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月華の花嫁  作者: 藤井 蓮華
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八話

 朝と同じように自家用車で帰宅すれば、使用人が美鶴を出迎えた。

 松浪家は少数精鋭で使用人を雇っており、総員数は片手で足りる。

「おかりなさいませ、美鶴様」

「ただいま帰りました。あの、由鶴ゆづるお兄様は……」

「由鶴様は寝室におられます。先ほど起きられまして、トメがついております」

「わかりました。ありがとうございます」

 使用人に頭を下げ、手洗いやうがいをしてから足早に自室へ向かう。

 制服から着替えて少し髪を整えると、美鶴は早々に自室を出た。

 足を向けるのは屋敷の一角。

 美鶴の七歳上の兄、松浪家の長子の由鶴がいる部屋だ。

「由鶴お兄様、美鶴です。ただいま帰りました」

「おかえり、美鶴。何か用かな?」

「……はい。少し、お時間よろしいでしょうか」

「良いよ。おいで」

 障子越しに交わされる会話。姿は見えないが、声音を聞くに随分と調子が良さそうだ。

 由鶴に促され、美鶴は「失礼いたします」と障子を開ける。

 現れたのは美しい青年だ。髪は美鶴と同じ黒いストレートだが肌は美鶴よりも白く、細めの体格と優しげな眼差しが相まって一層儚く見せる。

 先ほど起きたというのは本当のようで、上体を起こした由鶴の足には布団が掛けられていた。

 手招く由鶴に従い、美鶴は由鶴の手が届く距離に腰を下ろす。

「学校はどうだった?」

「皆良くしてくれました。鶯もフォローしてくれたので、滑り出しは順調かと思われます。……それで由鶴お兄様、お聞きしたいことがあるのですが……」

「血筋のこと?」

「……それも、ありますが……どうして……」

「美鶴から紅茶の香りがしたからね。マイティーリーフの……アールグレイデカフェかな? 確かマイティーリーフは鳳斗が好んでいたはずだ。つまりは鳳斗と接触した。だけどあの鳳斗が美鶴の異変に気づかないわけがないから、記憶喪失のことがバレたね?」

 優しい微笑を浮かべてさらりと言ってのけた由鶴に、美鶴は目を瞠りながら小さく頷く。

 紅茶の香りがしたと言っても、それは本当に微かなもので、気づくことは難しい。

 ――しかしそれは、普通の人間ならば、の話だ。

「美鶴と違って、俺も鬼の生を与えられた者だからね。これくらいは分かるよ。尤も、こんな体じゃあ鬼として生を与えられた意味がないに等しいけど」

 目を伏せて由鶴は胸に手を当てる。寝巻きの袖から伸びる手はあまり日に焼けていない。

 由鶴は鬼として本来持つべき強い肉体を持っておらず、幼い頃から床に伏せていた。そのため同年代の男性より白く、体も細い。

 学生時代はその容姿もあって「白雪王子」と呼ばれていたというのは完全な余談だ。

「……由鶴お兄様、その発言は私達弟妹、いえ、家族の逆鱗に触れると知っての発言ですか?」

 分かりやすい怒りは表に出ていないものの、発せられた美鶴の声はいくらか低く、由鶴に向ける視線も温度が低い。

 由鶴はそんな美鶴を見て一度目を見開くと、すぐに笑みを浮かべて「ごめんね」と謝罪の言葉を紡ぐ。しかし何故かその笑みは嬉しそうだった。

 本当に悪いと思っているのか、と美鶴が疑問に思っていると、一人分の足音が近づく。

「あら、ひいさま。お帰りになられていたのですか」

「トメさん。ただいま帰りました」

「はい。おかえりなさいませ、ひいさま」

 廊下から顔を見せたのは由鶴の世話役である使用人の乙女おとめだ。トメとは彼女の愛称である。

 美鶴達の両親が子供の頃から松浪家に仕えており、兄妹にとっては祖母のような存在だ。

「由鶴坊ちゃん、お体の具合はどうですか?」

「大丈夫。美鶴と会えたから調子が良いのかな。ところでトメさん、流石にこの歳で坊ちゃんはやめてほしいんだけど」

「ふふふ。何を仰いますか。由鶴坊ちゃんはまだまだお若いですもの。それに、わたくしはお父上が次期当主に指名されるまで坊ちゃんと呼んでおりましたよ」

「うーん。それじゃあ俺が坊ちゃん呼びから脱するのは絶対にないかも」

「あらあら。まだそんなことを仰るのですか。貴方も成長しませんねぇ。病は気からと言うのに、そんなことでは連敗しますよ? まあわたくし共とひいさま方がさせませんが」

「うん。分かってる。ついさっきそのことで美鶴に怒られたばかりだ」

「おや、怒られた人の顔には見えませんよ」

 美鶴の隣に腰を下ろした乙女が笑って指摘した。

 やはり由鶴の表情は嬉しそうな笑顔で、ますます美鶴が疑問符を浮かべる。

 そんな美鶴にようやく気づいた由鶴が美鶴の髪をすくように頭を撫でながら、弧を描く唇を動かす。

「今まで過ごした記憶全てを失っても、美鶴が当然のように俺のために怒ってくれるのが嬉しくて。美鶴が危険な状態にあった時は俺が代わりに死んでも構わないと思っていたけれど、やっぱりまだまだ死ねないや。こんなにも愛おしい妹がいるんだから」

 目を細めて美鶴を撫でる由鶴の声は、心の底から愛おしいとでも言うように甘ったるい。

 とろりと今にも溶けそうなその声に、発せられた言葉が嘘ではないと嫌でも理解させられる。

 美鶴はそれに照れて思わず目を逸らした。

「当然ですとも。家族というものは、血だけでなくお互いを思いやる心を持って初めて成り立つのですから」

 眩しいものを見るように目を細めて言う乙女の言葉を聞いて、由鶴はしっかりと頷いた。

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