ネットで猛るカリスマニート達のオフ会
俺の名は新居太郎。ネット上ではニー太というコテハンで通っている、カリスマニートの一人であり、作家志望のワナビでもある。
今日は面白い集会へと行ってきた。ネット界を席巻するカリスマニート達が集うというオフ会。そこで何やらディスカッションするという。
これはとても興味があって、前日から楽しみだった。普段罵り合いをしているほかのカリスマニート達の素顔も見られる、絶好の機会だ。
「よくぞここまでたどり着いた! 我が精鋭達よ!」
今回のオフ会を主催した、ニート界のカリスマの一人である谷という男が、むさくるしい男達を前にして、歓迎の挨拶をする。
「あれ? 参加予定者四十人じゃなかったの?」
隣にいるデブった男が言う。
確かニート専用の掲示板では、コテハンをつけたカリスマニート達四十人が出席を表明していたはずだ。しかし会場には八人ほどしかいない。
これが何を意味するか、俺は察していた。いや、八人いるだけでもいい方だ。
「それはあれだ……。出るに出られなかったか、冷やかしか、あるいは様子見して遅れてくるつもりなんだろう」
「なるほど」
俺の言葉にデブが納得する。
「あ、俺ニー太ね」
「ああ、あのやたら自己主張激しい痛い子の」
冗談めかして言うデブ。冗談めかしているが、実際その通りだったりする。
「うるせーよ。そういうてめーは?」
「芥川賞受賞作家」
「マジ? あの煽られるとすぐにキレて、一日でID三桁にしてスレッド荒らしまくる阿呆の?」
俺とそいつは仇敵だった。しょっちゅう煽りあっていた。俺がたまに晒す作品の内容には触れず、俺がラノベ書いているという時点で見下してケチをつける、頭の固い糞野郎だ。
「阿呆でも芥川賞受賞したのは本当だ。その後鳴かず飛ばずだがね。俺が誇れるものはそれだけだから、あのコテをつけている。虚しい奴だと笑いたくば笑え」
コテハンの芥川賞受賞作家は、リアルでは大人しそうな奴だった。口の悪さは相変わらずだが、とてもネット上でヒステリックに切れている奴とは思えない。
「俺の作品は見た? ラノベ嫌いって言ってたから読んでないか」
「いや、読んだよ。あれは喧嘩してた時だし、売り言葉に買い言葉で引っ込みつかなくなっただけで、実際にはラノベも読んでる」
俺の問いに、芥川賞受賞作家は答えた。
「聞くの怖いけど、プロから見た俺の作品はどう?」
「激しく人を選ぶと思うよ……。面白いと思う人と、そうでない人とで別れるというか」
言いにくそうに言う芥川賞受賞作家。無難な答えなのか、それとも正直な答えなのかよーわからん。
しかしネット上で散々対立して煽り合いかました奴と、リアルで何ら不快感覚えずに普通に喋ってるって、何か面白いな。
「さて、諸君にはこれから激論をかわしていただくわけだが、そのお題はこれだ!」
谷がホワイトボードにマジックで『老後』と大きく書いた。
会場が静まり返る。誰も言葉を発そうとしない。空気が凍りついたかのようだった。
無理も無い。人によっては、絶対に避けたいお題だからだ。
「えーっと……トイレ行きたいんですけどー……」
「あ、私も急に尿意が……」
しばらくして、二人ほど挙手してそう告げると、足早に会場を出て行った。
「どうした! 早く討論しろ!」
「えーっと、二人が戻ってくるまで待ちましょうよ……」
眼鏡をかけた男がか細い声で言う。
「わかった! 戻ってくるまで待つ!」
仕方なしに谷が宣言する。
それから十五分が経過した。
「長すぎね?」
「ちょっと俺見てきますねー」
芥川賞受賞作家が服の上からでも目立つ脂肪を揺らし、会場の外へと出た。
さらに五分が経過した。芥川賞受賞作家は戻ってこない。
「何か異常事態かもしれません。自分も見てきます」
眼鏡の男が言うと、足早に会場を出て行った。
そしてやっぱりそのまま眼鏡も会場に帰ってくることなく、会場には、カリスマニートの数が半分となった状態で、無為な時間が過ぎていった。
馬鹿な俺は、そこでようやく気がつく。
「なあ、あいつら逃げたんじゃね?」
ホワイトボードに書かれた、ニート達にとって禁忌の一つとも言えるお題を眺めつつ、俺は谷に向かって言った。
「解散! 解散だ!」
憤怒の形相で谷が宣言した。
「この顛末はニート板に必ず報告してやる!」
「だよな。逃げた奴等のせいで、俺達無駄足じゃん」
谷や他のニートが憤る。
「まあ、待てよ。ネット上で、今日あった出来事は、言わない方がいい。特に逃げた四人を怒ったり責めたりするのだけはやめとけよ」
残った他の三人をなだめる俺。
「あんなアホなお題出した谷はどうか知らんけど、ここにいる俺ともう二人は、老後の心配の無いニートだから、逃げるという発想が無かったんじゃないか? でも彼等にとっては、考えるのも語りあうのもキツかった。ここから逃げ出したいほどにな」
俺の言葉に、谷以外の二人が納得顔になる。
「俺達カリスマニートは、働かない分だけ鷹揚でなくてはいけない。人に優しくなくてはいけない。人の傷をえぐるような真似をしちゃ駄目だ。いなくなった四人のことは、ネットでは触れないようにしようぜ。あ、ちなみに俺ニー太ね」
「わかった」
「ちょっと感動した。俺は黙っておくよ」
「すまん! 私がおかしな話題出したばかりに!」
こうして残ったカリスマニート四人は爽やかに打ち解け、解散した。
帰った俺は、早速いつものカリスマニート達が集う掲示板で、今日のオフ会の報告をした。
『八人しか来なかったぞ! おまけに谷の馬鹿が『老後』なんていうお題出したせいで、芥川賞受賞作家含めて四人逃亡wwwwwwちなみに芥川賞受賞作家は超デブ!wwwwww』
「これでよし、と」
書き込んでからニヤニヤと笑う俺。
まさか俺が書いてるとは思わんだろう。いや、ああいう予防線張っといたから、俺を疑うことはできんだろう。うん。
『お前、ニー太だろ』
ところが、コテハンの芥川賞受賞作家が速攻で指摘してきた。
『は?w 証拠は?w』
震える手で書き返す。
『俺、お前にしか名乗ってないぞ』
こりゃまたうっかりちゃーん。思わず俺は画面の前でムンクの叫びのポーズを取っていた。