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月華の花嫁  作者: 藤井 蓮華
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五話

 通常通りに授業を終えて放課に入り、生徒は各々所属する部活へ向かう。

 しかし美鶴と鶯は違い、職員室へと足を運んだ。

「悪いな美鶴。すぐに戻ってくる」

「気にしないで。本音を言えば、鶯には部活を辞めてほしくないんだけど……」

「無理だ。俺はもう、お前に怖い思いをさせたくない」

 鶯はキッパリと答えると、退部届を持って職員室の中へ消えていった。

 あまりにもキッパリ言われたものだから、美鶴はこれ以上鶯を説得するのは無理だと溜め息を零した。

 あの分だと、退部届の代わりに転部届を持って出てくるだろう。そうして美鶴と同じ、天文部の名前を書くはずだ。

 過保護と言われても否定はできない。

(……鶯って、どうして『随身』なんて立場にいるんだろう)

 廊下の壁に寄り掛かり、ふと思う。

 幼馴染兼随身。そう家族にも鶯本人にも説明されたが、普通幼馴染が随身になるだろうか。

 ――そんなバカな。

 滅多なことがない限り、それはないだろう。例えば、素より随身にするつもりで意図して幼馴染にした、とか。

 前々から気になっていたのだが、記憶喪失の件で家族はバタバタしていたし、鶯本人に訊く勇気も正直ない。そのために今こうして考えているわけだが、やはり記憶のない美鶴では答えは出ないままだった。

 一つ息を吐き出して窓の外へ顔を向ける。なんてことはない。ただなんとなく、そうしただけだ。

「……あ」

 そして見覚えのある姿を見つけ、思わず声を漏らす。

(桐生……様)

 朝は穏便に済ませるために「様」をつけたが、その必要がない今、敬称をどうするかを少し悩んだ。しかし朝の態度を考えると、鳳斗も御曹司である可能性が高かったため、結局「様」をつけることにした。

 なんとなくそのまま鳳斗を目で追っていれば、美鶴はすぐに鳳斗の目的地を理解する。

「温室?」

 学園内には全面ガラス張りの広大な温室があり、特にその奥のサロンは生徒にも教師にも親しまれている。

 恐らく鳳斗が向かうのはサロンだ。そう安直に考えていると、不意に鳳斗がこちらを振り返った。

 そうしてしばらくそのまま顔を向けてくる鳳斗を見て、何かこちらにあるのだろうかと美鶴が首を傾げた時、鳳斗が口を開く。

『来い』

 声は届かずとも、そう言ったのが美鶴には分かった。

 そしてその視線も言葉も、自分に向けられていたことも。

 鶯には近寄ってはいけないと言われていたが、それでも行かなければならない。そう感じて美鶴は鳳斗に背を向ける。

 間違いなく後で鶯に怒られるだろう。しかしそれを分かっていながら、足を止めることなく鳳斗の元へ向かう。

 なるべく速く移動したつもりだったが、先ほど鳳斗が足を止めた場所には既に鳳斗の姿はなく、代わりに視界の先で温室の扉が僅かに開いていた。

 中に居る、ということか。

 美鶴はおもむろに温室の扉を押し開き、中へと足を踏み入れる。

 視界いっぱいに広がる青々とした草花に目移りしながら歩を進め、奥へ奥へと入っていくと、

「ああ、いたいた」

 不意に掛けられた声に美鶴は反射的に顔を向けた。

「どーも。お待ちしてました」

 わざとらしい猫撫で声に、胡散臭い笑顔。

 美鶴の前には、だらしなく制服を着くずして不快な笑みを浮かべる男が三人、温室の通路を塞いでいた。

 向けられる視線に何故だか鳥肌が立ち、思わず一歩後退する。それを見て何が楽しいのか、男達が笑い出した。

「逃げなくてもいいじゃん。まだ何もしてないのに」

「まだってなんだよ。何かする気満々かよ」

「だってそういう命令だろ?」

 別の二人が卑しく笑う。

 それに対して笑みを浮かべる男が否定もしないのだから、つまりはそういうことなのだろう。

 徐々にその欲を滲み出す不快な眼差しを向けてくる三人が何を企んでいるのか、美鶴は無意識に思考を巡らせ、そして嫌でも理解する。

「おい、さっさと連れて行こうぜ」

「そうだな……そろそろ我慢の限界だ」

「ってわけで、ちょっと俺らと遊ぼうや。お嬢サマ?」

 欲望のままに従う男達は嘲笑交じりにそう言って、じりじりと間合いを詰めてきた。

 男達が近寄る分だけ美鶴も後退するが、すぐに背中が扉にぶつかり、ヒュッと息を呑んだ。しかしぶつかったのが扉だと気づくと、即座に取っ手に手を伸ばす。

「おっと、そう簡単に逃がすかよ」

 けれどその手はすぐ目の前まで来ていた男の一人に掴まれ、乱暴に取っ手から離される。

「痛っ……!」

「安心しろってお嬢サマ。すぐに楽しくなるからさ」

「イヤ……離してっ」

 一定の年齢を過ぎた男女の力の差など美鶴は充分理解している。

 しかしそれでも、美鶴に「抵抗しない」という選択肢はなかった。

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