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『それ』の呼び方

作者: 梓ちひろ



君は『それ』を『フィナーレと』呼んだ。

今まで積み上げてきたものを、最後に満を持してカメラに写し、額縁に飾るようだと。素敵なものだと。

僕は『それ』を『終焉』と呼んだ。

君の言葉を借りて言うのなら、今まで積み上げてきたものを、最後に土台から崩されるようだと。

君は激怒した。『終焉』はそもそも『それ』と同義語だと、自分の考えは無いのかと。

確かに君の言う通り、『終焉』は『それ』同義語だ。だが、考えが無いわけではない。

例えるなら、『フィナーレ』は、マラソンでゴールテープを切る直前、多くの人に見守られ、応援され、温かく出迎えられるようなものだ。

『終焉』は、全く違う。黄色い声援など無く、観客もいない。ましてやゴールテープすら存在しないものだと。

君は肉付きの無い頬を、目いっぱい膨らませていた。明らかに不満そうな顔で、頬に溜めた空気と共に、言葉を漏らす。

「でも、それはゴールとは言わない」

言われてみれば、確かにそうだと僕は思った。それと同時に、君との意見の相違は、そこからだと感じた。

『それ』は、果たしてゴールなのか。

君はもう一度、頬を膨らませていた。


君と色んな話をして、意見が食い違うことは、何度もあった。

そのたびに僕たちは、そんな考えもあるのだなと受け入れ、飲み込み、新たに自分の胸の内に書き留めた。

だから今回、互いに一歩も引く気がない様子に驚いた。

誰にも譲れない、確固たる『それ』へのアイデンティティ。一向に相手を受け入れることのないエゴイズム。水掛け論とは名ばかりに、互いの発している熱が冷めることはなかった。

一度始まってしまえば、いずれ終わる。

この世で生きている限り、『それ』はいつだって最後である。例外は無い。

「理由は?」

君の不機嫌で冷たい声色が、僕に刺さる。

「誰も知らないからだよ。『それ』を経験した人たちとは、会えないのだから」

これは僕だけの意見じゃない。誰に聞いたって、同じ答えが返ってくる。当たり前のことなのだから。

『それ』はまさに、未知の世界。

『それ』を経験した人は星の数ほどいるのに、何にも分かっていない。

宇宙や深海よりも身近なのに、誰も知らない。

いずれ迎えるその時にならないと、誰にも理解なんてできない。

僕はわくわくしている。楽しみにしている。他の人は怯えている。なぜ?


「それが一番の問題」

膨れた顔を戻し、独り言のように君は言った。

「知りもしないのに、みんな勝手なのよ。誰もが知ったかぶりをして、偉そうに話しているのよ。良いようにも、悪いようにも言えるから、ずるい」

信じる者は救われるものさと、思ってもないことを、自分でも呆れるくらい感情の無い声で答えた。

君は両手を空へ投げ出し、そうだといいねと吐き捨てるように言った。僕と同じくらいの、感情の無い声で。

「でも、それはその世界の話だけじゃなくて、『それ』を迎えた人に対しても、何とでも言える」

言い終えた後、太陽に八つ当たりするかのよう、君は冷たい視線で天を見つめた。

一見、文脈無視のような君の言葉を理解できなかったので、君と同じように空を見上げてみた。

「私が今『それ』を迎えたら、私のことをよく知らないのに、みんな悲しむわ。でも、それは私に向けての悲しみなんかじゃないの。みんな酔っているのよ、未成年のくせに。友達想いの自分に泥酔しているの。何も知らないくせに」

ひとつひとつの言葉を、慎重に選びながら、たっぷりと間をとって口にした君の本音が、僕の耳に最短距離で届く。

「じゃあさ、僕は君のことを、どれだけ知っているんだろう」

「うーん、半分くらいじゃない」

まあ、そんなものだろうな。納得しながらも、少し悲しい感情で、だけど、確かなことを君に投げかける。

「でも、半分だけしか知らなくても、僕は悲しいよ。君が『それ』を迎えたのなら。君のこと、もっと知りたかったなって、後悔するし」

怒ったり、笑ったりする君はよく見ていたが、頬を赤らめる君は初めて見た。しっかりと僕の目を見つめ、しきりに指を組んで、崩してを繰り返す。

それはどういう感情なのか、無知な僕には見当もつかない。

「君は、演者ね」

君は地面に視線を移し、一点を見つめながら言った。「赤く染めあげた頬」から連想される感情を模索していた僕は、思考を一旦停止させる。

君は会話を一段二段、平気で飛ばす癖があるようだ。演者と呼ばれる理由が、見当たらない。

「私のことをよく知らない人は観客。ただの傍観者よ。私の主演舞台を邪魔すれば、つまみ出される」

君の言葉選びに、思わず吹き出す僕。

「そして、演者。舞台を構成する大切な一員。互いのことをよく知らなければ、良いものは作れないわ。そんな演者の人たちに見守られて、主演の私は『フィナーレ』を向えるの」

目の前で立ち上がり、両手を広げポーズをとった君を、僕はどんな顔をして見ていたのだろう。自分ではよく分からない。でも、胸の高鳴りは理解できた。

たやすく想像できたのだ。きらびやかな衣装、光輝くライト、僕ら演者に囲まれ、観客に拍手で迎えられる、まぶしくきらめく君の姿が。

確かに、君が『それ』を迎えたときは、『フィナーレ』が一番似合う。素敵だ。

僕はスタンディングオベーションした。

夏の蒸し暑さのせいか、はたまたスポットライトのせいか、君は額に汗をたっぷりかいてお辞儀をした。カーテンコールのように、何度も何度も。

「じゃあさ、僕の主演舞台では、君も演者なんだね」

いくら僕主演の舞台だからって、こんなに素敵な君が脇役なんて、なんてもったいないキャスティングなんだと、感傷に浸っている僕の肩に左手を置き、何かを見透かしたような顔で君は、

「ねえ、『終焉』なんでしょう?一人きりでしょう?『フィナーレ』よりも、『ジ・エンド』の方がお似合いだわ」

にやにやする君から目をそらし、置かれた左手を、そっと外した。

見ないでくれ。たぶん今僕は、華やかなステージにも、一人きりの荒野にも似つかわしくない、みじめな顔をしていると思うから。

うつむいた僕の背中を数回叩いた後、君は勝ち誇ったようにガッツポーズをして、耳に障る甲高い声で笑った。


「私はね、スターになりたいの」

「君主演舞台の?お似合いだよ」

あまりピンとこなかった僕は、あいまいに返事をする。

「ううん、違うの。言い方が悪かったね。私はお星さまになりたいの」

言い方を変えたところで、僕には理解できなかった。

へぇ、そうなんだと、抜けた声で返事をする。

「わかってないなぁ。『それ』を迎えた人は、みんなお星さまになるんだよ」

あっけにとられた。

君がそんなファンタジーみたいなことを言うんだ。思っているんだ。そう信じているんだ。

「夜は好き?」

僕の思考を遮るように君は尋ねる。続けざまに意見を投じる。

「夜って楽しいよね。テンション上がるし。何よりも、なんでもできるって感じがしてくるよね。夜を生きているって思うよね」

頷きかけた僕を、君は右手で制す。

「でもね、それは勘違いなの。夜が楽しくて好きな人間は、夜に飼い殺され、生かされているだけなのよ」

僕は黙って聞いていた。

いや、返す言葉が見つからなかっただけだった。わかる気もするし、わからない気もする。最初からわかっていた気もするし、わかっていながら、目を背けていた気もする。

「太陽はね、スポットライトなのよ。誰かを輝かせるための。でも私は、自分は太陽の下に無理やり引きずり出されて、踊らされてるとしか思えないのよね」

いや、それは違う。踊らされて生きているなんて感じたことはない。

確かに太陽の下では、息苦しく感じることも多少はあるけど、無理やりを感じたことは、一度もない。

悩ましそうな顔をしていたであろう僕に、君は続ける。

「太陽の下では、自分の役もわからない。演目も知らない。台詞や、振り付けも教えてくれないの。どう、そんな舞台?嫌でしょ。私は嫌だなぁ」

うん、それは嫌だ。

さらに、その舞台を見せられたとしたら。

「滑稽でしょ」

君はうつむいていた僕の頭の中を覗き、思考の続きを言った。

顔を上げると、君は得意げに笑っていた。

「見てられないわよ、そんな恥ずかしいもの。だから私は、夜を生きていたの。夜は素敵よ。スポットライトは消され、月明かりという間接照明の下、誰もいなくなったステージで、ただ自由に踊るの。素敵じゃない?」

うん、それは確かに素敵だ。

人は誰しも自由を求める。そのために反抗をしたり、戦争だって起きる。引かれたレールの上で生きたくないなんて、ありふれている言葉を、望んでもいないのに何度も聞いた。

だけど、だけれど。

「滑稽だよ、それも」

今度は、言葉を盗まれずに言えた。

ただ、君の表情が変わるのを見て後悔した。

今日何度目かの、その得意げな顔。僕が意を決して放った言葉は、君の一番聞きたかった言葉だったからだ。

「だから言ったでしょ。結局、私は夜に踊らされていただけなのよ。太陽の下で踊れる強い人は、そんな夜だって素敵に踊るの。誰も見ていなくたって。でも私は、ただ手をばたつかせて、もがいていただけなのよ」

今にも消えてしまいそうな君の言葉を、僕はすくい上げられない。触れてしまえば、ぱちんと小さい音で弾けてしまいそうなくらい、か弱すぎる言葉だったから。

僕は明らかに動揺した。

君はさっきまでスターだったじゃないか。大勢の前で、スポットライトを浴びて、舞台の真ん中で踊る、主演役者じゃなかったのか。それが何だ。誰もいないステージでもがいているだけだなんて。

君は違う。違うじゃないか。


僕の怒りに似た想いは届かなかった。

いや、正確には言葉にできなかった。

ついさっきまで、舞台上で眩しく煌めくスターだった君の姿は、まるで別の銀河にある小さな星のよう、地球にいる僕からは見えないほどになっていたからだ。

この想いを口にしたって、君に届くのは何億光年先で、その間に言葉は空気にのまれてしまう。やり場のない想いを殺して、僕は空を見上げた。

夜空には数多の星が輝いていた。一等星だって六等星だって、僕には見えない遠くの星だって、まぎれもないスターだ。

どこにいたって君もスターだ。君は輝く運命にあるんだ。

こんなことで、夜にのまれて、踊らされて、飼い殺されては駄目だ。

もう一度、スポットライトへ。


「ありがとう」

君からその言葉を聞いたのは、あの日僕らが語り合ってから3日後、君の告別式の日だった。

君からの手紙が、ポストに投函されていたのは知っていたが、今日の今日まで、とても読む気にはなれなかった。

切手が貼られていなかった封筒は、君が直接入れたのだろう。

その手紙の存在は、君が『それ』を迎えたという連絡の少し後に知った。

君は手紙を出したその足で、そのまま『それ』に向かったのだろう。

僕が読む気になれなかった理由は、薄い水色で、ピンクのハートのシールで封をしてある可愛らしい封筒が、遺書に違いないからだった。

あの夜、たくさん話をした僕らだから、今更言うことなんて、別れの言葉だけだと確信していた。

読む決心がついたのは、今日がそういう日だからというだけだ。

読んで字のごとく、君に別れを告げる日。

それならお互いに、さよならができる。


「ありがとう。この間は、私の話を聞いてくれて。あと、この手紙を読んでくれて。初めに言っておくけど、これは遺書じゃないからね。君への感謝の手紙だからね。気楽に読んでね」

手紙の冒頭に驚きながらも、少し安心する僕がいた。感謝の手紙って、気楽に読んでねって。

いたずらに笑う君の表情が思い浮かび、すでに懐かしく感じた。

意を決して封を開けた手紙の冒頭に拍子抜けしながら、つづられた文に目を戻し、感謝の言葉の続きを読むことにした。

「君だけだよ。あんな話をしたのは。君は、共感できないよって顔を、ずっとしていたけどね」

確かに同意見のものは少なかった。でも、たぶん君の考えていたことは、これからも忘れずに、僕の心に居座りそうだ。それくらい感銘を受けたのだ。

「ここからは、ちょっとマジメな話。私はね、私という演目では主演でいたかったの。キラキラ輝いて、誰もが羨むスターになりたかったの。でも、なれなかった。私にはスターになれる器なんてなかったの。スポットライトを浴びることができる人って、生まれたときから決まっているの。輝かなくちゃいけない使命なの。私はその運命を知って、耐えることができなかったの。だから、夜に逃げたの」

君の本音が、小川のせせらぎのように静かに流れていた。だけど、それは清流のように、心癒されるものではなく、見るに耐えがたいものだった。

君の本音は、共感せざるを得ない。さらには真理なのかもしれない。だけど、腑に落ちない。

ひいき目なのかもしれないけど、あの夜の君は、誰よりも輝いているように見えていたから。


会場は涙に包まれていた。

知った顔が見たこともない表情で、聞いたことのない声で泣いている。「お別れの時くらい、笑顔で」と言っているあの子も、どうしようも無いくらいに、涙を流している。

君はいつもひとりだった。登下校も、お弁当を食べているときも、おそらく、学校の屋上から飛び降りた日も。

今ここにいる悲しみに浸っている人、誰一人として、君を救えなかった。いや、救おうともしていなかった。ただ、ひとり残らず、罪悪感のある人なんていない。今ここにいる人間は、悲しい演技をしている脇役。ただそれだけだ。

ただひとり、君が空気を読まずに笑っていた。あの日も見せなかった、本物の、とびっきりの笑顔だ。

写真の君は少し幼く見える。僕と出会う前に撮られたものなのかもしれない。遺影には似つかわしくない、日常を切り取ったような君は、明らかにこの場では浮いていた。

涙する脇役と笑顔の君、その構図はやはり、主演舞台で華やぐスター以外の、何者にも見えなかった。


「でも、結局気付いちゃったんだ。あの日も言ったけど、夜は人をまともに生かす気なんて、更々無いんだって。夜はね、自分は強いと勘違いさせるの。ひとりでいることが当たり前である場所に、安心感を覚えるの。夜を生きているって思っている人は、みんな月明りジャンキーなのよ」

いちいち胸に刺さる台詞回しだ。

痛みが走る理由は簡単、僕は夜が好きだからだ。

ひとりでいることが、当たり前の場所。もちろん、夜をひとりで過ごしていない人なんて、山ほどいるけど、そんな人たちは寂しく、可哀想な人間だと思っていた。

孤独な夜にこそ想い、考え、見つめ、新たなものが生まれる場所だと。

それをひとりでいられない人間なんて、空っぽだと、ずっと思っていた。

君と話すまでは。

「夜に浸ってしまった人は、もう日常には戻れない。いつの間にか、陽の光は毒になっているの。夜行性と良いようには言うけど、それは皮肉でしかないわ。ただ、誰もそれに気付いていない。イルミネーションも、月も、星だって、夜だからこそキラキラ輝いて、素敵に見えるの。それらも、夜を生きているつもりでいる一員なのに」

一旦、手紙から目を離し、空を見上げてみた。

そこには、まぶしく照らす太陽しかいない。

月はぼんやりと見えていて、星は姿かたちも無い。

確かにそこにあるはずなのに、存在を確認できない。

君も日中の星のようだったのだろうか。

まるで、そこにいないかのように過ごしていたのだろうか。

君は、何を想って生きていたのだろうか。


手紙は最後の一枚となった。

読みたくない。

辛いとか、悲しいとか、そんな感情ではない。

君とは、もう会えないのは分かっている。分かってはいるけど、またどこかで顔を合わすかもしれないと、期待している僕もいた。

ひょっこり現れて、「元気?」って。

だから、最後の一枚は読みたくないんだ。

うまく言えないけど、うまく言葉にできないけど、手紙を読み終えてしまったら、もう二度と、君に会えない気がするから。

君に会えないとなると、この手紙は遺書になる。

別れの言葉か、感謝の言葉か、苦悩の言葉か。何が記してあっても、それは紛れもない遺書になってしまい、君の素敵な言葉は、遺言になってしまう。それだけは、避けたい。避けなくちゃいけない。君がこの手紙を、遺書ではないと言ったのだから。

緊張で手が震える僕を、空から見下ろす太陽が急かすように、光を浴びせる。「ほら、早く読めよ」って。

分かっているよ、読まなくちゃいけないことくらい。

太陽に一瞥くれた後、君を想い出にする覚悟を決め、湿った手紙に目を向けた。

ふやけた手紙は、手汗のせいか、涙のせいか、今の僕には到底解決できない問題だった。


「夜明け前に飛び降りたのはね、私が生きられる最後の時間だからなの。夜に弄ばれた人は、朝が来る前に殺されちゃうのよ。太陽の下では、生きていけないからね。だから夜明け前。朝焼けは、夜に殺された人たちの血で赤いのよ。学校の屋上を選んだのは、学生生活の思い出を残したかったからだよ。それだけ」

あっけにとられた。覚悟を決めた僕の胸の高鳴りが、だんだんと小さくなっていくのが、はっきりと分かった。

違う。僕が聞きたかったのは、そんな言葉じゃない。

そんな『台詞』は、聞きたくない。

「私にとって学校生活は、苦痛でしかなかったの。あ、でもそれが理由じゃないよ。いじめとかじゃないし。学校はね、嫌でも自分の立場を思い知らされる場所なの。輝ける人、そうでない人、お前はこんな人間だというのを決めつけて、こう生きろと指図する場所だったの。私は脇役にされたわ。主役を取り巻く脇役じゃない。ただそこにいるだけの役、通行人よ。それが、辛かった」

偏屈な考えでは、とも思ったけれど、案外的外れでもないような気もした。

自分の立場を、思い知らされる場所。

キラキラと輝く主役。その周りにいて、主役を引き立たせる準主役。そして、教室という舞台の、スペースを埋めるためだけにいる脇役。

改めて意識しなくても、思い浮かぶ光景。

君の想いが、どこからともなく身体に染み込んでくる。

分かる、分かるけど。なんで、それで。


「あの日も言ったけど、私はスターになりたかったの。でも、なれなかった。そう学校で教わったから。私の立場は脇役。役割は、ただそこにいるだけ。ライトも当たらない。台詞もない。輝くことは、決して許されない人間なの。だから私は、無理やりスターになることにしたの。『それ』を迎えた人間は、お星さまになるって話、したでしょ?私も、そうすることにしたの。まぎれもないスターよ。自ら輝く、素晴らしいものよ。空から見ていてあげるよ。あなたが素敵な、『それ』を迎える、その日まで」

「これが私の『終焉』」


手紙はその一文で終わった。

あんなに否定していた言葉を、君は使った。

人生の終わりを、終焉に例えた。

それほど考え込んで、絶望していたのかどうかは、僕には分からない。

でも、それはもともと、他人には絶対に分からないものだ。

僕にとっては大したことのないものでも、君にとっては大きな悲しみだったのかもしれない。今となっては、それすらも分からない。

事実としてそこに存在していて、確かなことは、君は『それ』を『終焉』と呼んだ。ただそれだけだ。そう呼ばせてしまったのは、僕のせいだと後悔した。

おそらく君は、『それ』の理由を探していたのだろう。そして僕は教えてしまった。君が探していた理由を。君の最期に、最適な言葉を、僕が見つけてあげてしまった。

それがこの手紙の感謝の理由であれば、僕は君を思いっきり、ひっぱたいてやりたいと思った。君のいつも得意げで、にやついたその顔を。

ふと思い出した君の表情は、とても憎たらしくて、とても愛しく思えた。

考えすぎかもしれないけど、うまく言葉にできないけど、僕が君の背中を押した。

そして君は、『終焉』を迎えた。

手紙を閉じ、空を眺めた。まだ、星は見えない。

こんな僕の姿を、君はあの得意げで、憎たらしくて、子供っぽくて、あどけなくて、悲しそうな笑顔で見ているんだろう。

雲ひとつ無い青空を抱きしめるようなかたちで、両手を広げ、天を仰いだ。

「スターになっても、夜を生きるんだね」

届くはずのない『台詞』を、大げさなくらい感情を込めて放ってみた。

眩しさで視界を奪う太陽光は、相変わらず鬱陶しいが、息苦しさは、少しだけ無くなっている気がした。


そろそろだな。

もう、まともに身体は動かない。

息をするのもやっとだ。

自由の利かない顔を、窓の方へ向ける。

前に君は言った。朝焼けは、夜に殺された人たちの血で赤いと。

最近は、その鮮血を見る機会が多くなった。

でも、夜に生かされて、最期に見る光景ではない。僕はそもそも、夜を生きられなくなってしまった。

殺されるとか、そういった意味ではない。

正確には、君からの手紙を読んだ日から、夜に生かされるのをやめた。

どんなに不格好でも、笑われても、太陽の下で、必死にもがくことに決めたのだ。

そんな僕を見ていて、君はどう思っていたのだろう。馬鹿にしていた?感心していた?感想とか聞きたいと思った?

教えてあげるよ。僕ももうすぐそばに行く。

僕も、ようやくスターになれるんだ。

僕にとっては長かったけど、星の寿命から考えると、君からしたら、あっという間だっただろう。

意識がぼんやりとしてきた。

目を瞑ったら、今にも浮かんでしまいそうなくらい、ふわふわしている。

必死にもがいて、耐えて、苦しんできた僕の舞台も、いよいよ終幕。

人から、どう感じられているか分からないけど、僕自身も、素敵な公演だったとは到底思えないけど、荒野の中を何度も転んで、走り抜いた先に、君が拍手で迎えてくれている気がした。

これで僕の舞台も、立派な『フィナーレ』だ。

すべての演目を終え、幕が下り始める。

僕は手を振りながら、ただひとり、スポットライトを浴び、達成感を胸に抱き、目を瞑る。

僕を照らすスポットライトの光が、君の星明りであるようにと、願いながら。


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