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月華の花嫁  作者: 藤井 蓮華
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一話

 枯山水よろしく一定の美を持って整えられた日本庭園に、美しく咲き誇る桜が風に枝を揺らしている。

 上へ下へ、右へ左へと揺れる枝から舞い散る桜の花弁をじっと見つめ、美鶴は思う。

(あの花びら……誰が片づけるんだろう)

 儚く散る桜を見ながらただそんなことを考えていたのだから、呑気と言うか、ぼんやりしていると思われても仕方がないだろう。

 その筋の人間でなくとも、見れば一様に感嘆の溜め息を零すほどの美しさを持つ庭には当然それを整える人間が居るわけであって、所謂庭師が桜の花弁をはじめ落ち葉や土の乱れをなかったかのようにするのだが、今美鶴の手元に辞書やインターネットに繋がる物がないため、知る由もない。

「美鶴」

 聞き覚えのある声にはっとして、美鶴はゆるりと顔を向けた。

 背後には美鶴とそう変わらない年の若い男がいつの間にか立っていた。気配も音もなかった、美鶴は心の中だけで呟く。

「時間だ。そろそろ行こう」

「わかりました」

 男性特有の低い声に美鶴が頷けば、男は美鶴に顔を向けたまま黙り込んだ。それに美鶴は首を傾げる。

 男の目元は長い前髪に隠れて見えず、今どんな表情をしているのかはっきりとは分からない。おまけに男は無口の傾向があり、目が見えないのに目で訴えてくる癖がある、と美鶴は思っている。

 しかしそれではいつまで経っても男の心境を理解することは出来ないと、美鶴は思いきって男に問い掛ける。

「あの、何か?」

 美鶴が面と向かって男に訊けば、男は一度はっとした素振りを見せたが、すぐに先程と同じ顔に戻る。

 しかし間もなくその口を開いた。

「……いや、学校に行くのならば敬語は止めた方が良いのだろうと思った。それに、俺のことも呼び捨てにした方が良いだろう」

「あ、そうですね。私が記憶喪失だってことは、あまり知られてはいけないと言われていますし」

 男に言われ、美鶴は数日前のことを思い出す。


 美鶴が目を覚ましたあの日、家中が騒ぎになった。

 というのも、美鶴は一週間ほど眠っていたのだ。それも、度々家族に「覚悟してください」と医者から言われるほど、危険な状況だったらしい。危険を脱した時には、思わず涙を流した人もいたとか。

 そんな状態だった美鶴が何故あの日は自宅に居たのかというと、すぐ上の兄が「起きた時に病院だったら美鶴がびっくりする」となんとも訳の分からないことを言い出し、担当した医師が許可してしまったからだ。尤も、記憶を失っているのだから病院でも自宅でも同じことになっていただろうが。

 騒ぎが落ち着いた頃、美鶴は自分に関することを家族総出で説明された。明確な時間ではないが、美鶴の体感時間では軽く二時間は掛かっていたと思っている。

 翌日には病院に連れられて検査やらカウンセリングやらを受け、きちんとした医師の下、美鶴は学校へ通うことを許可された。ただし、家族から出された幾つかの条件を守らなければならない。

 一つは記憶喪失だということを知られないようにすること。これは後々理由を教えてくれるらしい。

 もう一つは美鶴が記憶を失くしてから初めて会い、今も後ろに居る男を傍に置くこと。元々男は美鶴の幼馴染兼随身であるため、連れて歩くのは当然なのだと言われた。

 それらを守れるのなら、学校へ行っても良いと言われた時、美鶴は二つ返事で了承したのだった。あまりにも清々しい即答だったため、若干名苦笑していたのは余談だ。


「美鶴?」

 不思議そうな声色で呼ばれ、美鶴ははっと我に返る。

「すみません、少し考え事をしていました」

「そうか。なら、もう行こう」

「はい。……あ、いや、うん」

 さっさと体の向きを変えて歩き出した男の背中を見つめ、ふとその服を掴む。美鶴が着ている制服と同じデザインのブレザーだ。

 男は驚いたような雰囲気で振り返り、美鶴を見下ろした。

「えっと……よろしく、お願いします。うぐいす

 やはり目が見えないために目を合わせるのが難しいが、美鶴は目があるであろうそこに目を向けてはにかんだ。

 男――鶯はぽかんとするが、すぐに微かに口元を緩めて一つ頷く。

「ああ。任せろ、美鶴」

 その声色には喜色があり、嬉しいんだ……と美鶴が理解するには十分だった。

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