1話 都市伝説 その①
知ってるか、この花町に伝わる都市伝説を。この紅花高校がある八姫地区から少し離れた三姫地区にあるコーギョー団地の地下のコトを。そこでは夜な夜な違法とも呼べるような人体実験をしているらしい。
その人体実験のシンソーは定かではないが、コーギョー団地で働いている人にとっては知っているハナシだ。そして、その実験体はこの町の誰かをランダムに選んでいる。選ばれるのは条件すらもカンケーない。ただそこにいたという理由なだけで捕まり、体の中に何かを埋め込まれてしまう。改造されてしまう。
いや、強いてゆーなら、この都市伝説を聞いた人をユーセンしてユーカイしていくらしい。
そうだ。今こうして話しているオレも、この話を聞いているみんなすらも……。
――――。
「…………」
放課後の一年三組の教室にて。一人の男子生徒を前に四人の男女は怪訝そうに彼を見ていた。話を終えて「どーよ」と軽く笑っている。
「最近仕入れた都市伝説は。おー、夏斐」
男子生徒は椅子に座って片眉を上げている夏斐と呼んだ生徒――空を見る。空は口を尖らせて「都市伝説、ねぇ」と呟いた。
「事実だったら怖いだろーけども、現実感はそこまでないんじゃね」
「ユメのないコトゆーなよぉ。ねー、三春さんはどーだった?」
空に話を振ってきた男子生徒は紙パックのジュースを飲んでいる女子生徒――三春カンナに訊ねた。それにカンナは肩を竦める。
「もし、そーだとしても、すぐにケーサツに見つかりそ」
「でも、実際に行方不明者は見つかっていないし、手掛かりは何もないんだよ? ケーサツの人は手こずっているんだぜ?」
「だとしても、その内犯人捕まるって」
カンナはその話を信じる気がないのか、スクールバッグを手にして立ち上がった。
「そろそろ、みんな部活が始まるんじゃないの? 帰ろ、空」
「あ、うん。じゃーな」
カンナに急かされて、空は自分の席に置いていたリュックサックを手に取った。そして、一足先に廊下へと出ていった彼女を追いかける。その場に残された生徒たちは顔を合わせた。
「あいつら幼馴染ってゆーけど、ホントか?」
「それどーゆー意味」
「いや、幼馴染だからって一緒に帰る?」
「現実にあの二人がそうじゃん?」
正論を言われて何も言えなくなってしまった。窓の外からは運動部のかけ声が遠くから聞こえてくるばかりである。
その声を尻目に空とカンナは先ほどの都市伝説を気にしつつ、帰路へと着いていた。ばかばかしいとでも言っていた彼女でもやはり気にするのか。「気になるか」と訊いてみた。
「都市伝説」
「うーん、夜だったらフツーに怖い」
「夕方は?」
「ゆーほどだねぇ」
そこまでは怖くはない、らしい。だが、いつもよりほんの少しだけ密着して歩いていることを空は知っている。これはカンナのくせだ、とわかっているからそこは追及はしない。というよりも、嬉しいという気持ちが強いからだ。
「ねねっ。もし、その都市伝説のシンソーがマジだったら空はどーする?」
「どーする? あー、どーしよーもないなぁ。捕まったらそこでオワリだな」
「えー、怖くないの?」
そこはやっぱり遭遇でもしない限りはどうとでも言えない、と答えると後ろの方を見た。それにつられるようにしてカンナも振り向く。
「どーしたの?」
空の視線の先にあるのは電柱に括りつけられている『この先段差有り』という工事の看板である。そこに誰かがいるとかどこかおかしいというところは何もない。
「……いや、オレの気のせーだ」
気にすることでもないよ、として「帰ろーぜ」とカンナにそう促した。
「あんま道草食ってるほーがそれこそユーカイされんじゃね?」
「もー、怖いコト言わないで」
そうして、二人がその場を離れたときに工事看板から白衣の男が現れた。彼の視線の先にあるのはカンナの隣にいる空の後ろ姿。
「……あいつ、妙に勘が鋭いな。だが、それでもいい」
男が何か行動を移そうとすると、後ろから強大な衝撃が襲いかかり地面へと押し倒されてしまう。そして、そのまま彼は気絶してしまった。
そんな男に衝撃を与えたのは、原付バイクに乗っている青年だった。そうだとしても、彼は気にせずに運転を続ける。すなわち、轢き逃げとも言うべきか。
「コージはメンドイな」
そう呟く青年。事故を起こしているのに。人を撥ねているのに、気付いていないという暴挙である。
轢かれて放置された白衣の男はしばらくして一台のワゴン車に入れ込まれるようにして回収される。そのときに彼が言った言葉が――。
「初めての屈辱だ」
である。
だがしかし、時間はまだ腐るほどある。焦らず彼らを狙おうではないか。
白衣の男は頭に包帯を巻かれてもなお、空とカンナを狙おうとするのだった。