5話 二度もとは思わなかった
大地からジュースを奢ってもらって少しばかり上機嫌なのか、カンナは浮足立っているように見えた。思わず空も頬を緩める。
「嬉しそーだな」
「そーだよ! だってさ、パン食いキョーソーに出場ができて、更に知らないヒトからジュース奢ってもらうって、これ以上までにないコトだよね」
もっともな話だ。見ず知らずの人からジュースを奢ってもらうなんてこれっきりだろう。元より、胸倉を掴まされてしまったことが原因ではあるのだが。
そうしていると、空のスマートフォンから着信が入った。画面を見ると、自分の母親のようである。
『悪いけど、スーパーでしょうゆを買ってきてくれない?』
ジュースを飲みながら画面を見ていると、カンナが寄ってきて「誰から?」と覗かせる。
「あー、オレの母さんから。スーパーで買い物をしてきてって。先に帰ってもいーよ」
「や? ヒマだし行きたい」
カンナはそう言うと、飲み終えたジュースのカラを空へ手渡しする。これに彼は嫌そうな顔を見せた。
「着いてくるのは構わないけど、ゴミを押しつけてくるなよ」
なんて言いつつも、カラになったジュースを大地から受け取ったコンビニの袋に入れた。辿り着いたスーパーのごみ箱へと入れた。スーパーの店内へと入るや否や、カンナは「ねねっ」と肩を叩いてくる。
「この前、新発売のお菓子が出たから買おーよ」
「あのさ、オレの金でたかろうって思ってない?」
「知ってる? そのお菓子って三百八十七円だよ」
「自分で買って」
自分はお菓子を買う義理はない、と空は言う。それにカンナは不貞腐れたようにして「ケチ」と口を尖らせた。
「ケチんぼ空クン」
「いーじゃん、秋島センパイから奢ってもらったんだろ」
いくらケチだと言われても揺るがない空は醤油が陳列している棚へと移動して、いつも家で使っている商品を手に取った。
「でも、空からは何も奢ってもらってないよ?」
「なんで、そこでオレが奢らなきゃならないんだよ」
「ぶー。そこが空と秋島センパイの違いかな」
「はあ?」
レジで精算をしながら空は片眉を上げる。どういう意味だ、と言わんばかりだ。
「あのヒト、イケメンだからかな」
そう言われると、たじろいでしまう。カンナは大地のことが好きなのか。それに動揺したようにして「あのヒトにホレたか」と呟くように言うが――。
「それはナイよ」
否定したカンナに安堵を覚える空。
「イケメンだからって、流石に初対面のヒトに向かって胸倉掴む人にホレるワケないじゃん」
「そっか」
店内から出ると同時に、その言葉を聞いてもっと安心したようにしていると――「なんで?」そう、顔を覗かせてくる。
「もしかしてさ、空……あの人に嫉妬してんの?」
近くにいた中年女性に笑われてしまった。こちらを見てどこか羨ましそうににやにやとしている。どうやら話を聞かれてしまったらしい。あまり話を聞いて欲しくないのか、空はカンナの手を掴むと、早足で家の方へと行く。あの女性はどこまで自分たちの話を聞いていたのだろうか。とても恥ずかしくて仕方がない。
「ちょっ、そ、空?」
急に手を引かれたため、歩幅が合わない。カンナに言われてようやく手を離した。
「ご、ゴメン」
「や、いーけどさ」
唐突だったからびっくりしただけだ、と言おうとするが、カンナの視線の先は空ではなく、路地の方に。これまたどうしたんだ、と彼女の視線の先を追いかければ――あの白衣の男がいた。こちらに背を向けて。思わず彼は再びカンナの手を引いて物陰へと隠れ込む。
そこから顔を覗かせば、男はその数十メートル先を歩く同世代の少女の後を着けているようだった。
「……何、あのおっさん?」
「オレらの後も着けてたしな」
一体あの男は何が狙いなのか。空は少女の方を見た。彼女は自分たちが通う紅花高校でもなければ、大地が通っている八姫農業高校でもない。町で唯一の私立高校である椛花学園の制服を着用していた。
「ねー、まさかとは思うケド……これ、あの都市伝説のとか?」
「あながち、あのウワサはウソじゃなかったってコト?」
「うーん、確信がないから何も言えないのが困る」
だからと言って、前を歩く女子生徒が捕まるのをじっと待つのもどうだろうか。もし、その都市伝説が本当であれば、彼女に危害は及んでしまうのだ。
確信のないジレンマに空が下唇を噛んでいると、カンナが「あのおっさんに訊いてみよーか?」と行動を移そうとする。
「何してるんですか、って。そーすれば、ホントだったらあのヒト逃げるでしょ?」
「ばっ! ホントだとしても、カンナ狙いの可能性だってあるんだぞ!」
それだけはダメだ、と腕を掴んだ。絶対に行かせない。絶対に連れ去られてほしくない。だからこその思いでもある。
「だったら、オレも行く」
そちらの方が幾分か安全ではあるとして、カンナを説得させて一緒に行こうとしたときだった。
「きゃあ!?」
悲鳴がする方を見ると、椛花学園の女子生徒が白衣の男に掴まっていた。
「ヤバッ!」
少女が危ない、と二人は彼らのもとへと走り寄る。周りは住宅街でも何でもない路地。人の通りなんて皆無のこの場所は――!
前方の方から一台のワゴン車が停まった。そこから男たちがぞろぞろと女子生徒の方へとやってくる。助けか、それともあの白衣の男とグルか。
「は、放して――イヤっ!」
違った。共犯者だ。攫おうとする気か。
走っていては間に合わないとして、空はリュックサックを手に取って男たちへと投げつけた瞬間に、横から何かが通り抜けた。
「あ」
直後、痛そうな音が少女たちの方から聞こえてくる。近くには投げつけたリュックサックに加えて、その場で気絶するように伸びている男たちを見下ろすのは――。
「今度は椛花学園の子をユーカイする気かよ」
原付バイクに乗った大地だった。




