2話 都市伝説 その②
知ってるか、この花町に伝わる都市伝説を。この紅花高校がある八姫地区から少し離れた三姫地区にあるコーギョー団地の地下のコトを。そこでは夜な夜な違法とも呼べるような人体実験をしているらしい。
その人体実験のシンソーは定かではないが、コーギョー団地で働いている人にとっては知っているハナシだ。そして、その実験体はこの町の誰かをランダムに選んでいる。選ばれるのは条件すらもカンケーない。ただそこにいたという理由なだけで捕まり、体の中に何かを埋め込まれてしまう。改造されてしまう。
いや、強いて言うならばこの都市伝説を聞いた人をユーセンとしてユーカイしていくらしい。
そうだ。今こうして話しているオレも、この話を聞いているみんなすらも……。
――――。
「…………」
放課後の一年三組の教室にて。一人の男子生徒を前に四人の男女は怪訝そうに彼を見ていた。話を終えて「どーよ」と軽く笑っている。
「夏斐、知ってっか? ちょっとハナシが変わってくるけどよ、その人体実験に加担しているのがコーギョー団地の土地を持っているとある財閥だってよ」
男子生徒は椅子に座って片眉を上げている夏斐と呼んだ生徒――空を見る。空は口を尖らせて「財閥、ねぇ」と呟く。
「事実だったら怖いだろーけども、現実感はゆーほどないよな」
「ユメのないコトゆーなよ。そーだったらすごくねってハナシをしてるのに。ねー、三春さんはどーだった?」
空に話を振ってきた男子生徒はペットボトルのジュースを飲んでいる女子生徒――三春カンナに訊ねた。それにカンナは肩を竦める。
「もし、そーだとしてもすぐにニュースになりそーだよね」
「まあ、ホントだったら大ニュースだろーね。そこはやっぱりウワサなのかな? 結局誰がユーカイなんて考えたんだろ?」
「だとしても、その内犯人捕まるって」
カンナはその話を信じる気がないのか、スクールバッグを手にして立ち上がった。ごみ箱 (ペットボトル用) に向かってカラになったペットボトルを投げ捨てる。
「そろそろ、みんな部活が始まるんじゃないの? 帰ろ、空」
「あ、うん。じゃーな」
カンナに急かされて、空は自分の席に置いていたリュックサックを手に取った。そして、一足先に廊下へと出ていった彼女を追いかける。その場に残された生徒たちは顔を合わせた。
「あいつらホントに幼馴染?」
「だから、それどーゆー意味」
「いや、幼馴染だからって二日連続で一緒に帰る?」
「現実にあの二人がそうじゃん?」
正論を言われて何も言えなくなってしまった。窓の外からは運動部のかけ声が遠くから聞こえてくるばかりである。
その声を尻目に空とカンナは先ほどのつけ加えられた都市伝説を気にしつつ、帰路へと着いていた。ばかばかしいとでも言っていた彼女でもやはり気にするのか。「気になるか」と訊いてみた。
「都市伝説」
「うーん、夜だったらフツーに怖いって。それに財閥とかが絡んでくるとなると、もはやインボー説じゃん」
「あー、なるほどね。何つーか、あんま信憑性のないハナシではあるよな」
「だよねぇ」
そこまでは怖くはない、らしい。だが、いつもよりほんの少しだけ密着して歩いていることを空は知っている。これはカンナのくせだ、とわかっているからそこは追及はしない。というよりも嬉しいという気持ちが強いからだ。
「ねねっ。もし、その都市伝説のシンソーがマジで、自分が関わるよーになるなら空はどーするよ?」
「どーする? あー、どーしよーもないなぁ。やっぱり捕まったらそこでオワリだろ」
「えー、怖くない?」
そこはやっぱり遭遇でもしない限りはどうとでも言えない、と答えると後ろの方を見た。それにつられるようにしてカンナも振り向く。
「どーしたの?」
空の視線の先にあるのは電柱に括りつけられている『この先段差有り』という工事の看板である。そこに誰かがいるとかどこかおかしいというところは何もない。なんというか、デジャヴを感じる。
「……いや、オレの気のせーかな」
気にすることでもないよ、として「さっさと帰ろーぜ」とカンナにそう促した。
「あんま道草食っていて、それこそメンドーが起きたらヤだしな」
「もー、変なコト言わないで」
そうして二人がその場を離れたときに工事看板から白衣の男が現れた。頭には包帯が巻かれている。彼の視線の先にあるのはカンナの隣にいる空の後ろ姿。
「……あいつ、ホントに勘が鋭いな。だが、それでも構うもんか」
男が何か行動を移そうとすると、後ろから強大な衝撃が襲いかかり地面へと押し倒されてしまう。そして、そのまま彼はまたしても気絶してしまう。
そんな男に衝撃を与えたのは、黒い自動車だった。そうだとしても、気にせず運転を続ける。すなわち、轢き逃げとも言うべきか。
「お嬢様、工事のようで。大丈夫でしょうか?」
そう後部座席にいる少女に声をかけるは運転手。事故を起こしているのに。人を撥ねているのに、気付いていないという暴挙である。
「そうなんですね。少しびっくりしました」
二度も轢かれて放置された白衣の男はしばらくして一台のワゴン車に入れ込まれるようにして回収される。そのときに彼が言った言葉が――。
「本気で冗談じゃない」
である。
二度も見逃してしまったが、それでも時間はまだ腐るほどある。焦らずゆっくりと彼らを狙おうではないか。ただし、あの場所で待ち伏せして行動をするのは不吉だと考えた。そこではなく、もっと別の場所だ。
白衣の男は頭に包帯を増やして巻かれてもなお、諦めずに空とカンナを狙おうとする。
いや、もう一人狙うべき人物はいるか。