三話
この世界は現実世界と若干異なっていますので、警棒を所持していても問題ないという設定です。
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だ、誰……?
美鶴は静まり返った空気の中でうっかりそう零し掛ける。
しかしそれを見越していたように、言葉も男も遮るようにして鶯が立った。
「鶯?」
鶯の突然の行動に美鶴が疑問の声を上げる。
しかし鶯は黙って目の前の男を見据えていた。
「相変わらず邪魔な奴め」
「お前にだけは言われたくない」
鼻で笑うように男が言えば、すぐに鶯の冷たい声が放たれる。
そんな声出せたの、と鶯に驚いている美鶴に男が構わず声を掛けると、美鶴は思わず裏返った声で返事をした。
「まあいい。松浪」
「はいっ」
「俺の嫁になれ」
(……は、えっ?)
美鶴は言葉の意味を一瞬理解できなかったが、プロポーズだと認識するなり硬直した。
その硬直は鶯の舌打ちですぐさま解けたものの、何事……?! と内心混乱する美鶴の耳に、徐々に騒がしくなる周囲の声が届く。
「鳳斗様だわ」
「ああ、今日も凛々しい……!」
「なんてお美しいんでしょう……」
うっとりとした女子生徒の声。そのほとんどが容姿を褒める言葉ばかりだ。
どんなものかと鶯の横からひょいと顔を出せば、確かに端正な顔立ちをしている。
しかしその点は鶯も負けていない。
鶯は目元が前髪で隠されているが、目元から下は確かにシャープで、鳳斗と呼ばれる男とはまた違った整い方だ。
両者共に異性にモテるのだろう。そう認識するなり、美鶴は他人事のように心の中で拍手を送る。
「桐生……どうかその足で俺を踏んでくれ……!」
おっと一部同性もいたようだ。
「テメェとは前々から決着をつける必要があると思ってたんだ」
「そうか、お前のような奴と同じ考えというのは少々どころかかなり癪だが、俺もだ」
そんな周りの声など関係ないとばかりに話を進める二人に美鶴は意識を戻す。そして息を呑んだ。
鶯が肩に掛けていた竹刀袋から、竹刀ではなく木刀を抜き出したからだ。その木刀はかなり丁寧に手入れされており、大事にしているのだと一発で分かる。
対して鳳斗が取り出したのは長尺特殊警棒だった。プラスチックの物とは違う反射をしていることから、決してそれが軽い物ではないと認識させる。
「お前が俺に剣で勝てるとでも思っているのか?」
「テメェと素手でやるよりはマシだ」
「待って鶯っ。それはダメ!」
殺気を滲ませる鶯の腕を引っ張り、制止させる。
それだけで鶯は少し驚いたようにビクリと体を震わせた。
「美鶴、危ない。少し離れていろ」
「危ないなら尚更ダメ」
「……」
「ダメだよ、鶯」
「…………わかった」
犬を躾けるように美鶴が繰り返して言えば、鶯は渋々木刀を下す。
それを見て胸を撫で下ろし、今度は鳳斗の方に顔を向けた。
鳳斗は小さく目を見開き、驚いているようだった。
「失礼いたしました、桐生様」
「……いや、お前が止めなかったら今頃備品の破損や怪我人が出ていたかもしれないからな。助かった」
「怪我人というのはお前のことだろう」
「何か言ったか梅影」
美鶴が頭を下げると、鳳斗は先ほどまでとは違う顔をして警棒をしまう。
必要以外の時は口を開かない鶯がわざわざ挑発するようなことを言うのだから、この二人はよっぽど仲が悪いらしい。喧嘩するほど仲が良いという言葉もあるが、二人からは仲良しの「な」の字も感じられない。
しかしこれで一件落着と美鶴がほっと息を吐き出した時、ふと未だに鳳斗に見られていることに気がついた。
何かを知ろうとしている、観察するような視線だ。思わず美鶴が「なにか?」と訊いた。
「……お前……」
鳳斗は美鶴への視線を逸らさないままそれだけ零せば、何もなかったかのようにまた黙り込む。
頭の上に疑問符を浮かべていると、不意に鶯が軽く腕を引いた。
「もう用はない。行くぞ、美鶴」
「あ、うん」
半ば鶯に引きずられるようにその場を離れると、ギャラリーは興味をなくしたようにその場を離れていく。まあ鳳斗に目をハートにして頬を赤らめていた女子生徒達は、鳳斗を囲んでいたが。
しかし片手で足りないほどの女子生徒に囲まれてなお、鳳斗の鋭い視線は美鶴から外されることはなかった。
「鶯? 鶯、どうしたの?」
腕を引く鶯の手は痛くはないが、歩幅が異なっていて追いつくのが大変だった。
鶯は普段は美鶴に合わせた歩幅で歩く。美鶴に対する気遣いは忘れたことはない。けれど今それがないということは、一刻も早くあの場から離れたいという一心の表れだろう。
「……美鶴」
「うん?」
「しばらくはあいつに、桐生に近づくのはダメだ」
「え、まあいいけど……理由を聞いても良い?」
「確信がないから言えない。けど、嫌な予感がする」
そう言った鶯の声色はどこか焦っていた。
記憶を失ってから鶯と過ごしてまだ数日だが、そんな声は初めて聞いたものだから、美鶴は頷くしかできない。
美鶴が頷いたのを見て微かに安堵の息を漏らした鶯はそれきり黙り込んでしまい、教室に着くまで異様な沈黙が美鶴に気まずさを与えた。
「美鶴ちゃん!」
早く教室に着かないかな、と気まずさに若干参っていた美鶴の耳にまた新たな声が届く。
女子にして少し低く、男子にしては高い声だ。
声のした方を反射的に見れば、美鶴と鶯の教室の前に二人の人物が立っていた。
一人は女子制服を、一人は男子制服を身に纏った鏡に映したようによく似た顔立ちの、恐らく双子のきょうだい。
「本当に、本当に美鶴ちゃんだ!」
「葉月五月蝿い。迷惑だろ」
「良いでしょ今くらい! 雁夜のバカ!」
「馬鹿じゃない」
葉月が目に大量の涙を浮かべて小走りで駆け寄り、雁夜が冷静にきょうだいを叱りながら歩み寄ってくる。
二人の勢いに美鶴が少し驚いて思わず後退ると、いつの間にか離されていた手で鶯が背中を押す。
「大丈夫だ、美鶴。あいつらは大丈夫」
「う、うん」
小声で声を掛けてきた鶯に一つ頷き、美鶴も少しばかり歩み寄ってみる。
「よかった! 美鶴ちゃん、ずっと意識がなかったって……!」
「……うん。だけど、今はこうしてここに居るよ」
「うん、うん! おかえり、美鶴ちゃん!」
「葉月五月蝿い。それと俺より先に言わないでよ。
おかえり、美鶴。無事でよかった」
「あ……ありがとう。ただいま」
片や満面の笑みで、片や恥ずかしげに微笑んで、美鶴の帰還を喜ぶ。
それに美鶴は嬉しさと罪悪感を覚える。
身内以外にも自分の帰りを待っていた人がいたことが、どうしようもなく嬉しかった。
けれどその人達が待っていたのは記憶を失う以前の松浪美鶴ではないか、と申し訳なく思う。
それ故だろう。笑みを浮かべた美鶴の顔は、今にも泣き出しそうな笑顔だった。