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月華の花嫁  作者: 藤井 蓮華
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十七話

「それにしても、鶯はどうしたんだろうね」

「随身である鶯が美鶴ちゃんの傍を離れるってことは、美鶴ちゃん関連の何かか、当主とかに呼び出されたとか?」

「鶯の弟が代理で随身になってるのも気になるな。確か俺の記憶では、弟の方は随身に指名されてなかったはずだけど」

 廊下を並んで歩きながら、双子はお互いに聞こえるほどの声量で会話する。

 部活に勤しむ音である程度はかき消されるものの、廊下や教室にはまだ生徒がぽつぽつと残っているから、聞かれないようにという配慮だ。

 十二月華は他家より優れた頭脳と身体能力によって日本の経済を支える地位と家柄を持つ、鬼の一族の頂点である。

 それ故にその子供や金を狙う輩が多いため、誰が聞いているとも分からない場所では自分の家はもちろん、他家の情報を口外することは基本的に控えているのだ。家を潰されたくなければ……という暗黙の了解で。

 葉月と雁夜が話していることは違反にはならないが、念には念を入れてのことだった。

「……まあ、それもこれも全部鳳斗に訊けばいいよね」

「天下の鳳斗様、だもんね。令嬢方が言ってた」

「やめて、それ笑っちゃう」

 もう笑ってるじゃん、という言葉を、雁夜は口には出さずに胸の内に留めておいた。

 そんな二人は新館のとある一室の前で揃って足を止める。

 本来あるべき室名札はなく、部活名もどこにも書いていない。

 葉月は制服の胸ポケットから一枚のプラスチックカードを取り出すと、引手の上に取りつけられた非接触カード錠にかざす。すると間もなく、ドアが自動でスライドした。

 葉月に続いて雁夜も間髪入れずに同じようにしてから、二人は教室内に足を踏み入れる。

「ごきげんよう、鳳斗。いや、ここでは部長って呼んだ方が良い?」

 にっこりと可憐な笑みを浮かべて葉月が挑発するように言う。

 その視線の先には、葉月の挑発を流して優雅に紅茶を嗜みながら本を読む鳳斗がいた。

 一目見れば高級な物だと分かる柔らかなソファに深く腰掛ける鳳斗と、その傍らに執事よろしく佇む一人の男子生徒がいるだけで、他に生徒は疎か教師すらいない。

 防音設備もしっかり整っているのか、廊下で聞いていた部活の音はこの室内では微かに聞こえる程度だ。それも、意識してやっと音を拾えるほどの小さ。

 教室内は静まり返っていたため、葉月の声がよく聞こえた。

「ちょっと。この距離で、この静かさで聞こえないわけないんだから無視しないでくれる? さぁ、無視されるのって大っ嫌いなんだよね。鳳斗もそれくらい知ってるでしょう?」

「ああ」

「じゃあ、無視しないでよ」

「ああ」

「……」

 一応相槌は打っているものの、明らかにまともに葉月の話を聞いていないのが分かる。

 そんな鳳斗に葉月は表情を無にすると、冷たい眼差しを鳳斗に向けた。それに気づいて、雁夜は一つ溜め息を吐く。

「葉月、今の鳳斗に何言ってもムダ。こういう状態の鳳斗が耳を貸すのは、美鶴のことだけだよ」

 落ち着け、という意味を込めて雁夜は軽く葉月の肩を叩く。その表情も声色も、完全に呆れていた。

「……そうだね。ああ、ほんっと、……ムカつくんだけど」

 雁夜に諫められ、流石に葉月も冷静になって苦笑気味に肩を竦める。しかし最後の一言は限りなく口パクに近い声量でしっかり呟いていた。

 しんっ……と室内は再び静寂に包まれる。

 すっかり機嫌を損ねた片割れに代わり、雁夜が一歩前に出た。

「鳳斗、美鶴のことで訊きたいことがあるんだ」

 その名前に鳳斗はピクリと反応すると、一度も視線を外さなかった本から目を離す。微かに顔を上げて、視線を雁夜に向けた。

「松浪がなんだ」

「単刀直入に言わせてもらうと、美鶴が変なんだ。退院してから、違和感がある。わりと上手く騙せてるみたいだけど、葉月と俺はもう騙されないよ」

「……そうか」

「ねえ、鳳斗は何か知ってるの? 僕達に言えない何かがあるの?」

 機嫌はそのままに、葉月も一歩踏み出して鳳斗に問う。

 まっすぐ向けられる二人の眼差しに鳳斗は一度目を伏せると、何も答えずに逆に二人に問い掛けた。

「松浪はどうした。お前達が迎えに行ったんじゃないのか?」

「今日は鶯が休みで、弟が代理で随身になってるからって帰ったよ」

「……ねえ、さっさと僕達の質問に答えてよ!」

「……葉月、お前は阿呆か? いや、断言する。お前は阿呆だ」

「なっ……!」

 鳳斗の呆れ顔と共に浴びせられた端的な罵声に、葉月は絶句する。

 葉月は間違ったことは言っていないはずだった。にも拘らず、返ってきたのは罵声のみ。

 面食らう葉月に鳳斗は一つ深い溜め息を吐くと、本を閉じてサイドテーブルにそっと置く。

「何をそんなに焦っているのか知らないが、俺が勝手に松浪のことを話すことはできない。暗黙の了解だが、それくらい心得ているだろう」

 ちらり、と目を向ける鳳斗に葉月が悔しげに俯きながら頷けば、鳳斗はティーカップに残った紅茶を口に含む。

 作日美鶴と共に飲んだ、マイティーリーフのアールグレイデカフェだ。

 香る紅茶の匂いが鼻腔をくすぐり、美味しいと口元を綻ばせた彼女の顔が鳳斗の脳裏を過る。

「だいたい、俺が仮に何かを話したとして、お前達が信じるとは思えない。お前達は穂芒ほすすきの血をしっかり継いでいるせいで、桐生である俺にやたら反抗的だからな」

 鳳斗が深く溜め息を吐いた。

 穂芒家は松浪家と友好関係にある反面、自らを十二月華の頂点だと主張する桐生家に反発しており、会えば挑発する、喧嘩を売る、存在を全否定するで一方的に毛嫌いしているのだ。

 そして鳳斗が言ったとおり葉月と雁夜も例外ではなく、鳳斗きりゅうに意味もなく反発していた。教室内に入るなり鳳斗に掛けたセリフがいい例だろう。

 それでなくとも双子は少々厄介な思考を持つから、どの道美鶴が言ったことしか信じない。

「訊きたいことがあるなら本人に訊け。自分達が傷つきたくないからと逃げるな」

「違う! 僕達は自分が傷つくのが嫌なんじゃなくて、美鶴ちゃんを傷つけるのが嫌なんだ!」

「逃げてるのは否定しない。けど、そこだけは勘違いしないで」

「どうだかな。結局は松浪を傷つけて、それで自分達が傷つくのを恐れているだけなんじゃないのか?」

「鳳斗、それ以上言うと――怒るよ?」

 鼻で笑う鳳斗を、雁夜が静かに怒りを滲ませて睨む。隣では葉月も怒りを隠さずに睨みつけていた。

 何も知らない人間でも、今の双子の怒気に怯むのに、鳳斗は平然と不敵に笑っている。

 三人は一言も発さずにただお互いを見やるだけで、所謂冷戦状態だ。

 見えない火花を散らす三人が口を閉ざしている中、蚊帳の外だった男子生徒が大きく咳払いをする。

「お三方。睨み合うのは結構ですが、このままでは松浪様が本当に帰宅してしまいますよ。お聞きしたいことがあるのでしょう?」

 他人事であるが故に、彼は一切の感情を乗せずに言った。その証拠に眼鏡の奥の瞳は、僅かも揺れていない。

 機械的な発言に鳳斗は一度目を向けるが、すぐに葉月と雁夜へ戻す。

「そういうことだ。お前ら、さっさと松浪を連れてこい。梅影の弟は恐らく部活に捕まっているはずだ。まだ帰ってはいないだろう」

「鳳斗様、他人に任せるのはご自分の主義に反するのでは?」

「……なら一茶いっさ、お前も道連れだ」

「御意のままに」

 一茶の指摘に鳳斗は少し言葉を詰まらせると、眉根を寄せて命令した。

 溜め息を吐きながら腰を上げると、鳳斗は一茶を連れてドアへ向かう。

 その鳳斗の足を、雁夜が止めた。

「鳳斗、良いの……?」

「構わない。俺も少し、松浪に会いたいと思っていたところだしな」

 背を向けたまま鳳斗がさらりと言い放てば、雁夜は呆れ顔で「ああ、そう……」と返す。鳳斗の愛おしそうな声に眉ひとつ動かさなかったのは、変わらず感情の出ない一茶だけだった。

 一茶を伴って鳳斗が廊下へと消えていくと、雁夜は一つ溜め息を吐いて静かな片割れに目を向ける。

 葉月は俯いて、不安げに瞳を揺らしていた。

「葉月、行こう。本当のことを美鶴に訊かなきゃ」

「……うん」

「……葉月、俺だって、訊くのが怖いよ。でも、美鶴とはちゃんと向き合わなきゃ。そう決めただろ? あの日、二人で」

 そっと、割れ物に触れるように雁夜は葉月の手を取る。

 そうして雁夜がまっすぐに見つめると、おもむろに顔を上げた葉月は一度首を縦に振って、繋がれた雁夜の手を強く握りしめた。

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