの手綱を握り、お前が舵取りをしてくれることを儂は望んでいる」

「それは、わたくしが殿下を操り、国政を牛耳るということですか? そのようなことをわたくしがしては、国を乗っ取ったと後ろ指を指されてしまいます」


 ただでさえヴェルダンディは敵が多いのだ。そのような女が国政を牛耳るとなれば、反発されるのは想像に難くない。


「だからこそ、ヴェルダンディは貴族から膿を出していたのであろう? そして今、愛想を振り撒き始めたのも、今度はまっとうな者を取り込むために動き出した。違うか?」


(ちょっと、ヴェルダンディ! アンタ十歳そこそこからそんな先を見据えて動いていたというの?! 拙いわよ、あたしは単に悠々自適な暮らしを目指し、何となく敵を減らそうとしていただけなのに。どうしよう……)


「恐れながら陛下、わたくしを買い被り過ぎかと」

「謙遜する必要はあるまい」

「謙遜ではないのですが……」

「まあ良い」


(何も良くないですってば!)


「ヴェルダンディであれば、ラタトスクを操るなど簡単であろう。これからは、貴族を取り込みながらラタトスクとも上手くやってくれ」


(今は言い返す言葉が思い浮かばない……。ひとまず先延ばしにするしかないわね)


「ご期待に添えるよう努力はいたします……」

「頼んだぞ。――そうそう、最近は領に籠りきりで、王子妃の予算に手を付けていないらしいな。国民のために金を使うのも上に立つ者の仕事だ、もう少し使うようにしろ」


(何それ?! そんな予算があったの知らないわ!)


「分かりました。でしたら、その予算に関してもう少し知りたいので、誰か詳しい者を紹介して頂けますか?」

「何だ、襲爵したから自領で消費したいのか?」

「それも踏まえて使い方を考えたく存じます」

「手配はこちらでしておく、好きにすると良い」


 最後に有り難い話が聞けたウルドだが、それでも第二王子の件を考えると気分が落ち込んでしまい、会場へ戻る前に気を落ち着けようと中庭に向かうことにした。

 程なくして中庭にウルドが到着すると、そこには先客が――


「ごきげんよう」

「ん? おー、これはこれはノルン子爵」

「フレク様、わたくしのことはヴェルダンディとお呼びくださいとお願いしたはずですが」

「これは失敬、ヴェルダンディ嬢」


 中庭にいたのは、ウルドに恋愛結婚を目標とさせ、次に結婚よりも領主として面白おかしく生きていくと決心させた、薄幸そうな美青年のフレクであった。

 ウルドは気分転換のつもりで中庭にやってきたのだが、『フレクに会えないかな?』と心の奥底で願っていたのは否めない。


「フレク様は、こちらで何かなされていたのですか?」

「花を愛でようと思っていたのだけれど、やっと王都で一番美しい花を見付けたよ」

「あら、どの花です?」

「君だよ」


 満面の笑みで、歯の浮くような台詞を臆面もなく口にするフレク。そんな台詞に慣れていないウルドは思わず照れてしまうが、やはりヴェルダンディである外見を褒められたのだと気付き、さっと熱が引いていくのを感じてしまう。


「それは、褒め言葉として受け取ればよろしいのでしょうか?」

「あれ? 女性はこのような言葉が好きだと聞いていたのだが、お気に召さなかったようだね」


 おや、といった表情を一瞬だけ見せたフレクは、直ぐ様トレードマークとも言える笑顔に戻った。


「嫌な言い方になりますが、わたくしはこの容姿があまり好きではなく、素朴な感じであってほしかったと思っていますの」

「聞く者によっては、嫌味と取られそうな発言だね」

「それでもこれが本心ですわ。自分で言うのもなんですが、この姿であれば、何もしなくても評価されますもの。……とはいえ、わたくし自身の態度の所為で、それすらも武器とならないほど(うと)まれているのが現状ですけれど……」


 国王の言葉から、過去のヴェルダンディの言動が、意図のあるものだったことは理解している。だが、多くの人に疎まれているのも事実だ。

 そんな状況に置かれた自分には、外見くらいしか褒める要素がないのだと分かってしまう。だがウルドとしては、外見を褒められれば褒められるほど気分が滅入る。

 それを言ったのがフレクなのだから、ウルドの気持ちはより一層沈んでしまった。


「ノルン子爵領では、領民に親しまれていると聞いているよ」

「よくご存知ですのね」

「噂というのは、良くも悪くも突出していれば広まる。それに、ヴェルダンディ嬢が優れているのはその美しい姿だけではなく、頭の方も切れると評判だからね。ヴェルダンディ嬢の動向を気に掛けている者は、貴女が知らないだけで何気に多いのさ」


 王太子妃になるかもしれない、才色兼備だが嫌われ者の侯爵令嬢。注目を集めるのは、何も社交の場だけではない。

 そんな女性が何をしているのか、気になる者が多いのは当然だと、今更ながらウルドは気付いた。


「では、領民に親しまれているノルン子爵は、何を企んでいると言われているのでしょう?」

「正式に爵位を得たことで、今後は表立って経済界を牛耳ろうとしている、との憶測かな」

「そんなことを、嫌われ者である『氷の魔女』に伝えてよろしかったのですか?」

「噂なんて、放って置いても本人の耳に届くものさ。実際、ヴェルダンディ嬢も耳にしているでしょ?」


 言葉を紡ぐフレクの顔をマジマジと見ていると、ウルドはふと『この人の目尻が下がっているのは元からなのか、常に笑顔だからなのか、良く分からないわね』と見当違いなことを思ってしまう。


 質問を投げかけたにも拘らず、自身を凝視するウルドに疑問を抱いたフレクが、「お~い、ヴェルダンディ嬢」と声をかけるも、彼女から反応がない。

 小首を傾げたフレクが再び、「ヴェルダンディ嬢ぉ~」と声をかける。

 するとウルドは、ピクリと反応した。


(拙いわよ。なぜだか分からないけれど、ぼーっとしてしまったわ。取り敢えず返事をしないと)


「そ、そうですわねぇ」


 ウルドの声は、酷く上ずっていたのであった。


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